第63話 王子様系TS少女は完全無欠のメインヒロインとの過去に思いを馳せる その4
「くっそー、負けたかぁ」
「お言葉遣いが汚いですよ、ローズさん」
校舎一階の廊下に張り出されているのは、一学期期末試験の結果発表だ。
さすがに成績不振者を晒すほど非道ではなく、記されているのは上位四十人までの順位と名前、得点である。
ローズとエリカはひとだかりの先頭で張り紙を見上げていた。
解答用紙はそれぞれの授業ですでに返却されているが、エリカは頑なに点数を教えてくれなかった。自信の無さの表れかと、会心の出来のローズは半ば勝利を確信していたのだが―――
―――1位 エリカ・ステュアート 300点
―――2位 ローズ・ド・ボーモン 297点
座学と簡単な実技の計三百点で争われる最初の試験は、エリカに軍配が上がっていた。
基礎中の基礎知識のみが求められるこの時期のテストは、入学前からの積み重ねがある貴族の子女ならば高得点が当たり前で、A組に限って言えば平均点は二百五十点を超える。とはいえノーミスの満点と言うのはさすがの貫禄であった。
「エリカ様、おめでとうございます」
「すごいですねっ、満点だなんて」
キャッキャと浮かれた様子でクラスメイト達がエリカに声を掛ける。
「授業で習ったことをその通りに答えれば良いだけなのですから、難しいことなど何もないでしょう」
「そ、そうですか。―――ロ、ローズ様も二位おめでとうございます」
「さ、三点減点と言うことは、お間違えになったのは一問だけかしら? 惜しかったですね」
鼻白んだ顔の少女達は助けを求めるようにローズに話を振った。
「ありがとう、みんな。いやぁ、魔法言語の最後の選択問題で引っ掛かってね」
「あっ、私もそこ間違えました」
「私も」
「あれ、ちょっと意地悪だよねぇ。“以下の術式から、魔法が発動するものを全て選べ”って」
「ですよねっ。確かに暴発も魔法の発動のうちなのかもしれませんけど」
「そうそうっ、まさか間違っている術式まで選ばないといけないだなんて思いませんでしたわっ」
「だよね。やっぱりみんなもあそこに引っ掛かるかぁ」
「―――それこそ、魔法の暴発を引き起こすような術式は絶対に見逃すなと言う、先生方からのありがたい教訓でしょう。今回は試験ですからただ点数を引かれるだけで済みましたが、もし現実ならどんな危険が起こるか分からないのですから」
エリカは空気を読まない正論で再び場を凍り付かせる。
“エリカ様ってちょっと……”などとひそひそ囁き合いながら、少女達は三々五々クラスへ戻っていく。
今日は一学期の最終日、試験の結果発表を見て、講堂で終業式を終えるともう放課後だった。
「エリカ、夏休みの予定を決めたいんだけど」
隣席でさっさと鞄に教科書を詰め込み始めた少女に声を掛ける。
「予定、ですか? 何か約束でもありましたっけ?」
「だから、これからその約束をするんじゃないか。一緒に遊んだり、勉強したりのね」
「長期休暇中まで私に付きまとうつもりですか、あなた」
「付きまとうだなんて、人聞きの悪い。これは君にとっても良い提案のはずだよ。君のお家、宮廷貴族だから魔導書とかそんなにないだろう? うちで一緒に勉強をするとはかどるよ?」
「……いえ、学園の図書館に通えば済む話です」
「図書館には置いてない、ボーモン家家伝の魔導書なんてものもあるよ」
「…………いえ、家伝の呪文など下手に覚えては、おかしな癖が付きかねません。結構です」
「じゃあ、自由研究の相談は? 過去にどんな発表があって、どんなのが評価が高かったのか、知り合いに聞いて調べてあげられるよ?」
「…………いいえ、そんなズルをしなくても、自分に出来る最高のものを仕上げればそれで良いのです」
「ズルって、また大袈裟な。良いのかい? 少しは他人の課題も参考にしないと、とんでもなく的外れな題材を選んでしまうかもしれないよ?」
「今日はいつになく、いいえ、いつも通りぐいぐい来ますね。…………はぁ、分かりました。それではその予定とやらを決めさせてもらいましょうか」
周囲から浮いているという自覚はあるのか、エリカは渋々というていで首肯した。
「……なんだか、妙に騒がしいですね」
そこでエリカは、今さら気付いたように教室内を見回した。
いつもならそれぞれに帰路につく子供達が、今日は残って雑談している。
考えるまでもなくローズ達と同じように休暇中の遊びの約束を取り付けたり、しばしの別れを惜しんだりしているわけだが、エリカにはその発想自体が欠けているようだ。常にない騒ぎに居心地悪そうに眉をひそめている。
「場所を移しましょうか」
「ああ、構わないよ」
エリカの後に続いて教室を出る。が、演習場も図書館のロビーも食堂も、今日は生徒達がたむろしていた。
「どこもいっぱいですね」
実に不愉快そうにエリカが言う。
まあ、普段から放課後も学園で勉学に勤しんでいる立場なれば、休暇前に浮かれて居残る者達を不快に思う権利くらいはあるだろう。前世では優等生とは到底言えなかったローズとしては、彼女達を擁護したいところだが。
「どうしましょうか」
「だったら―――」
ローズの提案にエリカは嫌な顔を見せるも、やがて溜息交じりに首肯した。
「―――へえ。学園から近いとは聞いていたけど、本当にすぐそこなんだね、エリカのお家」
お手々つないで―――エリカは嫌がったが―――案内してもらったのはステュアート子爵邸。
王都一番街の一等地という立地上、代々高官を輩出する名家とは言えさすがに広々と土地を占有とはいかない。二人の目の前にあるのはこじんまりとした前庭にちょっとした豪邸程度の家屋だ。
二番街の中心地にある学園から子供の足でもほんの数分の距離である。宮廷貴族の屋敷はその勤務地である王宮に近く、女王が学園長を務める魔法学園も王宮に近い。必然的にステュアート邸と学園も程近くなると言うわけだ。
「私の家の話だなんて、ローズさんとしたことは無かったと思いますが」
「あーっと、そうだっけ? いやでも、別にエリカから聞くまでもなく有名だからね、なにせ宰相閣下のお屋敷だもの」
―――危ない危ない。
屋敷の立地に関してそんな考察と会話を交わしたのはローズではなく、原作の主人公アンリとエリカだった。
「……本当にうちでやるんですか?」
「今さらそれを言うのかい?」
ここに来てエリカは気の進まない様子だ。
ボーモン伯爵家とステュアート子爵家の関係性を思えば無理からぬところはある。しかしだからこそ―――
「夏休み中に君に僕のうちへ来てもらうなら、ご挨拶くらいはしておかないとね」
「―――っ、父と母に会うつもりなんですか?」
「そりゃあまあ、せっかく来たんだし。あっ、お父さまはまだ王宮でお仕事かな? ならお母さまだけでも」
「やはり学園に戻りましょう」
「ちょっとエリカ、ここまで来ておいてそりゃあないよ」
玄関前で押し問答していると―――
「おや、エリカ。今日はずいぶんと早く帰ったね。ああ、そういえば終業式だったか。隣の子は、―――もしかしてお友達かな?」
エリカと同じ黒髪黒目の紳士に声を掛けられた。




