第37話 王子様系TS少女は百合空間を堪能する
「へー、ここがローズの下宿」
飛竜との戦闘から数日。アンリの転入以来、初めての休日である。
学園前で待ち合わせたローズ達一行がやって来たのは、王都三番街に建つ一棟のアパートメントだ。
六階建て。築五十年。と言うととてつもなく古く聞こえるが、王都の建築物としては実にありふれた部類と言える。
煉瓦造りの頑丈な建物を土魔法で補修、改修して長く使い続けるのがファリアス魔導王国では一般的である。特に建国おおよそ二百年の都であるこの地には、築百年を超える建物も少なくない。
そんな王都では珍しくもないアパートメントなのだが、トリアはほへーと口を開けて興味深そうに見上げている。
「ローズのお部屋は三階なのっ」
勝手知ったるローズの家と、テレーズが自慢げに先導していく。
「ここなのっ」
部屋の前に立つと合鍵―――ローズも知らぬ間に作っていた―――を取り出し、扉を開ける。
「どうぞ、なのっ」
ここでも家主の台詞を奪うと、テレーズは皆を玄関に招き入れた。
「―――それじゃあ、お邪魔しまーす」
「あっ、トリア、ちょっと」
「―――“待つのっ”」
「あ、あぶぶぶぶぶぶっ」
ローズがトリアを引き留めようとした瞬間、強風が生じて正面から彼女に吹き付けた。テレーズの魔法だ。
「ちょっ、ちょっと、何するのよっ、テレーズっ」
「ローズのお部屋は土足厳禁なのっ」
「土足厳禁? 何よ、それ?」
「これだから素人は。―――こーいうことなのっ!」
テレーズが靴と、ついでとばかりに靴下も脱いで、ぺたんと裸足で室内に上がり込む。
「えっと、……つまりどーいうことなの?」
トリアは困惑顔をローズに向ける。
「見ての通りさ。うちでは靴を脱いで部屋に入るんだ」
「慣れると快適なのっ」
言いながら、テレーズはぺたぺたっとフローリングの上を歩いて見せる。
「ああ、そういう。確か東の方の文化だったかしら?」
ファンタジーでは定番の設定だが、この世界でもファリアス魔導王国の存在する大陸の東には島国が一つあり、そこでは日本風な独自の文化が形成されているらしい。
工芸品として日本刀にしか見えない剣や、漢字やひらがなのようなもの―――達筆過ぎてそのものなのか、よく似た別の文字なのか判然としないのだが―――が書かれた扇子等がこちらへ流れて来ることもある。
「抵抗があるなら、室内履きを貸すよ。エリカはいつもそうしてるね」
玄関脇に置いたスリッパを示す。
「ううん、せっかくだからあたしも挑戦するわっ」
トリアが靴を脱ぎ、その必要はないのだがテレーズを真似て靴下も脱いだ。
「ふんふん。うんっ、悪くないわね」
テレーズに続いてぺたぺた歩き回りながら、トリアが二度三度と首肯する。
「それはよかった」
元日本人として、家の中まで靴と言うのは未だに気が休まらないローズだった。
「私はいつも通りお借りしますね」
「えっと、それじゃあ私も。―――お邪魔します」
エリカとアンリがスリッパに足を通す。
貴重な二人の生足が見れる機会と思ったのだが、残念。
ちなみに学園の生徒は白のオーバーニーソックスをはくのが一般的だが、エリカは昔から黒だ。学園の至宝との呼び声高いこの黒髪美少女の専売特許と今では見なされており、生徒達の間では“黒は避ける”と言う暗黙のルールが出来上がっていた。
「さっ、こっちなの」
テレーズに先導は任せ、ローズは廊下の突き当たりの部屋へ最後に足を踏み入れた。
「おおっ」
我知らず感嘆の声が漏れる。
いつものワンルームに美少女四人―――うち一人は男の娘―――が集っている。
ハーレムもの主人公くらいにしか許されない光景が、この元ギャルゲーマーで今はサブキャラのローズ・ド・ボーモンの自室にて再現されていた。
「あら、お部屋はこれでお終い?」
奥にもう一部屋あるとでも思ったのか、トリアが収納スペースの戸を開けながら実に王女らしいことを言う。
「王都の住宅事情ってものをよく分かってないようだね、トリア」
「住宅事情?」
「王宮や昔からある貴族の邸宅は別として、どこもこんなものだよ」
「王都の住民は二十万を越えますからね。それが一辺四キロメートル四方の城郭内に暮らしているわけですから」
エリカが補足する。
人口密度で言えば他国の主要都市と比べても頭一つ、いや三つも四つも抜けている。魔法のお陰で高層建築が可能なためだ。
「うちだって居間の他はママと私の部屋が一つずつあるだけなの。まったく、これだから素人は困るの」
「ぬぐぐ」
テレーズの言葉にトリアが歯噛みする。
要するに、魔法研究所所長のルイーズ邸ですらいわゆる2LDKなのだ。伯爵令嬢とは言え一介の学生の家としてはこれが限界だろう。
「この中だとアンリエッタだけ寮暮らしだよね。寮はどんな感じだい?」
「そうですね、もう少し狭いですけど、こことそれほど変わりません。トイレやお風呂も部屋ごとに付いていますし」
おおよそ原作のイメージ通りのようだ。
ちなみにこの世界は水魔法と土魔法のお陰で上下水道が非常に発達している。
まあ“まほ恋”と同じ世界観なのだから、その辺りはちゃんと整備されていてしかるべきだろう。見目麗しいギャルゲーのヒロイン達が週に一度の沐浴だけ、なんて言う無駄なリアリティは勘弁願いたい。
CG描写こそないがゲームでもアンリが一日の疲れを湯に浸かって癒すシーンが度々挿入されていた。
「―――もうっ、さっきから何なのよ、テレーズっ。素人素人って、しつこいわよっ」
ローズが思わず良からぬ光景を妄想していると、先程から何やらテレーズと言い争っていたトリアが爆発した。
「仕方ないの、トリアがローズのお家のことを何にも知らない“ローズの素人”であることは厳然たる事実なの」
「何よー、偉そうにしちゃって。あんたなんかローズと知り合ってまだ一年とかでしょ。あたしは中等部一年からだから四年よ、四年。あたしの方がずっと付き合いは長いんだからねっ」
「むむぅ。な、仲の良さに時間は関係ないの」
「ふふ~ん」
言い返しつつも悔しそうに頬をふくらませたテレーズに、トリアは無い胸をそらす。
「あら、そういうことでしたらトリアさんだって、私と比べたらずっと付き合いが短いですよね」
「ぬっ、ぐぐぐっ」
攻守逆転もつかの間、珍しくエリカが参戦し、得意げにしていたトリアがうめく。
長さと言うことなら、学園入学以来だから文字通りちょうど十年来の友人であるエリカが断トツだ。
「まあまあ、テレーズも言っていたけど仲の良さに長さは関係ないさ。僕とアンリエッタだって、もう大の仲良しだもんね?」
喉まで出かかった“僕のために争わないで”と言う台詞は呑み込み、普通に仲裁に入る。
一人取り残されていたアンリはこくこくと肯いた。―――否定されなくて良かった。
「さっ、口喧嘩はそれくらいにして、座って座って。と言っても、あまり選択肢は無いんだけどさ」
部屋の中には寝台と勉強用の机と椅子、足の低いテーブル―――というよりちゃぶ台と言った方が正しいか―――、それに棚がいくつかあるだけだ。
テレーズはいつも通りぺたんと床にそのまま腰を下ろし、トリアはちょっとためらいがちにそれに倣う。エリカはちゃっかりとこの家唯一の椅子に腰を下ろす。
「アンリエッタ、僕の隣りに」
「は、はい」
必然、アンリは寝台の端にローズと並んで腰を落ち着けることとなった。僥倖僥倖。
「さて、それじゃあはじめようか。―――アンリエッタ、魔法学園へようこそっ」
アンリの歓迎会。それが本日集まった理由だった。




