第35話 原作主人公は万歳する
「アンリエッタっ」
「ロ、ローズ様、どうして出てきちゃったんですかっ!? 早く戻ってくださいっ」
隣りに降り立つと、アンリが怒ったような顔で言う。
「君こそ戻るんだ。僕が囮になるって言ったはずだよ」
「女の子にそんな危ないことさせられませんっ」
「それは僕の台詞」
「僕―――じゃない、私の台詞です」
「―――ローズさんっ、アンリエッタさんっ、“石弓”」
「“危ないのっ”」
「おわっ」
「くっ」
二人同時に大地に身を投げ出すようにして伏せた。
その頭上すれすれを巨大な爪が掠めていく。
「あっぶなっ。―――た、助かったよ、エリカ、テレーズ」
「“しっかりするのっ”、“ローズっ”」
テレーズは飛龍に追撃を掛けながら器用に激励する。
石弾と“危ないのっ”で放たれた圧縮空気弾を避けるために、飛竜はわずかに飛行進路をずらした。それで際どく命を拾っていた。
「アンリエッタ、ここは」
「え、ええ、協力しましょう、ローズさん」
「よし、とりあえずは―――右へっ」
「はいっ」
アンリが右へ、ローズが左へと分かれた。その間を―――上空を旋回し戻って来た飛竜の爪が再びよぎる。
「“喰らえっ”、“なのっ”」
「“石弓”、“石弓”」
「――――ッ、―――――ッッ」
石弾の一発が爪先に命中し、圧縮空気弾は翼の皮膜を撃った。飛竜はぐらりと姿勢を崩しながらも、翼を激しくはためかせ強引に上空へ逃れようとする。
「“火砲”」
遅れて放たれたトリアの特大の火球は首を傾げ避けられたが、その避けた鼻先に―――
「“火砲”」「“火砲”」
ローズとアンリの放った火球が突き刺さる。
キシャァーーッと、鳥とも爬虫類とも異なる独特の鳴き声を上げて飛竜が二人を恨めし気に睨む。
高位の魔物はただの怪物ではなく高い知能も有している。仕草は動物よりも人間的だ。
「いいぞ、怒ってる怒ってる」
つまり効いていると言うことだ。
鼻先は鱗が焼け焦げ、左足の爪は何枚か剥がれかけている。口元からダラダラと涎を垂らしているのは、最初に口内に受けたローズの火砲の影響か。
飛竜は怒り狂いながらも、こちらを警戒した様子で空中の一点に留まっている。
いわゆるホバリングだ。鳥類でも小型で飛行が得意な種にしか出来ない飛び方だが、さすがは天空の覇者ワイバーンである。
「アンリエッタ、走るよ」
「はいっ」
「“風よ”」
背を向け、強風に煽られながら二人駆け出すと、飛竜は吸い寄せられるように高度を下げ、そして次の瞬間にはすぐ間近まで迫っていた。
「……」
目配せし、右を駆けていたローズが左へ、左を駆けていたアンリが右へ、互い違いになって分かれる。
「―――ッ」
飛竜は一瞬、空中で戸惑いを見せた。
「“落ちろっ”、“なのっ”」
テレーズの圧縮空気弾、それも螺旋回転するライフル弾が二発、左の翼の付け根に直撃した。
「――――ッッ!?」
飛竜の身体がガクンと大きく傾げ、やがてその巨体は落下し、慣性に従って大地を滑り削り取っていく。
飛行を継続出来ない程のダメージを負ったのではなく、飛翔の術式に支障が生じた結果だ。
「皆っ、今だ。“火砲”」
ローズが号令するまでもなく、攻撃魔法が飛竜に集中した。
テレーズはこれまでの鬱憤を晴らすようにライフル弾を連発し、エリカは抜け目なく翼の付け根に狙いを定める。飛翔の術式の再構築を防ぐためだ。C組生徒達も懸命に魔法を放つ。
天空の覇者も、こうなってしまえば巨体の割に非力で貧弱な一匹の獣だ。翼をばたばたとふるってもがく姿はいっそ哀れみすら誘う。
「“火砲”」
膨大な魔力にあかせたトリアの巨大な火球が横腹に突き当たり、小爆発を起こした。衝撃で飛竜の身体はごろんと仰向けにひっくり返る。
「やった、やっと当たったわっ!」
ただの火砲に爆発を伴う効果はない。要するに術式の編み損ないなのだが、怪我の功名、結果オーライだ。
「仕留めたかな?」
遠巻きに飛竜を観察する。
仰向けに寝転んだまま動きがない。鳥類に近い構造の生物としては、かなり無理のある体勢のはずだ。
「トリアっ、念のためもう一発お願いっ」
「うんっ。……“火砲っ”」
横腹にまた爆発を伴う火球。飛竜の身体は再び半回転して、うつ伏せに戻った。
「避ける素振りも無ければ、鳴きもしないか。――――。“風巻け”」
圧縮空気剣を手に、なおも慎重に距離を詰めていく。やはり飛竜はぴくりともしない。
飛竜。ドラゴンほどではないが間違いなく最上位の魔物だ。ゲームではアンリが魔物特効とでも言うべき光魔法を発動させることで、辛くも討伐に成功するのだが。
―――案外、あっけなかったな。
いや、このメンバーならこれくらいは出来て当然と言うべきか。
すでに学内に留まらず国内でも有数の魔法使いであるエリカとテレーズに、主人公までいる。威力だけなら最強のトリアも。
これだけ揃っていて飛竜の一頭も倒せないなら、とうの昔に魔族は人間界に再侵攻を開始しているだろう。
「…………一応、目ん玉でもつついてみようか」
それでも駄目押しにもう一度確認と、ローズが飛竜の頭部へと近付いた時だった。
「なっ」
飛竜が首をもたげ、大顎をばっくり開け―――
「―――ローズ様、危ないっ」
力強い腕に肩を押され、突き飛ばされた。
「アンリエッタっ!」
尻もちを付いた地面から見上げるのは、高々と掲げられたアンリの姿だ。
―――また、僕の身代わりにっ
胸の奥がトクントクンと高鳴るのは、九死に一生を得た安堵ゆえか。あるいはローズの中の女性が―――
「―――っ、くうっ、あっ」
頭上から聞こえる苦し気な悶え声に、場違いな思念を追い払う。
アンリは、幸いにして食べられてはいない。怪我をした様子もない。制服の後ろ、奥襟のところを飛竜の牙に引っ掛けられ、吊り下げられているだけのようだ。くぐもった声が漏れるのは息が詰まるせいか。
「“アンリエッタを離っ、―――っ」
テレーズが魔法を発動―――させる直前で術式を破棄した。
飛竜がアンリの身体を突き出すように顎を向けたからだ。
「アンリエッタを盾に。まさかここまでの知能があるだなんて」
念の入った死んだふりと言い、飛竜の頭脳は図鑑で読み、想像したはるか上を行く。
「み、みなさん、構いません、私ごと―――」
ぶわっと、アンリの身体がさらに持ち上がる。飛竜が再び浮上し始めていた。
「くそっ、アンリエッタを人質にして逃げるつもりかっ」
やはり飛翔の術式に不具合が生じているということなのだろう。五メートル浮上しては、かくっと三メートル落ちる。そんな飛び方だ。
「行かすかっ。―――“気砲”」
未来の花嫁(♂)を連れ去られてなるものか。
足元に生みだした圧縮空気弾に跳び乗り、反動を使ってローズは高々と跳躍する。
「アンリエッタっ、―――バンザイっ」
「バンザイ? ―――っ」
はっとした顔でアンリが両腕を天に突き出すのと、まだ掌中に手にしたままだった圧縮空気剣を振るうのが同時だった。
ブレザーのボタンが弾け飛び、―――アンリの身体はするりとそこから抜け落ちた。
「アンリエッタさんっ」
土壁から飛び出して来たエリカが落下する彼女を抱き留めた。お姫様抱っこで。
絶世の美少女二人―――うち一人は美少年だが―――だから、何とも絵になる。背景に咲き誇る百合の花が見えるようだ。
「アンリエッタ、だ、大丈夫ぅ?」
「よかったの、アンリエッタ」
「ごほごほっ、あ、ありがとうございます、皆様。ローズ―――、…………あれ、ローズ様は?」
「あれ、ローズ? ローズっ!?」
アンリエッタが周囲をきょろきょろと見回し、他の皆も騒ぎ始める。
「―――どうせならもっと色っぽいシーンで制服を脱がせたかったとか、その役はエリカじゃなく僕がやりたかったとかあるけど。まあ、何にせよ、よかったよかった」
そんな少女達のやり取りを見下ろすローズは、ひとまず安堵の吐息を漏らした。―――飛竜の首筋にしがみつきながら。




