第13話 王子様系TS少女は本命少女(♂)とお近づきになる
「じゃあアンリエッタ、やろうか」
「は、はい」
アンリの転校二日目。言い返れば原作開始から二日目、ローズは魔法戦闘の実技の相手に彼女―――彼を誘う。
授業中であれば逃げ出すわけにもいかない。アンリはちょっと引き気味ながらも首肯した。
「ええーっ、ローズの相手は私なのっ」
「ごめんね、テレーズ。でもクラス委員として、先生からもお相手を頼まれているからさ」
そんな事実はないが、さらっとあり得そうな嘘を吐く。
「むー」
「さっ、テレーズさん、私とやりましょう。前回は確か私の負けでしたから、今日は勝たせてもらいますよ」
「むっ、エリカ、私に勝てるつもり? ふんっ、またけちょんけちょんにしてやるのっ」
テレーズを引き取ってくれたエリカと軽く目配せして微笑み合うと、周囲から距離を取った。
「さて、アンリエッタ。魔法戦闘の経験は?」
「えっと、一応何度か」
「そうかい。それじゃあ、いきなりだけどまずは軽くやってみようか?」
「は、はい」
「じゃあ、行くよ―――」
アンリは魔法学園入学、それもA組に編入するために数ヶ月間みっちりと特訓を受けたと言う“設定”だ。原作は転校当日からスタートするため、その詳細はローズも知るところではない。
しかしいくら天才かつ主人公補正を有するアンリとはいえ、まったくの素人が数ヶ月で高等部二年A組の実力を完全に備えられるものではない。この国の、と言うよりこの世界におけるエリート中のエリートなのだ。学年ビリの不良少女が一年で某難関私大に合格する以上の無理ゲーである。
詰込み型の試験対策で無理矢理に仕上げられたことは想像に難くない。事実、原作作中では知識面においても実践面においても荒の多さを幾度も露呈することになる。
A組次席として、いくら主人公といってもそんな相手に簡単には負けられない。
「“気砲”、“気砲”、―――っ、当たらないっ」
「“風よ”」
「きゃっ」
アンリの魔法をジグザグに駆けて避け、そのまま詰め寄って風の魔法で押し倒した。
悲鳴も、内股で崩れ落ちるような尻もちの付き方も、何と言うか実に色っぽい。これが本当は男性だと言うのだから、世の中不思議なものだ。
「大丈夫かい? さっ、手を」
アンリはしばし逡巡した後、ローズの手を取った。
無用な接触は避けたいがここで断るのも不自然、と言ったところだろうか。
―――おおっ、小さくってすべすべ。
“予想外にごつかったりしたら嫌だなぁ”と言う不安もあったが、これはこれで予想外だ。
かつて馴染んだ男のものとは厚みが違う。さすがにテレーズのもみじのような手よりはしっかりとしているが、力を入れれば潰れてしまいそうな儚さだ。
「そんな風に、駆け回るのも有りなんですね」
ローズがキモい感慨にふけっていると、スカートのお尻を払いながらアンリが言う。
「もちろんさ。君に教えてくれた先生は、駄目だと言っていたかい?」
「いえ、特に駄目と言われたわけではないのですけど。魔法戦闘は互いに一定の距離を取って、魔法をぶつけ合うものだと思っていました」
「そうだね、それが間違いなく基本さ。この動き回る戦闘法は、機動戦と呼ばれていてね。言うなれば最近の学園のトレンドってやつさ」
「トレンド、ですか」
「ああ。ほら、あれを見てごらん。テレーズなんて、空をビュンビュン飛びながら戦ってるだろう」
機動戦の始まりは、そのテレーズとローズの戦闘だ。
絶えず動き回って狙いを絞らせないローズと、上空を飛んで有利な位置を占めるテレーズの戦いはこの世界では実に斬新だった。これまでの魔法戦闘と言えば、より遠くから、より早く、より高威力の魔法を完成させることが勝利への近道と考えられていたのだ。
それでも初めは目新しさから着目されただけだった。ローズファンの下級生が真似ることはあっても、同級生や上級生からは邪道と見なされる向きもあった。
しかし学園始まって以来の秀才エリカまでが取り入れ、それも学園祭のトーナメントという大舞台で披露したことで一気に広まることとなった。
とはいえあくまで学園内でのブームであるから、学外でほんの数ヶ月教えを受けただけのアンリが知らないのも無理はない。
「……すごい。魔法ってあんなことも出来るんですねっ」
アンリが感心した様子で言う。
視線の先で、テレーズは飛翔魔法で上空を駆け回り、地上のエリカも土魔法で作り出した複数の障壁の影を次々に移動しながら応戦している。
「いやまあ、あそこまでの真似が出来るのはテレーズとエリカくらいだけどね」
―――主人公である君は、いずれ出来るようになるかもしれないけど。
胸中で付け足す。
「さて、それじゃあもう一戦やってみようか。攻撃魔法の発動はスムーズで問題ないし、今度はアンリエッタも動きながら撃ってみてよ」
「はいっ。―――ええと、“気砲”。もう一つ、“気砲”」
ローズを中心に円を描くようにしながら、アンリは圧縮空気を打ち出す。ローズは左右に身をさばいてかわしていく。
「良いね。じゃあ、僕も軽く撃っていくよ」
「よろしくお願いしますっ」
左右に駆け回りながら、魔法を撃ち合う。
それは無限にボールの湧いてくるドッジボールのようなものだ。
かつては苦手意識のあった球技だが、この運動神経抜群でスポーツ万能のローズの身体でやると実に楽しい。そしてそれは天才たる主人公アンリにも当てはまるようだった。
気砲を連発しながら真っ直ぐこちらへ駆けて来たかと思えば、ぱっと左へ身を転じて横から攻撃する。こちらの攻撃にも確実に対応してくる。
「あははっ、魔法って楽しいですねっ」
無邪気な笑みに、ローズの胸がとくんと高鳴る。
―――ほんっと、男の子には見えないな。
しばし目を奪われたところに―――
「ローズさんっ、危ないっ」
「―――っ」
眼前に圧縮空気が迫る。
避け切れない。ならばと顎を引いて身構え、同時に―――
「“風よ”」
「きゃっ」
魔法を発動させる。またも強風に飛ばされ、アンリが尻もちを付いた。
ローズは顔面に圧縮空気弾を受けながらも、なんとかその場に踏みとどまる。制服の耐魔法術式は着用部位だけでなく、着用者そのものを守ってくれる。
「いつつ、な、何とか引き分けかな。―――っと」
鼻腔からタラリと水がしたたる感触。
水っぱなでも漏らしたかと慌てて手を当てると―――アンリに格好悪い姿は見せられない―――、掌に落ちたのは赤い雫だった。
「た、大変っ。――――。―――。――――――」
アンリが慌てて駆け寄ると、詠唱を始めた。
「―――。―――――。“回復”」
「……おお」
暖かな光がアンリから発され、それがローズの身体を覆った。
かじかんだ手を焚火に当てるような、何とも言えない心地良さが全身を包み込む。
やがて光は消失し、同時に鼻血は止まり、ずきずきとした顔の痛みも去っていた。
「アンリエッタ、君は回復魔法が使えるんだね」
ゲームで既知のことではあるが、ローズはちょっと驚いた顔を作って見せた。
回復魔法。基本四属性とも、その応用魔法とも違う。特殊属性と呼ばれる魔法だ。
通常の魔法とは別種の才能、天性の感覚としか言えないものが必要とされる魔法で、テレーズやエリカ、もちろんローズにも使えない。この王立魔法学園をして学年に一人いるかいないかと言う極めて希少な才覚である。
「えっと、ちゃんと癒えていますでしょうか?」
「ああ、だいじょ―――」
ローズはさっと視線を逸らした。
「ああっ、やっぱり駄目でしたか? すいません、まだ慣れなくて」
「いや、回復魔法は完璧だったさ、ありがとう。それよりアンリエッタ、その、服」
「―――っ、きゃあっ」
アンリエッタが胸元を隠しへたり込む。
ローズの風魔法が起した悪戯だろうか、制服のシャツのボタンが外れて胸元が露わとなっていた。
―――ちゃんとブラジャーしてるんだなぁ。
ついつい、ちらちらと横目を使ってしまう。
いや、覗き見は良くない。
いやいや、あの下着をアンリエッタ自身が選んでいるのなら、つまりは彼女の好みそのものと言える。彼女の好みを知っておくことは、このローズ・ド・ボーモンにとって意味あることだ。うん、これは必要なこと。―――よし、言い訳完了。
布地は純白、否、彼女の白い肌との対比でようやく気付けるくらいにうっすらとピンク色だ。
活発な性格もあってあまりそんな印象はなかったのだが、制服に隠された彼女本来の肌は抜けるように白い。
「っと」
こみ上げたものが、ローズの鼻から再び滴り落ちた。
「―――ちょっと、ローズに何をしたのっ!!」
そこへかつての暴君が乱入する。
テレーズは飛翔魔法でローズの前に降り立つと、アンリエッタを睨みつけた。




