第34話 原作主人公は勇ましく叫ぶ
「“こんっ”、“のっ”」
「“土よ”」
テレーズは気砲を連発して上空へ飛び去る飛竜を追撃し、エリカは土魔法で周囲に防壁を展開させる。アンリは―――さすがに戸惑った様子で、何も出来ずにいた。
「あ、ありがとぉ、ローズ。た、食べられちゃうところだったぁ~」
「ありがとうございます、ローズ様」
エリカの土壁の陰に落ち着くと、トリアとC組の少女達がローズの手を取り口々に礼を言う。
「みんなが無事で良かったよ。―――言ったろ、次は間に合わせるって」
「ローズぅ」
「ローズ様」
決め顔で嘯くと、四人は感極まった様子だ。
我ながら出来過ぎた伏線回収には理由がある。
ゲームでも最初の野外演習で主人公は飛竜と遭遇戦をするはめになるのだ。
まほ恋のキャッチフレーズ、“剣と魔法のファンタジー世界で、恋と冒険に彩られた女学園生活を送ろう”の、冒険要素に当たる部分である。基本的に学園を舞台とした恋愛アドベンチャーゲームだが、無駄に力が入った戦闘演出にも定評のあるまほ恋だ。
「それにしても、よくお気付きになりましたね、ローズさん」
「ふふっ、可愛い女の子達を危機から守るのは、僕の役目だからね」
「要するにいつも女の子達のことをねっとり盗み見ているから、今回もすぐに気付けたと言うわけですね」
「ははっ、さすがエリカ、手厳しい」
ゲームで見たなどと正直に言えるはずもない。ここはエリカの悪態に乗っておいた。
「それにしても、まさかワイバーンが出るだなんて」
トリアは空を見上げ、肩を震わせた。その視線の先では飛龍が旋回しながらこちらの様子を窺っている。
「あっ、やっぱり珍しいんですね。王都の周りでは普通に出るのかと思って、びっくりしました」
「ないない、ワイバーンみたいな大物が出たなんて話、聞いたことないわよ。―――あっ、ひょっとしたらさっきのテレーズの魔法のせいじゃない? あの鳴き声を仲間だと思って寄って来たとか?」
「“いいがかりはっ”、“やめるのっ”」
テレーズが気砲を連発しながら答える。先刻からずっと、飛竜を牽制し続けてくれている。
「そうそう、テレーズの魔法は関係ないと思うよ」
「ええー、本当に?」
「うん、僕が保証する」
“何故なら、テレーズが野外演習に参加していないゲームでも飛竜は現れたのだから”とは、心の中だけで付け足した。
「う~ん、ローズがそこまで言うなら信じるけど」
「と言うかそもそも、今は犯人捜しをしている状況ではありませんよ」
土壁を補強し強固な砦を作り終えたエリカが言う。
円筒状のぶ厚い壁がローズ達の周囲を囲んでいた。高さはローズの頭を少し超えるくらい。あまり高過ぎると強度が保てないし、こちらの魔法も撃ち難くなる。
「しかし、ワイバーンか。やっかいだね」
「完全に目を付けられていますね」
飛竜は一定の高度を保ちながら、こちらの隙を窺っている。
テレーズが撃ち続けている気砲はひらりひらりと全てかわされていた。
「ローズさん、ワイバーンについて知っていることは? そういうの、お好きでしたよね?」
「ああ、任しといて」
コホンとわざとらしく咳払いなどして、取って置きの知識を開陳する。
根が男の子であるから、魔物図鑑みたいなものは大好きだ。
「まずはワイバーン、飛竜とは呼ばれていても本質的にドラゴンとは全く別の生き物と言うことから」
四足歩行のずんぐりした身体で背中に翼を持つドラゴンを“羽の生えた巨大なワニ”とするなら、飛竜は言うなれば“全身を鱗に覆われた巨鳥”だ。
翼は前脚が進化したもので、盛り上がった胸の筋肉はその翼を振るうため。丸太のように太い後ろ脚の腿は強く地面を蹴り出すため。一方でそれ以外の部位は貧弱と言って良いほどに細くしまっている。要するに飛翔に特化した身体なのだ。
「もちろん、いくら飛行に適しているからと言って、あの大きな身体を自前の筋力と翼だけで支えられるはずもない。そこが魔物が魔物たる所以だね」
魔物。またの名を“魔力的生物”。
通常の生物が血肉によって活動するのに対して、血肉と魔力によって活動する生物の総称である。
人や動物も本質的に体内に魔力を宿してはいるが、それは魔法を用いて初めて何らかの効果を生み出すものだ。しかし魔物は生まれながらにして全身を巡る魔力が肉体を活性化させ、身体能力を大幅に向上させる。加えて生まれつき肉体に刻まれた術式に魔力が流れ込むことで魔法と同じ効果が発動される。
「ワイバーンの場合は翼の付け根に飛翔の術式が刻まれている。羽ばたくことでそこに魔力が流れ込み、飛行を助けるってわけだね」
飛行に特化した身体に、飛行に特化した術式。結果、飛行速度はドラゴンをもはるかに上回り、当然人間の飛翔魔法などとは比べ物にならない。
「飛ぶためだけにあるような存在。まさに天空の覇者と言って良いね」
「……気持ち良く語られているところ悪いのですが、弱点などは何かないのですか?」
“そういう雑学みたいなのは別にいいから”という目でエリカが言う。やはり男の子、アンリは興味深そうに聞き入ってくれていたのだが。
「そうだね、今も言った通り軽量化された身体は決して頑健とは言えない。当たりさえすれば初級魔法でも十分にダメージを与えられるはずさ」
「確かに、だいぶ怒らせてしまったみたいですしね」
上空を旋回し執拗にローズ達を狙うのは、火砲を喰らわされた報復のためだろう。
「それと攻撃力もそれほどでもないよ。攻撃方法もドラゴンみたいに炎の息吹を吐いたりもしないから、爪で引っかいたり掴んだり、あの鳥のくちばしみたいな顎でつついたり噛んだりってくらいだね」
もちろん、攻撃力がないとは言ってもそれは“単独で他の大型魔物を仕留め切るのは難しい”とか“石造りの城壁を破壊したりは出来ない”というレベルの話であって、制服姿の女学生などあの巨大な爪に軽く引っ掛けられただけで大怪我、悪くすると即死である。
一目瞭然なので、あえて怖がらせるような事は言わないが。
「あとはそうだ、弱点と言えばあれがあったな。これはワイバーンに限った話じゃなく魔物全般に言えることだけど、光魔法に弱いね。皆も知ってるとは思うけど」
「そう言えばエリカ、あなた光魔法は使えないの?」
「無茶を言わないでください、トリアさん。光魔法の使い手なんて国父様以来出ていないんですよ」
「そっかぁ、魔法なら何でもござれのエリカにもさすがに無理かぁ」
そう残念そうに呟くトリアのすぐ隣、その光魔法の百数十年ぶりの使い手がいたりするわけだが、ここは黙っておく。
「まあ話していても仕方がないし、ここは一度、引き付けてみないかい。エリカの土壁なら一度の攻撃で崩されるってことはないはずだよ」
「そうですね、このままでは埒があきませんし、やってみましょうか。―――テレーズさん、牽制の手を休めてください」
「ん」
気砲の連射が止むと、やがて飛竜は少しずつ高度を下げて―――
「来るよっ、みんな、頭を下げてっ」
突如急降下し、土壁を爪で削り取った。
「“落ちろっ”、“なのっ”」「“石弓”」「“火砲”」「“気砲”」
A組四人が無詠唱魔法を放つも、その時にはすでに飛竜は土壁を蹴って空へと逃れていた。
「“火砲”」
トリア達C組も遅れて魔法を発動させるが、馬の四、五倍もありそうな巨体を左右に切り返して巧みにかわす。
「くうっ、ほんとに素早いわね。―――そうだっ、さっきやったエリカの雷霆は? あれならいくら速いって言ってもかわしようがないでしょ」
「…………試してみましょうか。―――――――。――――。―――」
「エリカ、ストップ。もう良いよ」
雷霆の詠唱が始まると、飛竜はついっと高度を上げた。
「やはり駄目でしたか」
「えっ、えっ? どういうこと?」
「高位の魔物は魔力の流れを視認して術式を読み取るって言うけど、本当みたいだね。雷霆の攻撃範囲から逃れたよ」
「じゃあ、打つ手無しってこと?」
「魔物と言っても魔力も体力も無限ではありません。最悪、このまま籠っていればどこかに行ってくれるとは思いますが―――」
「それは駄目」
「それは駄目です」
二人、声が揃った。ローズとアンリだ。
視線を交わし、アンリに先を促した。
「エリカ様、周りには他の生徒達が沢山いますよね。どこかに行くと言うことは、他の子達が襲われると言うことです」
「そういうこと」
「ちょっとちょっと、それはまずいわよ。ローズ、エリカ、どうにかならないの?」
「結局のところ、僕らで倒しちゃうしかないね。僕達に出来ないなら、他の生徒はもちろん、たぶん引率の先生方にだって無理さ」
「はぁ、ローズさんならそういうだろうとは思いました。それに、アンリエッタさんもそちら側の方でしたか。……まあ、嫌いではありませんが」
「エリカ、それって遠回しに僕のこと好きって言ってない?」
「こんな時につまらない冗談はやめてください。―――それで? 倒すと言うからには、何か考えがあるんでしょうね、ローズさん」
赤らんだ頬についてもう少しつつきたいところだが、確かにそんなことをしている時ではない。ローズは惜しみつつ話を進める。
「獲物に食らいつく、まさにその瞬間を狙おう。最初の僕の火砲みたいにね」
「そう言いましても、引き付けても間に合わなかったじゃないですか」
「うん、壁の中に籠っていちいち伏せてたんじゃ間に合わないってことだね。だから僕が外へ出てギリギリまで引き寄せるから、皆が攻撃して。幸い、恨まれてるのは僕だしね」
「そんなの危ないのっ」
「そうよっ、無茶言わないで、ローズ」
「大丈夫大丈夫。テレーズもトリアも、僕の足が速いのは知ってるだろう?」
「だからって―――」
「おや、二人は僕を信じてくれないのかい?」
「そ、そういうわけじゃないけど」
「いや、と言うより、ここは僕が皆を信じてると言うべきかな。僕が食べられちゃう前に、皆がワイバーンを撃ち落としてくれるって信じてるよ」
「むむむ、その言い方はずるいの」
「ふふっ、知らなかったのかい? ズルいおと―――ズルい女なのさ、僕は。それじゃあ、そういうことで―――」
“どうせ止めても聞かないだろう”と諦め顔のエリカに軽く目配せすると、土壁に手をかけ、乗り越える。―――のを、ぐっと肩を掴まれ押し留められた。
次の瞬間、壁の上に立っていたのはローズではなかった。
「アンリエッタ、なにを―――」
アンリはこちらを振り向き、一度にっこり微笑むと身を躍らせた。
「さあ、来るなら来いっ。お前のエサはここだぞっ!」
壁の向こう側から、勇ましい叫び声が聞こえて来る。
「くそっ、やられた」
ローズの身代わりをやるつもりだ。女の子にこんな危険な役回りはさせられない、と。
―――まったく、僕が女の子だったら思わず惚れちゃうところだよっ。
が、それでは困るのだ。惚れるのではなく、惚れてもらわないと意味がない。
ローズは未来の花嫁(♂)(予定)の後を追い、土壁を乗り越えた。




