第12話 王子様系TS少女はロリ枠ヒロインとの過去に思いを馳せる その9
「―――マ、何だ、ローズなの。こんなところに、いったいどうやって」
ざりっと、床に散乱したガラスだの木片だのを踏みしめる音に、テレーズが振り向いた。
「ふふっ、そう、君の友人、クラス委員のローズだよ」
“ママ”と言い掛けたのには気付かない振りで、ローズは続ける。
「君こそ、こんなところで何をやっているんだい? なんだかずいぶん荒れているみたいだけど?」
「ローズの嘘つきっ。にっこり微笑んだくらいじゃ、やっぱりあの人は私を好きになんかなってくれないっ」
パァンと硬質な音が鳴って、壁がひび割れる。いつもの風魔法の暴走だが、威力は五割増しと言うところか。そして“ここ”では、制服の耐魔法術式も働かない。
「そうか、やっぱりルイーズ様に好かれたくって、僕に助言を求めたんだね」
有耶無耶にしてきた部分に斬り込んだ。
「ちっ、違うのっ。そんなんじゃ―――」
「違わないよね。だからこそのこの“大暴れ”だろう?」
ローズは肩を竦め、室内を見渡した。
書架に机に椅子にと、あらゆる家具は押し倒され、半壊している。几帳面に並べられていただろう書物の数々も床に散乱し、ずたずたに引き裂かれていた。
「“うるさいのっ”」
「おっと。―――と、事情は理解出来ましたかね?」
圧縮空気弾を避けながら、部屋の入口、開け放たれたままの扉の向こうへ呼び掛ける。
「……テレーズ」
「なっ、どうしてその人が」
扉の影から姿を現したのはルイーズだ。
「考えてもみてごらんよ。いくら君と僕の仲と言ったって、勝手にずかずかと家の中まで上がり込むはずが無いだろう? ましてここはルイーズ様のお部屋だ」
そう、テレーズが怒りをぶつけた先、それは母親の私室だった。
賞状や盾―――研究者としての功績で得たものだろう―――は特に念入りに打ち砕かれている。
「それに僕じゃ、こんなに早くここまで来れないさ。君じゃないんだからね。いやぁ、魔法研究所の所長だけあってルイーズ様はさすがだね、僕までまとめてこんなに速く飛んで来ちゃうんだから。ううん、ここはテレーズの母親だけあって、と言うべきかな?」
ちょっと“寄り道”をしたことも考えると、たぶんテレーズより飛行速度は上だ。
「そんな人知らないっ。母親なんかじゃないっ。どうせ私なんてっ、―――ガラス瓶の中から生えてきた、実験動物でしかないんだからっ」
ばさっと、少女は足元に紙束を叩きつけた。
見るまでもなくローズにはそれが何であるか分かっていた。テレーズの日々の成長を記録した冊子だ。
最新のページには身長や体重、学園での成績など。そして一番古い記載はガラス容器の中で大きくなっていく胎児の観察記録。
「―――っ。テレーズ、知ってしまったの」
「“来ないでっ”」
「“気砲”っ」
咄嗟に横合いから圧縮空気弾を撃ち落とした。
避ける気配も魔法で相殺する様子もルイーズには見られなかったためだ。
「ローズ、“邪魔っ”、“しないでっ”」
「―――。“風巻け”、とっ、はあっ、―――つうっ」
こちらに向かって放たれた攻撃を圧縮空気剣で打ち落とした瞬間、体内でパキャッと硬質な音が鳴った。
激痛が走り、思わずうずくまる。
手を這わせると、脇腹が数か所ぽこっと盛り上がっている。剣を振った弾みで、先刻ひびの入った肋骨が完全に折れたようだ。
「これで“終わりなのっ”」
「やめなさい、“テレーズ”」
圧縮空気のライフル弾を打ち消したのは、同じくライフル弾。
ルイーズの魔法だ。それもテレーズと同じく即興で構成を組み立てている。やはり母娘だ。
「お友達になんてことをするの、テレーズ」
「母親面しない“でっ”」
「―――おおっと。やれやれ、呑気に休んでいる暇はなさそうだ」
痛みに耐え、圧縮空気剣でルイーズの眼前に迫った弾を叩き落とす。
ルイーズには自身を狙う魔法を防ぐ気はなさそうだ。
「この―――」
「―――テレーズっ、本当にその日記をちゃんと読んだのかいっ?」
テレーズが再び魔法を発動させるのを遮るように叫んだ。
「日記? 何を言ってるの?」
興味を引く台詞だったらしく、テレーズは魔法の発動を止めて問い返す。
「だから日記さ。君が床に散らばらせた」
「……読んだけど、これは日記なんかじゃないの」
「そうかい、―――なら、こっちも見てもらおうかな? ルイーズ様」
「え、ええ」
ルイーズから一冊のぶ厚い冊子を受け取る。
「何なの、それは?」
「見てもらった方が早いかな。ルイーズ様、良いですよね?」
「構いませんが……」
ルイーズは躊躇いがちに首肯する。
十分な説明もなく、テレーズのためと半ば脅しつけて用意してもらったものだ。
「さあ、どうぞ」
テレーズの前まで進み出ると、冊子を開いて見せる。
「……同じもの?」
「そうだね。同じに見えるよね。でも良く見比べてごらん」
先刻床に叩きつけられた冊子を拾い上げ、手渡す。
いずれの紙面にもテレーズの身長や体重、成績などの成長記録がしたためられている。
「? やっぱり同じなの」
「本当にそうかい? ほら、ここはちょうど一年前の今日。つまり昨年の学園祭の日だね。なんと書いてあるかな? レディの個人情報は読み飛ばして、その後だ。備考欄があるね」
体重等のデータが機械的に並べられた下に、文章が書かれた欄がある。
「えーと、なになに、“中等部一年のトーナメントで優勝。全て最初の風魔法一発で勝利”と。そっちの冊子には何て?」
「だから、同じなの。“中等部一年のトーナメントで優勝。全て最初の風魔法一発で勝利”。…………“すごい”?」
「そうか、すごいか。くくっ」
子供のような感想に思わず笑みが漏れる。
「これが何だって言うの?」
「そうだね。これだけじゃよく分からないよね。もう少し読み進めてみようか」
傍らのルイーズの頬が紅潮しているのには気付かない振りで、ローズは先を促す。
「この日は高等部への飛び級を決めた日。こっちにだけ“天才!”って書かれてるの。この日は……“ピーマンはまだ苦手”?」
「この日は、ええと“本当に大きくなった”。ああ、身長が百四十センチを超えたんだね。―――ふふっ、あははっ」
「何がおかしいの、ローズ」
ちょっと気を悪くした様子でテレーズが言う。
原作を遊んだ時から、おかしいとは思っていたのだ。
魔法研究所の所長。つまり超一流の研究者であるルイーズが、研究資料をラボではなく私室に保管するだろうか。
当時は単にシナリオ上の御都合と理解したものだが、要するにこれは―――
「いやぁ、研究者って言うのは日記までこんな記載の仕方をするんだって思ったら、おかしくなっちゃって」
「日記? これは、私の成長過程を記録した資料じゃないの?」
「それはこっち。ルイーズ様に頼んで、研究所に寄って取ってきたのさ」
「ならこっちのは?」
「彼女の子育て日記だね」
「……子育て日記?」
「要するにルイーズ様は、忌憚なく言わせてもらうならこの学者馬鹿は、愛する娘の成長日記すら、こんな実験ノートみたいな書き方しかできないのさ。ふふっ、なかなかいないと思うよ。娘がテレーズくらいの年になっても、まだ毎日日記を書き続けているような母親は」
「何を言っているの? ママが、その人がそんなことするはず―――」
テレーズが息を呑む。
視線を向けた先、ルイーズが頬を染めていた。誇張なく、リンゴのように真っ赤に。
「そ、そんなに変でしょうか、その日記?」
「くふっ」
まだそんなことを言うルイーズに、笑いが抑えきれない。その度に脇腹にいやーな痛みが走るから、勘弁して欲しいのだが。
「いやでも、ちゃんと数値を残しておいた方が、日々の成長がはっきり見直せるじゃないですか。そしてデータと言う揺るぎない記録があることで、それは記憶と紐づけられてより鮮明に当時の思い出を思い返えせるのです。それにほら、良く見比べてください。この二つはデータの精度が全然違うでしょう? 実験ノートの方は定期健診ごとの更新で、半年くらいずっと同じ数値のままなんです。スリーサイズみたいな情報も伏せられているし。だから母親として私が毎日魔法でチェックして、こうして記録を残しておかないと、その日その瞬間のテレーズの情報は永遠に失われてしまうんですよっ」
ルイーズが早口でまくし立てた。
テレーズは目を丸くし、そして何かに怯えた様子ですすっとローズの背後に移動した。いや、“何かに”と言うか、明らかにルイーズの振り切れたテンションにだが。
「くくっ、これで分かっただろう、テレーズ。君のママは不器用極まりない人間だけど、君のことを愛しているのさ。ちょっと気持ち悪いくらいにねっ」
本当ならもう少し感動的な結末を予想していたのだが、まあ九十点ならこの辺りが落としどころだろう。主人公ではないのだから。
「ルイーズ様、これはお願い、というより僕からのアドバイスですけどね。もう少し普通の母親をやってあげてください、テレーズのために」
言いながら、まだ自分の影に隠れる小さく可愛い暴君をそっと前へと押し出した。
「それじゃあ、今日のところはこれで」
母娘との馴れ初めを思い返すうち、すっかり夜も更けていた。
「ええー、ローズ、今日は泊まっていけばいいのっ」
「いやぁ、さすがに親子水入らずをそこまで邪魔しちゃ悪いからね。ルイーズ様、今日は御馳走様でした」
「お恥ずかしいものを。……“普通の母親”らしく、出来ていたかしら?」
ルイーズが頬を染める。おおよそ一年前にローズがしたアドバイスを口にしながら。
夕食は彼女の手料理をご馳走になった。
バリバリのキャリアウーマンの彼女だ。当然手慣れた調理とはいかない。想定外に時間が掛かったし、不揃いに切り分けられた野菜は中心が生煮えであったり、逆に煮過ぎて崩れていたり。
ただ一流の研究者がレシピ通りに作っているから、味自体は問題無かった。いや、高給取りの彼女が金に糸目を付けずに、と言うよりも“とりあえず高いものを買っておけば間違いないはずだ”と言う精神で買い集めた食材はいずれも最上級品で、味で言うならボーモンの邸宅の食事よりも良かったくらいだ。
「ええ、もちろん。何度も言いますが本当に美味しかったですよ。ねえ、テレーズ」
「う、うん。……ママのご飯、おいしかったの」
テレーズが母以上に顔を真っ赤に染めて言うと、ルイーズも負けじとさらに頬を紅潮させる。
まだまだぎこちないが、素敵な母娘だった。
「それじゃあまた明日、テレーズ。おやすみなさい」
「ん」
テレーズが右の頬を突き出してくる。軽くそこへ口付ける。
おやすみのちゅーと言うやつだ。
研究所では泊まり仕事も少なくないらしく、そんな日はテレーズはローズの下宿先にお気に入りのぬいぐるみと枕を持って訪ねてくる。そして寝る前に決まってせがまれるのがこれだった。
「ん」
次いで左の頬も突き出される。
「こっちもかい? ―――ん」
ちょっと気に入られ過ぎたなぁと、自分でも思う。
題材が題材だから当然だが、考えてみるとテレーズにしても他のヒロイン達にしても、主人公が男性だと知る前から恋に落ちている。先に百合カップルになってしまった主人公がいつ白状したものか思い悩む様や、アンリが男と知って一気に積極的になるヒロイン達の姿が各ルートの目玉の一つでもあるのだ。
つまり彼女達には元々“そっちの気”がある。少なくともその素質はあるということだ。
―――これ、まずいよなぁ。
と思いつつも、お返しに小さな唇を押し付けられたローズの頬はデレっと締まりなく緩むのだった。




