↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/20

第10話 夜明け前、勇者は「称号」だけを返しに行った

夜明けまで、あと十時間あまり。



宿の食堂の卓に、ロデリクが羊皮紙を広げた。



「叙勲式の場所は、王城前の大広場。広場の石畳の真下が、王城地下の保管庫の天井にあたる」



「エルナさんは、その下に」



ミラが、小さく息を呑んだ。



「そうだ。鐘の声は石を震わせる。広場の真ん中で鳴らせば、地下まで届く」



「母さんを起こす『眠り名』を、鐘で響かせるんだな」



「ああ。私が名を呼ぶ。ただし」



ロデリクは、自分の胸を指した。



「私は、壇には近づけない。名を封じた身で壇の近くに立てば、王に居場所を悟られる。鐘は、広場の端の鐘楼から鳴らす」



「じゃあ、保管庫の扉は」



「俺だ」



バルトが、銀の鍵を握りしめた。



「兵の装束なら、地下の通路を歩ける。ヴォルクが逃げて、兵の配置は乱れてる」



「失敗したら?」



「その時は、各自で動く。何があっても、リオは、壇に立つな」



ヴェルディアが、固パンを片手に身を乗り出した。



「作戦は、完璧に聞こえるわね」



「完璧な作戦ほど、危ないんだ」



俺が言うと、彼女はにやりと笑った。



「あなた、いい目になったじゃない」



その拍子に、パンくずがぽろりと卓に落ちた。



「竜はこぼさないわ」



「落ちてる」



ミラが、くすりと笑った。



   *



打ち合わせが終わる頃、窓の外が、わずかに青くなりかけていた。



ガレスが、一人で、裏庭に立っているのが見えた。



俺は、外に出た。



「眠れないのか」



「……ああ」



ガレスは、空を見上げたまま答えた。



「三つ目の借り物は、叙勲の称号だ。王から授かる『勇者』の肩書き。それを、人前で捨てる。分かってる」



「怖いか」



「怖い」



彼は、正直に言った。



「俺は、あの肩書きのために、全部使ってきた。お前も、仲間も。捨てたら、残るのは、パンを誤魔化して食った子供だけだ」



「ガレス」



「弟の名前は、ルカだった」



ガレスの声が、掠れた。



「四つだった。俺は、自分の分も、あいつの分も食って、冬を越えた。ルカだけが、春を見られなかった」



俺は、黙って聞いていた。



「勇者になりたかったのは、名前が欲しかったからだ。偉くなれば、あの冬を、誰かが許してくれる気がして」



「許してほしかったのか」



「……ああ。誰にでもいい」



俺は、彼の手を取った。



【鑑定】

名称:ガレス

真の名:ガレス・ブレイズ

状態:名縛り(進行率33%)

追記:借り物は「肩書き」。その奥に、弟ルカの兄であろうとした誓いがある。誓いは、偽りではない



指先が、わずかに震えた。



「ガレス。捨てるのは、王の肩書きだ。誓いまで、捨てなくていい」



「誓い……」



「お前が勇者になりたかった理由は、本物だ。肩書きがなくても、お前は、お前のままだ」



ガレスは、長い沈黙の後、掠れた声で聞いた。



「壇に立つ前に、捨てなきゃいけないんだったな」



「ああ。壇の階段の手前、民衆の前でだ。ロデリクが言っていた。壇の上に立てば、名の収穫に同意したことになる」



「なら、階段の下で言う。俺の名を、自分で」



ガレスは、拳を握った。



「ルカの兄、ガレス・ブレイズだと」



夜明け前の風が、裏庭を吹き抜けた。



「リオ。俺は、お前を、これからも名前で呼ぶ」



「頼む」



「お前も、俺を、鑑定士の目じゃなく、ただの同期として呼んでくれるか」



「それは、まだ難しい」



ガレスは、苦笑した。



「だよな」



彼の目尻が、朝焼けの色に染まっていた。



   *



夜明けと同時に、王都の鐘が三度鳴った。



宿の前に、全員が揃った。



バルトは、兵の装束に銀の鍵を忍ばせて。ミラは、聖女の杖を。セレスティアは、杖と巻物を。ロデリクは、鐘を抱えて。ヴェルディアは、牙を腰に差して。



ガレスは、安物の鉄剣を腰に、手には何も持たず。



「全員、生きて帰るぞ」



「勇者みたいなことを」



「もう、勇者じゃない。……もうすぐ、な」



彼は、くしゃりと笑った。



ロデリクは、俺たちと別れる前に、胸の前でそっと手を握った。



「名は、思い出した。だが、封は、まだ解かない。解くのは、すべてが終わってからだ」



「必ず、終わらせる」



老人は、鐘を抱え、広場の端の鐘楼へ向かっていった。



その背中は、十五年分、小さくなっていた。



   *



王城前の大広場は、民衆で埋め尽くされていた。



高い壇の上に、白い礼装の少年が、一人で立っていた。



十代半ばの、穏やかな目。栗色の髪。



細密画の、レオンと同じ顔。



「リオ」



壇の上の少年が、微笑んだ。



その声は、頭の中で聞いた、あの粘ついた声だった。



「来てくれたね。待っていた」



民衆が、歓声を上げる。



俺の手の中で、ヴェルディアの指が、わずかに冷たくなった。



「平気か」



「平気よ。……少し、昔を思い出しただけ」



彼女は、顎を上げた。



「リオ。読みなさい」



俺は、壇上の少年を、まっすぐ見据えた。



【鑑定】

名称:アルカディア王(初代)

器:レオン・ヴァン(意識は抑圧下にある)

真の名:――(空白)

状態:解除率20%/防護残量80%(リオ側)



黒く潰れてすらいない。



名前の欄が、ただ、白く、空いていた。



「……王には、名前がない」



「なに?」



ヴェルディアが、息を呑んだ。



「黒塗りじゃない。最初から、空白だ。他人の名を奪い続けて、自分の名前が、どこにも残っていない」



「だから、ずっと奪っているのね」



壇上の少年が、くすりと笑った。



「よく読めるね、リオ。そう。僕には、名前がない。だから、君の名前が、欲しい」



声が、優しいまま、深く沈んだ。



「さて、役者は揃った。余興を始めよう」



少年が、手を上げた。



壇の後ろの幕が、ゆっくりと開いた。



そこに、寝台があった。



白い寝台に、栗色の髪の女が、静かに眠っている。



顔は、覚えていない。それでも、一目で分かった。



母だった。



「……そんな。保管庫の中のはずじゃ」



「昨夜、歌が聞こえてね」



少年は、微笑んだ。



「君が歌ってくれたおかげで、母君の居場所を、動かす決心がついた。ありがとう」



背筋が、冷えた。



地下で眠っているはずの母が、壇の上にいる。



バルトの突入は、空振りになる。



「母君の延命術は、僕が握っている」



少年は、自分の指を、ゆっくりと持ち上げた。



「この指を下ろせば、術は切れる。母君は、この朝日が昇りきる前に、息を止める」



民衆の歓声が、遠のいた。



「リオ。壇に上がっておいで。そして、母君に代わって、三節目を、歌ってくれ」



少年の笑みが、一層深くなった。



「名を差し出すか、母君を失うか。さあ、選んで」



隣で、ヴェルディアが、静かに呟いた。



「リオ。計画は、もう使えないわ」



彼女の手は、冷たいのに、強く、俺の手を握り返していた。



「でも、あなたが選ぶ道なら、私が、牙になる」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。