第36話 原作主人公は説教する
「ローズっ、どこなのっ?」
足元から―――いや、正確に言うと飛竜の首に上下逆さまにしがみついているため頭上から、テレーズ達の悲鳴のような呼び声が聞こえて来る。
飛竜の巨体が死角になり、彼女達からはローズの姿が見えないらしい。
アンリが制服を残し、落下したあの瞬間。
飛竜はそれを視線で追い、頭を下げた。必然的にアンリの正面にいたローズに対して首筋を曝け出す形となる。どうぞ、お乗りくださいとばかりに。
「――――ッッ!!」
一鳴きすると、飛竜はうざったそうに首をぶんぶんと左右に振った。
「おうっと、―――離さないよ」
ファンの子の耳元で囁けば卒倒させてしまいそうな台詞を口にしながら、首に手足を回してぎゅっと全身で抱き付く。首回りはちょうど一抱えほどで、しがみつくには最適の太さだ。
そして予想通り、ちょうど首根っこに当たるこの場所には羽も後ろ脚も口も届かない。そういうところは鳥や獣と同じだった。
もちろん、そんな飛竜の体の構造を確認したいがためにこんな危険な真似をしているわけではない。
いくら手負いとは言え、飛竜は生徒達の手には余る。このまま大人しく飛び去ってくれるならいいが、傷を癒すために“タンパク質”を欲しているはずだ。行き掛けの、いや帰り掛けの駄賃に一人二人パクついていきかねない。
学園のお兄さまとして、見過ごすわけには行かなかった。
「それにこれは、僕とアンリの初めての共同作業ってやつだからね。中途半端じゃ終われないのさ。……ごめんね。――――――。―――」
怪獣映画でもメカ○○○よりも怪獣の方を応援していた身としては少々心苦しいが、この美しくも格好良い生き物の命を絶つ。
謝罪の言葉を口にすると、ローズは詠唱を開始した。
“先刻”は三小節までに短縮した呪文だが、さすがにこの状況で頭の中だけで構成を練る余裕はない。省略はなしで一から十まで紡ぎ出し―――
「――――。―――。――――。“燎原”」
ローズを中心に炎が生じた。
本来は地を舐め走る燎原の炎は、代わって飛竜の体表上を燃え広がっていく。
「――――ッッ! ―――ッッ!!」
飛竜が身悶え、巨体をよじる。
「くっ、あつっ、あっつううぅぅぅっっ!?」
この魔法は術者の周囲の地面に展開し、当然だが術者自身が焼かれることはない。が、地面自体に激しく動き回られてはその限りではなかった。
身を焼かれるような痛み、と言うかまさにそのものの激痛が走る。それでも掴んだ飛竜の身体を離さない。
「ローズっ」
「ローズさんっ」
火だるまの飛竜を見て、地表の少女達もさすがにローズの所在に気付いたらしい。頭上から悲鳴のような声が聞こえて来る。
「―――――ッ!!」
少女たちの声が小さくなる。
飛竜は甲高く吠えると、翼をいっそう激しく羽ばたかせ、炎から逃れるように上空へ向けて飛翔し始めた。が、体表を覆う炎を振り切ることは出来ない。
「――――ッ、――――――ッッ」
やがて、力無くくぐもった鳴き声を漏らすと、腕の中の飛竜の身体から力が失われた。
「って、高っ!?」
しがみ付き、痛みに耐えるのに必死だったローズはそこでようやく自身の置かれた状況を認識する。
五十メートル、いや、それ以上か。目安となるようなものが何もない全くの虚空だから判然とはしない。ただ、落ちれば命がないことだけは分かり切っている。
一方で高度があるということは、浮遊や飛翔の魔法の呪文詠唱が間に合うということでもあるのだが―――
「魔力切れなんて初等部以来だな」
ローズは強烈な虚脱感に襲われていた。
演習も合わせると燎原を二発に、初級魔法はそれこそ無数に放っている。女王やトリアやアンリではないのだから、さすがにもう限界だ。
「まあでも―――」
「“水よっ”」
「―――ローズっ」
ばしゃんと水を浴びせかけられ、直後に小さな体に抱き留められた。
「テレーズ、エリカ、来てくれるって信じてたよ」
水魔法を使ったのがエリカで、落下するローズを受け止めたのがテレーズだ。二人とも飛翔魔法を使っている。
「ローズっ、無茶し過ぎなのっ」
「いっ、一応勝算はあったんだけどね。野外演習場は学園の一部で、制服の耐魔法術式が機能してくれるからさ。……だけど、まあ、ちょっと危なかったかな」
そもそも自身に燃え移ること自体が想定外だったのだが、強がりで返す。
制服の袖は半ば焼け落ち、露出した肩はジュクジュクとただれたように―――、怖いからそれ以上は見ずに目を逸らした。
「でもまあ、これくらいの怪我なら問題ないさ。なんせ―――」
「ちょっ、ちょっとぉ、大丈夫なの?」
「ローズ様っ。――――。―――」
テレーズに抱えられ地面に降り立つと、皆が駆け寄って来る。そしてすぐにアンリが詠唱を開始した。
「―――。―――――。“回復”」
「ふうっ。―――なんせここには、回復魔法の使い手アンリエッタがいるわけだからね。うん、回復魔法ってやっぱりすごいね」
なるべく視界に入れないようにしていた両肩の焼け跡が消え、元の染み一つなく瑞々しい女学生の肌を取り戻していた。
「いや、これは回復魔法がと言うより、アンリエッタさんがすごいんです。回復魔法の適性があるのは知っていましたが、これほどとは」
エリカが感心した様子で言う。
ローズが無茶を出来たのも、要するにアンリの回復魔法の威力を知っていたからだ。
ゲームでは兵士の失った腕を繋ぎ止め、聖女が如く崇められるアンリである。これくらいは出来て当然。最悪、即死さえしなければ何とかしてくれるのが我らが主人公だ。
―――まあ、また助けられる形にはなっちゃったけど。
それでもこれくらい活躍すれば、アンリも少しは見る目を変えてくれたか。と、視線を向けると。
「ローズ様」
何やら怖い顔だった。
「どうして、あんな無茶をしたんですか?」
「い、いや、アンリエッタも言っていたじゃないか。ワイバーンを他の生徒達のところへ行かせるわけにはいかないって」
“君の望みを叶えるためだよ”とは言わないまでも、少々恩着せがましく答える。
「いくら他の子達のためだからって、それでローズ様が大怪我をしたんじゃ、意味ないじゃないですかっ」
「いやでも、結果的に上手くいったんだし良いじゃないか」
「良くないですっ」
ぴしゃんと、頬を張られていた。
「アンリエッタっ、ローズに何をっ」
「テレーズ、大丈夫、痛くないよ。ちゃんと加減してくれてる」
「むう」
痛みは本当に一切感じなかった。いくら腹を立てていようと、痛みを感じるほど強くアンリが怪我人を叩けるはずもない。
むしろ叩いたアンリの方が痛みに耐えかねるような、何とも言えない表情だ。と言うか、ちょっと涙まで浮かべている。
「……良くないです。ちっとも良いことなんかないですよ、ローズ様。ローズ様だって女の子なのに、身体にあんなに大きな傷を作って」
さすがに“綺麗に治ったんだから良いじゃないか”とは言える雰囲気ではない。
アンリの言葉を最後に場がシーンと静まり返った。涙目のアンリと見つめ合ったまま、無言の時間が流れる。
「―――確かにアンリエッタの言う通りねっ」
気まずい沈黙を破ったのは、こういう時の頼れる突撃隊長トリアだった。
「ローズが女の子のために無茶をするのはいつものことだけど、今回はさすがに度が過ぎたと思うわ、あたしもっ」
「そうですね、いつものことと、私達もちょっと麻痺していたのかもしれません。もう少ししっかりローズさんの手綱を握っておくべきでした」
「むむぅ、確かにそうかもしれないの。アンリエッタ、ローズを叩いたことは許してあげるの」
トリアに続いてエリカとテレーズもアンリの味方に付くと、C組の生徒達も口々に賛同の意を述べた。
こうなると分が悪い。ローズに取れる手は一つだ。
「その、ごめん。今度からはもうちょっと自分のことも大切にします」
ローズは謝罪し、頭を下げた。




