第38話 王子様系TS少女はさらに百合空間を堪能する
「ようこそ、アンリエッタ」
ローズに続いて皆が歓迎の言葉を述べ、ささやかなパーティが始まった。
持ち寄ったお菓子がちゃぶ台の上に広げられる。紅茶はトリアが王宮の厨房からくすねて来た最高級品を、エリカが淹れる。
「立派な茶葉ですから、少し長めに蒸らしますね」
「ああ、お願い」
よく分からないままに、とりあえずうなずいておく。
見た目のイメージ通り、紅茶の淹れ方には一家言あるエリカだった。
「アンリエッタの持ってきたお菓子美味しいね。これ、どこのだい?」
食べやすくスティック状に切り揃えられたチョコブラウニーを口に運びながら問う。ちなみに三本目だ。
「えっと、寮の台所をお借りして、私が。その、皆さんのお口に合うと良いんですけど」
「えっ、手作りなのかい? それはすごいねっ。手作り菓子はいつも美味しいのをたくさん頂いてるけど、中でもこれは格別だ」
「どれどれ、あたしも。―――って、ローズ食べすぎ。もうっ、半分くらい減ってるじゃないっ」
「ははっ、ごめんごめん、あんまり美味しくって、つい」
四本目と五本目を手の中に確保しながら、白々しく言う。
アンリなら手作り菓子を持参するであろうと予測し、最初から狙い撃ちにしていた。
「あら、これ本当に美味しいですね。ちょっと甘みが強めですけど、それが紅茶とよく合って」
エリカがティーカップとアンリのお菓子を交互に口に運びながら言う。
「むー、なかなかやるの、アンリエッタ」
テレーズは何故か悔しげだ。
「本当に、お菓子屋さんの売り物と変わらないよ。普段からよくお菓子作りをするのかい、アンリエッタ?」
「ええ、弟や妹が多いものですから、家ではよく」
「へえ、良いお姉さんだね。こんなお菓子を作ってもらえるなんて、君の兄弟は幸運だ」
「そうですかね。えへへ」
女の子にしか見えないはにかんだ笑みを浮かべる。
家族思いのアンリにはこういう褒め方が効くことは原作で予習済みだ。
「あっ、でもこちらのクッキーもどなたかの手作りじゃないですか? あっ、美味しい」
「ふふ~ん、あたしもなかなかの腕でしょうっ」
トリアがいつも通り無い胸を逸らす。
「えっ、ヴィクトリア殿下がお作りになったんですか?」
「ちょっとちょっと、何をそんなに驚くことがあるのよ。あたしがお菓子を作っちゃおかしいっての? ―――お菓子だけにっ」
「いえ、その、お姫様でもお菓子作りなんてするんだなって、ちょっと意外で」
トリアがはっとした顔で言い足したつまらないギャグはスルーし、アンリは答える。
「あのねぇ、アンリエッタ。あなたが“平民”って名前じゃないように、あたしだって“お姫様”なんて名前じゃないの。分かる? あたしはあたし、これがあたしよ」
「…………」
「ちょっ、ちょっと、何か言いなさいよ」
決め顔で言った手前、アンリに押し黙られてトリアが焦る。
「はぁ。いや、ヴィクトリア殿下って格好良いなって思って」
「トリアはごくまれに立派なことを言うの」
「そうだね。その前のジョークさえすべってなければ完璧だったんだけど」
「ロ、ローズっ、蒸し返さないで」
あははと皆が笑い、オチが付いた。トリアはこうでないと。
―――しかし、いい感じだな。
隣に座るアンリの笑顔を覗き見る。
アンリの転入からまだ一週間。二人きりとはいかないまでも、すでに自宅に招き入れる仲にまで進展している。
これは原作のヒロイン達よりもハイペースで攻略している、いや、攻略されていると言って良いのではないだろうか。
「ローズローズ、あ~ん」
「あっ、テレーズ、普通他人の作ったクッキーでそういうことするっ?」
「むう、王女のくせにケチくさいの。ならアンリエッタのお菓子でやるから良いの。良いよね、アンリエッタ?」
「ええどうぞ、テレーズ先輩」
「じゃあローズ、あ~ん」
「ん、ありがと。でも残念、トリアのクッキーも食べたかったんだけどな」
「しょ、しょーがないわね、そういうことならあたしが。……ほ、ほらっ、口開けなさいよ、ローズ」
「いま、ちょっと悩んだ末にハート型のクッキーを選びましたけど、何か意味がお有りなんですか、トリアさん?」
「べっ、別に特別な意味なんかないわよ、エリカっ。ロ、ローズも、勘違いしないでよねっ。いつもの感謝とか、その他諸々のあたしの気持ちがこもってるだけなんだからっ」
「それもうほとんど自白してません?」
女三人寄れば姦しいと言うが、TS少女と男の娘を除外してもしっかり要件を満たしている。
雑談は途切れず、ローズの頬は緩みっぱなしのまま時が過ぎていく。
「う~むむ」
ちゃぶ台の上のお菓子もあらかた片付き、そろそろお開きという段になって、珍しく難しい顔でトリアが首をひねった。
「どうかしたのかい、トリア? そんなに怖い顔をしなくたって、女王の後を継ぐのにお笑いのセンスなんて求められないから大丈夫だよ。ほら、学園長先生だってそういうタイプじゃないし」
「そんなことで悩んでないわよっ。というか、さっきはぱっと思い付いたからつい言っちゃっただけよっ。ちゃんともっと面白いことだって言えるんだからっ、あたし」
「あら、トリアさん、もしかして何かとっておきの笑い話でもご披露して頂けるのですか? 皆さん、お静かに拝聴しましょう」
トリアが自ら上げたハードルを、意地の悪いことにエリカがさらに上げる。もう二台も三台も積み上げる勢いで。
テレーズも口で“パチパチパチ”と拍手を真似て、場を盛り上げに掛かる。
「あー、うー、そ、それじゃあ、毎度バカバカしい小話を一つ。―――って、そうじゃなくて、あたしが言いたかったのはアンリエッタのことっ」
「わ、私ですか? 何でしょう、ヴィクトリア殿下?」
「それよ、それ。もうやめない、ヴィクトリア殿下って言うの? トリアで良いわよ」
「えっと、じゃあ、トリア殿下? トリア様?」
「殿下も様もいらないわ。ただのトリアで良いって。このメンバーでいる時まで殿下なんて呼ばれたら、背中がムズムズしちゃう」
「そ、それじゃあ、トリアさん」
「さんも別になくたっていいんだけど、まあ、いきなりは難しいか。―――うん、改めてよろしくね、アンリエッタ」
「は、はい」
アンリがちらと視線を向けてくる。
“王女様相手に、本当に良いんですかね?”と言う表情だ。
こういう時にお伺いを立てる相手に選んでくれたのは、他の子達よりリードしている証拠とうぬぼれて良いのか。それとも原作通り友人枠に置かれていると焦るべきなのか。
「構わないと思うよ。それと、僕にも様はいらないよ」
「はっ、はい、ローズさん」
「うん、よろしく、アンリエッタ」
「そういうことでしたら、私も―――」
エリカも便乗する。
先輩呼びが気に入っているのか、テレーズだけは我関せずと言う顔だ。原作通りの呼び方なので―――ゲームではテレーズはもう一学年飛び級して名実ともに先輩である―――、ローズとしても収まりが良い。
こうして、また一歩アンリエッタとの仲を縮めたところで、歓迎会はお開きとなった。
「それじゃあ皆、また来週なのっ」
「はいはい、また来週。って、あんた、何を普通にあたし達を送り出そうとしてるのよ、テレーズっ」
「明日もお休みだから、今日はローズの家に泊まってくの」
「ぬぬぬ、お泊り」
トリアが羨ましげにうめく。
さすがに娘の急な外泊なんてあの女王が許すはずもない。
「というかトリア、そういえば今日はよく出て来れたね?」
そもそも休日の外出自体、何かと面倒な手続きが伴う王女である。
「あなた達と一緒なら良いってお母様が。まあ、そりゃあそうよね。エリカにテレーズにローズがいれば兵士に囲まれてるより安全なくらいだし、アンリエッタは回復魔法も使えるし。なんたって、皆でワイバーンも倒しちゃったんだもん」
「そっか、陛下のお墨付きを頂けたわけか」
「というかお母様ったら、アンリエッタの歓迎会って言ったら二つ返事で“行ってきなさい”って。なーんか、アンリエッタのことずいぶん気に掛けてるみたいなのよねぇ。お母様と何かあった、アンリエッタ?」
「いえ、転入の前に一度お会いしたくらいで」
「ローズは? 何か聞いてない?」
「さて、僕もクラス委員として面倒を見てあげて欲しいとは頼まれたけど。……まあ、学園長として前例のない転入生を気に掛けるのは当然といえば当然なんじゃないかい?」
「う~ん、それだけなのかなぁ」
トリアが首をひねる。
首をひねりたいのはローズも同じだった。
原作では強硬にアンリとトリアの恋仲に反対した女王だが、ここでは妙に二人を近付けようとしているように思える。今回の件と言い、トリアの個人教師であるローズに世話役を頼んだ件と言い。
―――いや、そもそもの話、なんでゲームではあんなに頑なだったんだ?
賢王と名高い女王のことだ、何か考えがあってのことのはずだ。本来、男性魔法使いであるアンリは王侯貴族なら何としても一族に迎え入れたい血なのだ。
まあ、単に“娘は誰の嫁にもやる気はありません”と親馬鹿を発揮させただけの可能性も否定出来ないが。
「ほら、テレーズ、泊まっていくのは構わないけど、まずは皆を送って行こう。盛り上がり過ぎたね、外はもう暗いよ」
疑問は尽きないが、今は王子様キャラとして夜道を帰る女性達の騎士を務めるのが最優先だった。




