第三話 スターレット Last Sip
第三話「スターレット」、最後の一杯です。
セカンドの終わりに起きたこと。その先を、どうか見届けてください。
Last Sipをお楽しみください。
「マスター、聞いてます?」
亜衣子が声をかけると、マスターはゆっくり顔を上げた。
何かを思い出していたような、ぼんやりとした目をしていた。
「今日も来てくれましたよ。スターレットの人」
亜衣子はカウンターで、今夜の売上を数えている。男は会計を済ませ、少し前に帰っていた。
「そうですね」
マスターが答えると、亜衣子はスマートフォンを取り出した。
「この人、私の投稿を見て来てくれたんですよね。最初に比べたら、お客さんもずいぶん増えました」
「亜衣子さんのおかげです」
「やっと認めてくれました?」
亜衣子は笑った。
店の片づけを終えると、彼女はエプロンを外した。
「お先に失礼します」
「お疲れさまでした」
扉のベルが鳴り、亜衣子が通りへ出ていく。
マスターはカウンターの照明を落とした。それから窓の外を見る。
向かいの建物の陰から、一人の男が歩き出した。
*
亜衣子は駅へ向かっていた。
背後の足音に気づいて歩幅を速めると、男が横に並んだ。
「待ってたんです」
スターレットを飲んだ男だった。
「少しだけ、二人で話せませんか」
「もう帰るので」
「店では、また来てくださいって言いましたよね」
「お店で、です」
男は行く手を塞いだ。
「投稿だって、僕に見てほしかったんでしょう?」
「違います。通してください」
亜衣子が脇を抜けようとした瞬間、男が腕をつかんだ。
「離して!」
男の手がコートのポケットに入る。
亜衣子は息をのんだ。引き抜かれた手には、ナイフが握られていた。
「誰か、助けて!」
声を上げ、身を引く。
男が一歩踏み込んだ、そのときだった。
横から伸びた手が亜衣子を引き寄せた。ナイフの先が、彼女のいた場所を通り過ぎる。
マスターだった。
「下がって!」
マスターは亜衣子を背にかばい、男の腕をつかんだ。二人がもみ合い、ナイフが歩道に落ちる。
金属の音が響いた。
男は腕を振りほどき、通りの向こうへ走っていった。
亜衣子はその場に座り込んだ。マスターはナイフに触れず、すぐに警察へ電話した。
駆けつけた警察官に男の特徴と逃げた方向を伝え、事情を話し終える頃には、夜もすっかり更けていた。
亜衣子は両手でスマートフォンを握りしめたまま、マスターを見上げた。
「どうして、あそこにいたんですか」
マスターはすぐには答えなかった。
「以前、別のバーで働いていました」
「……はい」
「そこにも、SNSでお客さんを呼ぶ女性がいたんです。明るくて、誰にでも笑いかける人でした」
亜衣子の手が止まる。
「あるお客さんが、彼女に執着するようになりました。帰り道で襲われたとき、私は……間に合わなかった」
マスターは通りに目を向けた。
「あなたを見つめるあの方の様子が、当時のお客さんと重なったんです。店を出たあとも、外で待っているのが見えたので、後を追いました」
亜衣子は何も言わなかった。
スマートフォンの画面には、今夜の投稿が残っている。
《LIFE is BARにいます。私と飲みましょ♡》
亜衣子はしばらくそれを見つめ、画面を伏せた。
「マスター」
「はい」
「来てくれて、ありがとうございました」
マスターは頷いた。
二人は、明かりのある通りへ歩き出した。
第三話「スターレット」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
同じような夜を、二度と繰り返したくなかったマスター。今度は、亜衣子のもとへ間に合いました。
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