第49話 王子様系TS少女は男装隠しヒロインを攻略にかかる その10
「ジャンヌ・ベルナールです。特別研究生として、しばらくの間よろしくお願いします」
深紅の制服を身にまとったジャンヌが、緊張した面持ちで教壇に立つ。
教室にはひそひそ声が満ちる。
特別研究生の一時的な在籍は、前代未聞の転校生アンリと違ってそう珍しいことではない。とはいえ普通は聴講生として必要な講義に参加するだけであるから、わざわざ朝のホームルームで自己紹介までさせてクラスの一員として迎え入れるのは異例である。
それでもアンリの時のような大騒ぎにならないのは、少女の可憐さよりもまず先に圧倒されるものがあるからか。すなわちたわわに実って張り裂けんばかりの胸だ。
あるいは爆乳のインパクトを乗り越え、視線を上に向けると飛び込んでくる愛らしい顔に既視感を覚えずにはいられないためか。
「……そ、そのっ、皆さまっ」
自己紹介は終わりと思っていると、ジャンヌはさらに言葉を続けるようだった。自分に自信を持てない引っ込み思案な彼女にしては少々意外だ。
「け、研究所所長のルイーズ様と、この学園の学園長でもある女王陛下の格別のご高配により、わ、私は本日この場に立たせて頂いております」
ジャンヌはそこで言葉を切ると、深呼吸を一つ。意を決した様子で続けた。
「私は、魔法を使うことが、―――出来ません。生まれつき、魔力が人よりずっと少ないんです」
ざわりと、教室がさざ波立つ。
そこかしこから“本当だ”などと聞こえて来るのは、意識を凝らしジャンヌの魔力を探ったからだろう。もっと不躾に感知魔法を使った者もいるかもしれない。
「ルイーズ所長が、そんな私でも魔法を使える方法を教えてくださって。それを検証し、完成させるためにこの学園にやってきましたっ。皆様にはご迷惑をお掛けすることもあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いしますっ」
元気良く言ってジャンヌは頭を下げた。
そんな彼女に注がれる視線、囁かれる声に、悲しいかな侮蔑の色が混じる。
クラスメイトはみんな良い子達だが、その大半が貴族である。すなわち魔力量を保つことに血道を上げてきた一族の出だ。どうしようもないくらいに価値観と言うものが染みついてしまっている。一方で平民の子達にも、自身は選ばれた人間だという矜持があるはずだ。
「なるほど。我が校が誇る偉大なる先輩、ルイーズ・シルヴァー様のお手をわずらわせ、敬愛なる女王陛下にまで取り入ったわけだね。魔力も持たない人間が」
ローズは皆を代表するように声を上げた。
「……ローズさん?」
隣席のアンリが訝し気な視線を送ってくるが、無視して意地悪な言葉を続ける。
「そうまでして我が校に通う君の目的は何だい? 何のために魔法を学ぶ?」
「それは、―――魔法はとっても素敵なものだからです。だから、私は魔法を学びたい」
「素敵なもの、ね。魔力を持たない君に、魔法の何が分かるって言うんだい? 魔法の何が素敵だって?」
「それは―――」
ジャンヌの魔法愛がまたも爆発した。
言葉を尽くし、真心を込め、丁寧に執拗に魔法が如何に素晴らしいものかが語られる。
魔法を、ひいては魔法使いである自分達を褒め称えられて、生徒達の自尊心が満たされていくのを感じる。
ちらちらとローズに向けられるクラスメイト達の視線も当初の“もっと言ってやってください”というものから“少しは手心を加えて差し上げては?”というものに切り替わっている。やっぱり良い子達なのだ。
「ご存知ですか、この国の作付面積当たりの食糧生産は他国と比べ物にならないくらい豊かなんです。これは土魔法による土壌改良と、水魔法による―――」
「―――分かった、分かったよ、僕の負けだ。君がどれだけ魔法を愛しているのか、よーく分かった。試すようなことを言ってごめんね、ジャンヌ。クラス委員として、美しく、そして情熱的な君を歓迎するよ」
わっと拍手が巻き起こる。
小心ないつもの彼女に戻って、ジャンヌはぺこぺこと何度もお辞儀を繰り返した。
騒然としたままホームルームを終え、そのまま一時間目の授業に突入し、それも終わって最初の休み時間。
「授業には付いて行けそうかい、ジャンヌ?」
「はっ、はい、今のところ何とか」
背後を振り返って尋ねた。
唯一空いていたローズの隣席には先日アンリが納まっているから、教室に席を一つ増やした。それまで一番後ろの席だったローズのさらに後ろがジャンヌの席だ。
「何か分からないことがあったらいつでも僕に聞いてね。ルイーズ様からも頼まれているし」
「えっと、じゃあ授業のことじゃないんですけど、一つだけ。―――その、テレーズ様は何をなさっているんですか?」
机とローズの間に小さな体を滑り込ませる―――要するにローズの膝の上に座ろうとしているテレーズを見て問う。
「えっと、ジャンヌに対抗心を燃やしている?」
「べ、別にそんなんじゃないのっ。ローズと私は仲良しなんだから、これくらいは普通のことなのっ」
「あはは、懐かしい。私の時もそうでしたね」
「アンリエッタ、余計なことはっ」
「はい、言いません、テレーズ先輩」
アンリは微笑むと、形の良い唇の前で指を交差させバッテンを作って見せる。さすがは男の娘の鑑、こんなお茶目な仕草も平然とこなす。
「―――あの、ローズ様? 私達もジャンヌ様とお話しさせて頂いても宜しいでしょうか? お聞きしたいことがあるのですが」
女生徒数人が寄って来ておずおずと尋ねた。
「もちろん。いくらジャンヌが可愛いからって、一人で独占するつもりはないよ。さあ、どうぞ」
「ジャンヌ様、はじめまして。私は―――」
「は、はいっ。ジャンヌ・ベルナールです。よろしくお願いします」
少女達はまずそれぞれに自己紹介を済ませると、本題を切り出した。
「それで、ジャンヌ様にお尋ねしたいのですけれど。―――食堂でお働きのジャン・ベルナール様とはどういったご関係ですの?」
初めから“無関係なはずはない”と言う問い方だ。
ベルナールはこの国で二番目に多い名字である。ちなみに一番はアンリのマルタンだ。加えてジャンもジャンヌもアンリもアンリエッタもありふれた名前で、それ故にローズは原作開始前に二人を見つけ出すことが出来なかった。
とは言えジャンとジャンヌ、たまたま名前が同じだけ―――ジャンとジャンヌ、そしてアンリとアンリエッタはそれぞれ同名の男性系と女性系である―――なんて言い逃れは不可能だ。
何せ、特に変装などもしていないのだ。栗色のベリーショートの髪も、同じく栗色のぱっちりお目々もそのままである。
「あっ、兄をご存知なんですね、皆様」
ちらっとローズに目配せすると、ジャンヌは答えた。
「まあ、ご兄妹でしたのねっ。お兄さまとよく似ていらっしゃいますわねっ」
「はい、双子なんです」
双子の兄妹。それがローズの提案した言い訳だった。
というか、原作ではジャンヌはアンリに対してそう偽ることになるのだ。
学園で知り合った男友達ジャンと、街でたまたま出会ったその妹ジャンヌ。二人が同一人物だと気付かぬままに妹を意識し、兄に対してもドギマギしてしまうアンリがジャンヌルートの見所の一つである。
「まあっ、それでそんなにそっくりなんですね」
遠巻きにしていた他の生徒達も寄って来て、ジャンヌの席を取り囲む。
ジャンヌと、そしてジャン君に関する質問攻めは授業開始の鐘が鳴るまで続けられた。さらには次の休み時間には噂を聞き付けた他クラスの生徒達が、次の次の休み時間には他の学年の生徒達までが集まり、ジャンヌを取り囲んだ。ジャン君人気恐るべし。
そんなお祭り騒ぎがようやくおさまった放課後。
ローズ達は校舎裏、ではなく演習場にいた。
特別研究生と言う立場を得た今、ジャンヌには誰はばかることなく演習場を使う権利がある。とはいえ―――
「お兄さま達と一緒にいるのが、例の」
「あら、本当にそっくりですわね」
ただでさえ目立つローズ達に話題のジャンヌが加わったことでさらに衆目を集めまくることとなっていた。
「それじゃあ、今日から無属性魔法を色々と教えていくけど。……ジャンヌ、大丈夫かい?」
「何がですか?」
“もし人目が気になるなら、校舎裏に移ろうか?”という問い掛けは飲み込んだ。
魔法を使えない己を恥じ、陰でこっそり呪文を唱えていた少女はもうそこにはいなかった。
「何でもないよ。ふふっ、一緒に頑張ろうね、ジャンヌ」
「はいっ。私、―――私なんかでも頑張りますっ」
「ジャンヌ、また」
「えいっ。……えへへ、罰ゲーム」
指摘するまでもなく抱き付いてくると、ジャンヌは可愛らしく微笑む。女性の格好での初めてのハグは、もう肉の圧がすんごかった。
「ちょっとジャンヌぅ? 今、無理矢理“私なんか”って言い直さなかった?」
「言い回しもちょっと不自然でしたね」
「絶対わざとなのっ!」
少女達に囲まれながら、ローズは最後のヒロインの攻略成功を確信したのだった。




