第47話 王子様系TS少女は男装隠しヒロインを攻略にかかる その8
「ど、どうですか、ローズ様?」
ジャンヌはおっかなびっくり宝珠に触れると、答えにくい質問を振ってくる。
「…………えーと、うっすらと青いかな、うん」
「そーお? ……んー、確かに言われてみれば青い、かも?」
トリアが宝珠に顔を近づけ、目を細めた。
中心付近がぼんやりと青みがかって見える、様な気がする。
「と言うことは、私の得意属性は水ってことですねっ。子供の時に判定してもらった時は、それすら分かりませんでしたっ。これもローズ様との特訓で少しは魔力が増えたお蔭ですねっ」
ジャンヌは声を弾ませるが、たぶん先入観有りきの目で見たからだ。
ヒロイン達の得意属性は基本四属性それぞれに振り分けられるという原作設定をローズは知っている。すなわちエリカが土、トリアが火、テレーズが風、そしてジャンヌが水属性である。
要するに初めから青の色眼鏡をかけて見た結果だった。当然、ガラス板の数字は一すら透けていない。
「ルイーズ様、その、どう思われますか?」
「……一応、属性魔法を試してもらえるかしら、ジャンヌさん? 詠唱は分かる?」
「はっ、はいっ。そ、それじゃあ、得意の水魔法を。――――――。――――。―――――。“水よ”。…………だ、駄目かぁ」
ジャンヌは期待に目を輝かせて挑むも、例によって不発に終わった。
「驚いた。ジャンヌさん、貴方ずいぶん綺麗な魔法言語を使うわね。誰に教わったの?」
「えっと、子供の頃に近所のお姉さんに何度か。あっ、お姉さんは魔法学園の卒業生だったんです。その後は独学で」
「独学。魔力はないけどセンスは抜群ね、あなた」
「ですよね。発音は教科書通りに正確ですし、詠唱全体として聞いた時、何だか歌を詠うようでも、詩を吟じるようでもあって、つい聞き入っちゃいますよね」
「そ、そうなんですか? ありがとうございます」
呪文は魔法構成の下書きだ。綺麗に節を付けてやれば自ずと魔力の乗りも良くなり、それは魔法の完成度に如実に影響を及ぼす。
まほ恋―――魔法少女はボクに恋をする―――のヒロインだけあって、魔法を使えないジャンヌもある種の魔法の才能を有していた。術式構築においてエリカが圧倒的な知識量を有し、テレーズが柔軟な即応性に優れるなら、ジャンヌは芸術性に秀でるとでも言えば良いのか。ちなみにトリアはこの方面では潰滅的だ。
「とはいえ、いくらセンスが良くても今のままでは属性魔法は使えませんね」
「ううっ、やっぱり私なんかには」
ジャンヌが肩を落とす。―――そしてどんどん罰ゲームカウントが貯まっていく。
「気を落とさないで、ジャンヌさん。そこで、現在私達が取り組んでいる研究です」
「学園長先生もそんなことを仰っていました。ルイーズ様、その研究と言うのは?」
「そうね、それじゃあまずは魔力についてちょっとおさらいしましょうか」
ルイーズはコホンと咳払いを一つ。
何となくウキウキして見えるのは、娘に良いところを見せるチャンスだとでも思っているのか。
「魔力は万物に宿るものだと言うのは、もちろん知っていますね、皆さん? 動物や植物は言うまでもなく、鉱物や加工された木材、それこそ大気中にも」
「はい」
皆と顔を見合わせ、代表してローズが答えた。
「我々はこれを“基礎魔力”と呼んでいます。一方で陛下やヴィクトリア殿下、テレーズに有り余っていて、ジャンヌさんや世の男性達に不足しているもの、これを“余剰魔力”と定義します。万物が本質的に宿している以上の余剰分、魔法に活用可能な魔力と言うことですね」
「基礎魔力と余剰魔力」
ふんふんとジャンヌは何度も首を縦に振る。
「さて、基礎魔力はあまりに当たり前に存在するが故に魔導研究においてこれまで着目されることがありませんでした。しかし最近になって、実はこの基礎魔力と言うのは考えられていた以上に豊富であることが判明しました。そうですね、それこそ平均的な女性の余剰魔力と同等と言っていいほどに。―――そこで我々は、この基礎魔力を魔法に転用出来ないかと考えました。女王陛下からの要請もあって、目下のところ研究所が最も力を入れている研究テーマです」
「そ、それじゃあっ、私にだってその基礎魔力はあるはずだから、研究が上手くいけば―――」
「ええっ、ジャンヌさんにも魔法が使えます。そしてこの研究はすでに実用段階へと移行しつつあります」
「―――っ、ロっ、ローズ様っ」
ジャンヌが感極まった様子で飛び付いてくる。これは罰ゲームとしてのハグじゃないから、カウントは減らさないでおく。
「おめでとうっ、ジャンヌっ!」
「わあっ、おめでとうございますっ、ジャンヌさん!」
「むふぅ、これでローズがジャンヌにばっかり掛かりきりになるのもお終いなの」
トリアとアンリが歓声を上げ、テレーズは鼻息も荒く御満悦だ。
「……あの、ルイーズ様、ご質問よろしいでしょうか?」
一人難しい顔のエリカがおずおずと挙手する。
「ええ、どうぞ」
「今のご説明からすると、男性にも女性の半分程度の魔力が宿っていることになります。でも私達は普段、男性の魔力と言うものを感知することが出来ませんよね?」
「良いところに気が付きましたね。さすがはエリカ・ステュアートさん。大変優秀な学生だと陛下からお聞きしていますよ」
「いえ、そんな」
「入学以来、定期試験は常に首席だそうね。私は初等部の頃に何度か落しちゃったのよね」
「それはその、私の場合は幸いにも一番のライバルが女の子達にかかずらうのに夢中で、なかなか本気になってくれないものですから」
エリカはローズにじっとりとした横目をくれた。
「さて、質問の答えですが、それは我々が普段魔力量の基準をどこに置いているか、という話になります」
「基準。―――あっ、そういうことですか」
「あら、これだけの説明で十分だなんて、本当に優秀な学生なのね、貴方」
エリカは何やらくすぐったそうな表情だ。
なるほど、秀才タイプのエリカの憧れは女王よりもむしろルイーズか。
「ちょっとエリカ、一人だけ分かってないで説明しなさいよっ。というかエリカの質問の意味からしていまいち分かってないんだけど、あたしっ」
「自信満々に言うことですか、トリアさん。―――要するにですね、基礎魔力を一とするなら一般的な女性の余剰魔力は一で、魔力の総量は二となるわけです。男性は基礎魔力だけだから一。つまり二と一の違いでしかないわけですが、私達は女性の二は容易に感知出来るというのに、男性の一はほとんど認識出来ないですよね?」
「あっ、言われてみればそうよねっ。何でなのっ?」
「だからそれを今から説明すると言っているんです。初めにルイーズ様が仰られたように、基礎魔力と言うのは万物に宿っています。例えばそこの床にも、実験台にも、それこそ大気中にだって。ですから我々は、この基礎魔力を基準値として魔力量を判断していたわけです」
「?」
「基礎魔力の一に普段から囲まれているから、僕らはそこを基準点、つまり零と無意識に認識しているってことだね。本当なら女性が二で男性が一のところを、女性が一で男性が零って」
なおも頭上に疑問符を浮かべるトリアにローズは補足した。
「あー、なるほど。もうっ、エリカったら言い回しが回りくどいんだからっ。馬鹿にも分かるように説明出来るのが本当に賢い人なのよ?」
「……そ、それで良いんですか、あなたは」
呆れ顔のエリカをよそに、トリアは続ける。
「じゃあルイーズ様っ、あたしからも質問っ。何だってお母様はそんな研究をさせてるわけ? あの人、さらに魔力を強くするつもりかしら?」
「いいえ、陛下の場合、基礎魔力を一とするなら余剰魔力は百以上でしょう。基礎魔力の有無など微々たる差にしかなりません。この研究はジャンヌさんのような魔力の少ない人ほど受ける恩恵が大きいのよ」
「ジャンヌさんのような。……なるほど、そういうことですか」
「ちょっとエリカ、今度は何が分かったって言うのよ」
「要するにこの研究が上手くいけば、男女問わず誰でもそれなりに魔法を使えるようになる。そういうことですよね、ルイーズ様」
「ご明察。本当にさすがね」
ルイーズは口元に小さな笑みを浮かべる。
「そんなことして何か意味があるの? 話を聞く限り、そこまで強力な魔法が使えるようになるわけじゃなさそうだけど? ―――あっ、ジャンヌみたいに魔法がすっごく使いたいって子がいたら、その夢を叶えてあげられるのかっ」
「はぁ、トリアさん、あなた女王を目指すんでしたら、何と言うかもう少し視野をですね」
エリカはわざとらしく盛大な溜息をこぼして見せる。
「ロ、ローズっ、何だかエリカがひどいんだけどっ」
「ははっ、まあでも、エリカの言うことも一理あるかな。女王になるならもう少し国家規模で物事を考える癖も付けといた方が良いね。トリアのその考え自体はとっても素敵だと思うけどね」
「な、何よぅ、ローズまで。ローズはエリカの言ってる意味が分かったわけ?」
「もちろん。この国の人口の半分は男性だよ。その半分が魔法を使えるようになったら、この国の生産力は大袈裟じゃなく倍増するだろうね」
魔法と言うのは兵器であり、重機であり、農業機械であり、工業機器なのだ。
「あ、あー、なるほどそういうアレね。も、もちろんあたしだって分かってたわよ」
トリアは唇を尖らせてひゅーひゅーと息を吐いた。吹けもしない口笛で誤魔化そうとしているらしい。
「話が逸れましたが、その基礎魔力の転用って言うのは具体的にどうすれば良いんですか、ルイーズ様」
ここは誤魔化されてやって、話を先に進めた。
「実はそんなに特別なことをするわけでもないのよ。言うなれば無属性魔法と属性魔法の応用魔法ね。無属性魔法で体内の基礎魔力を操って、それを属性魔法の術式に乗せてやる感じ、と言えば伝わるかしら。問題は無属性魔法は最近ではあまり使われない魔法だから、ジャンヌさんにはこれを一から勉強してもらわないといけないのと、そもそも教えられる人間自体が少ないってことね」
「あっ、それなら」
「ローズさんっ」
思わずジャンヌと視線を交わす。
「なんです? なにかありましたか?」
「無属性魔法なら、僕が使えます」
「あら、本当? 探知とか探索かしら?」
「その辺は基本ですよね。後はジャンヌにも教えた魔力波に、槍、盾、砲―――」
習得済みの無属性魔法を指折り数えあげていく。探知と探索はその有用性から今でも使う者が少なくないが、その他の無属性魔法を使えるのはよほどの変わり者だ。
「そういえば一時、変な魔法ばかり覚えたり使ったりしている時期がありましたっけね」
幼馴染のエリカが呆れ顔で言う。
“原初の魔法、無属性を極めた先に何かあるんじゃないか”、なんて感覚はこの世界の住人、特にエリカみたいな子には分かってもらえない。
「……となると、教師役はローズさんが適任か。それにジャンヌさんのあの魔法センス。―――よし、決めたわ。ジャンヌさん、あなた、研究所所属の特別研究生として学園に通ってみる気はないかしら?」
ルイーズはしばし考え込んだ後、そう提案した。




