第48話 王子様系TS少女は男装隠しヒロインを攻略にかかる その9
「特別研究生、―――って何ですか?」
「ああ、そこから説明が必要ね。研究員として研究所に籍を置きつつ、学園に通う制度なのよ。要するにね―――」
研究所の職員の多くは学園の卒業生だが、例外も存在する。
新たな魔法の創生には語学的なセンスが、既存の術式の最適化には数学的なセンスが求められ、そこに魔力の大小は関与しないためだ。
だから研究員の中にはジャンヌほど極端ではないにしても、魔法学園に入学出来るほど魔力が多くない女性もいる。ある種の才能を認められた奇才と言うことだが、魔法に関しては学園卒業生と比べると知識に大きな隔たりと偏りがある。そんな人材を学園に短期留学させるための制度が特別研究生だ。
「それって、私なんかが魔法学園に通えるってことですか? スタッフじゃなく、生徒として?」
「ええ、ローズさんに無属性魔法を習うなら、生徒として一緒に行動した方が良いでしょう。それに独学の魔法知識はどこに穴があるか分からないわ。学園での生活はそれを洗い出してもくれるでしょう。もちろん、研究所所属の研究員と言う立場ですから、その間のお給料も出ます」
「はいっ、やりますっ! やらせてくださいっ!」
「―――返事は少し待ちなさい。私としても貴方ほどこの研究の検証に適当な人物はいないと思うから、是非参加してもらいたいと思っています。だから、ここまでは貴方が喜びそうな条件を並べさせて頂きました。ここからは、悪い話」
「……悪い話」
ごくりとジャンヌが喉を鳴らす。
「無属性魔法と属性魔法の応用魔法は、今のところ私も含めた数人が試しただけよ。その全員が元から魔法を使える研究所の職員で、貴方のような余剰魔力が極端に乏しい人間はいないわ」
「はい。だからこそ私が検証する意味があるってことですよね」
「その通り。そしてそれには危険が伴うと我々は考えているの」
「危険、ですか?」
「ええ、検証の過程でたぶん貴方は深刻な魔力切れを何度も経験することになるでしょう。それは余剰魔力ではなく基礎魔力が枯渇した、本当の魔力切れです。それがどんな悪い影響を貴方に及ぼすか、まだ何もわかっていないの」
余剰魔力の枯渇でさえ意識を失うことがあるのだ。基礎魔力まで失えば、当然それ以上の―――
「……な、なんだぁ、そんなことですか」
拍子抜けという顔でジャンヌは言ってのけた。
「そんなことって。ジャンヌ、言われている意味を理解しているかい?」
「ええ。もしかしたらそのまま意識が戻らなかったり、死んじゃったりするかもしれないってことですよね? いや、悪い話って言うから、私はてっきりそこまでしてもやっぱり私なんかには魔法は使えない可能性があるのかと思って。なんだ、そんなことかぁ」
ジャンヌはもう一度“そんなこと”と繰り返した。危険を正しく理解した上で、魔法を使えないことに比べればあくまで“そんなこと”に過ぎないと。
皆が目を見張る。いずれ劣らず魔法に人生を捧げてきたような者達ばかりだが、そんな彼女達をして言葉を失っていた。
「そう言えば聞いていなかったね、ジャンヌ。どうして君はそこまで魔法に憧れるのか」
「どうして? おかしなことを聞きますね、ローズ様」
「おかしなことかな?」
「ええ。だってそんなの当り前じゃないですか。魔法ほど素敵なものが他に何かありますか? 土魔法は城壁を造り、家屋を作り、町を創り。水魔法は木々を養い、作物を育て、大地を育み。風魔法は悪疫を払い、酷暑を除き、命を救い。火魔法は闇を照らし、酷寒を燃やし、悪意を焼き」
魔法賛歌とでも言うべきものが、ジャンヌの口から紡ぎ出される。
「魔族との戦争に終止符を打ち、世界に平和をもたらしてくれたのも魔法。綺麗なお水が飲めるのも、夜に怯えて暮らさなくて良いのも、寒さにふるえず暑さに苦しまないのも、美味しいご飯が食べられるのだって、みんなみんな、私達の暮らしを支えてくれている魔法のお陰」
頬を染め、陶酔した様子でジャンヌは続ける。
「エリカ様みたいに土魔法で皆を守れたり、テレーズ様みたいに自由に空を飛び回れたり、トリア様みたいにおっきくて綺麗な炎を出せたり、アンリエッタ様みたいに大切な人の傷を癒せたり、素敵なことをいっぱい出来ちゃうのが魔法じゃないですかっ」
「な、なるほど」
称えられたエリカ達も満更でもない様子だ。
原作ジャンヌルートはどこか退廃的でエロエロなシナリオが展開される。だから何となく、ジャンヌの魔法への憧れも負の感情―――魔法が使えないことで虐げられてきた過去の清算であるとか、トラウマの克服であるとか―――から来るものだと思い込んでいた。しかし現実はどこまでも真っ直ぐに、ただただ純粋に、魔法を愛するが故だった。
ジャンヌを『魔法少女はボクに恋をする』のヒロインたらしめているもの。つまりは魔法を使えない彼女をして“魔法少女”たらしめているもの。それは芸術的な魔法センスなどではなく、この溢れんばかりの魔法への愛情か。
「あっ、でもローズ様の素敵はちょっと違います」
「僕の素敵は違う? どういう意味だい?」
ジャンヌが皆の魔法を素敵と褒め称えた言葉の中に、自分の名前だけ挙がらなかったことが実はちょっぴり引っ掛かっているローズだった。
「だってローズ様は魔法を使うことなく、ただ普通に私に歩み寄って、助けてくださいましたから。一緒に悩んで、一緒に考えて、ついには大勢のすごい人達を動かして。―――ローズ様、本当にありがとうございました」
「どういたしまして、と言いたいところだけど。今回僕は特に何もやってないかな」
謙遜とかでなく、本当に。
他のヒロイン達の時は何だかんだで身体を張ったり、積み重ねた努力なりがあった。しかしジャンヌに関しては原作知識を利用してお近付きになり、後は偉い人たちに丸投げしただけだ。
「ううん、あなたは私を見つけ、導いてくれました。それが、私なんかの人生で出会った一番の素敵なこと」
ぎゅうっとジャンヌが抱き付いてくる。
「えへへ、罰ゲームです。……えっと、あと六回ですかね」
どうやらジャンヌはジャンヌで罰ゲームを数えていたらしい。―――ローズのカウントではあと五回だが、もちろん訂正はしなかった。
「いちゃいちゃするのはそのくらいにして、そろそろ話を戻しませんか?」
エリカがぱんぱんと手を打ち鳴らして言う。
トリアが物欲しそうに、テレーズが不機嫌そうにこちらを睨んでいる。アンリは頬を染め、“いけない世界”でも覗いてしまったような表情だ。
「さて、ジャンヌさんが特別研究生になるとして、課題が二つありますよね。まずジャンヌさんが研究所の職員として採用される必要がありますが、それは―――」
「問題ないわ」
エリカがルイーズに視線をやると、速攻で話は終わった。
職権濫用も甚だしいが、実に心強い。
「ではもう一つ、ジャンヌさん、と言うよりジャン君の性別ですね」
エリカは小さく頷くと、指摘を続ける。
「女性であること、つまり性別を偽って学園で就労していたことを公にする必要があります。まあ陛下にご納得頂けているのですから、それで処罰されることはないでしょうけど。問題は生徒達の反応ですね」
「何か気掛かりになるような事があるのかしら?」
ルイーズが首を傾げる。
「…………それはですね」
振るだけ振っておいて答える素振りのないエリカに代って―――たぶん内容が内容だけに最初から細かい説明はローズに投げるつもりだったのだろう―――、答える。
「ほら、ジャンヌって可愛いでしょう、ルイーズ様?」
「まあそうね。うちのテレーズほどではないけれど、整った顔立ちをしているわよね」
「あの、その」
真っ赤になってうつむくジャンヌが可愛いので、さらに追い撃ちをかける。
「そう、このめちゃくちゃ可愛いジャンヌが、男装しているわけですよ。そうするとどうなると思います?」
「えっと、可愛い男の子になる?」
「そうなんですっ、それもめちゃくちゃね。こんなに可愛い男の子が女の園に一人紛れ込んだわけですよ。そりゃあ学園のお嬢様方も夢中になるってものです」
「なんだ、問題ってそういう」
「あっ、ルイーズ様、たいした問題じゃないって思ったでしょ。でもね、けっこうな大問題よ、これって」
トリアが口を挟む。
妙に馴れ馴れしい口調は、ルイーズが学生時代の母の相方であると知ったからか。
「うちのクラスでも食堂に可愛い男の子が入ったって評判なんだから。特に最近はローズと仲良くしているもんだから、すっごく盛り上がってるのよ。あたしもよく分からないけど、どっちが受けでどっちが攻めとかって」
「それは一般的な惚れたはれたの話とはまたちょっと別だと思うよ、トリア」
何やら神妙な顔をしているのはエリカ一人で、他の少女達はトリア同様に意味が分かっていない様子だ。さすがはエリカ、優等生である。
「まあとにかく、それだけ話題の男の子ってことです。多分ジャン君が女の子って知れたら、恋に破れる生徒は両手の指の数じゃ足りないんじゃないかな。ふふっ、ジャンヌ、罪な子だね」
「そんなっ」
ちょっとした軽口のつもりがジャンヌはいたくショックを受けた様子だ。優しい子なのだ。
「もうっ、ローズ、いじめないの。というかジャンヌだってローズにだけはそんなこと言われたくないわよねぇ?」
「いえ、そんなことは」
「別に気を使う必要なんてありませんよ。この人、本当に女泣かせなんですから」
「なのっ」
エリカとテレーズまでローズをにらむ。
「ははっ、こいつは旗色が悪い。話を戻させてもらおう。―――ジャン君の性別だけど、いっそ今のまま男の子ってことで良いんじゃないかな?」
「どういうことです? まさか男の子として学園に通ってもらうつもりですか?」
「ええっ!? そんなのありなんですか!?」
大きな声を出したのはアンリだ。
まあ、そんなことが出来るのなら彼が彼女になる必要もないのだから、当然の反応だ。
「いやいや、そうじゃなくってね」
ローズは一度勿体ぶって言葉を切ると、腹案を明かした。




