第四話 ラスティ・ネイル First Sip
棚の奥に残された、一本の古いボトル。
色褪せた札には、二人の名前が並んでいました。
今夜は、そのボトルにまつわるお話です。
第四話「ラスティ・ネイル」、最初のひと口。
どうぞ、お付き合いください。
亜衣子は、棚の奥にある一本のボトルが気になっていた。
琥珀色のウイスキーが、半分ほど残っている。首に掛けられた札は古び、書かれた文字も少し色褪せていた。
『優希 & 宗介』
二人でキープしたのだろう。けれど、亜衣子がこの店で働き始めてから、その名前を名乗る客が来たことはない。
「そのボトル、気になる?」
グラスを磨いていたマスターが言った。
「はい。ずいぶん前からありますよね」
「そうだね」
マスターはそれ以上話さなかった。亜衣子も、客のボトルについて深く尋ねるのはやめた。
その夜、店の扉が開いた。
入ってきた女性を見て、亜衣子は思わず手を止めた。丁寧に整えられた髪と、落ち着いた色の服。華やかな装いではないのに、店の空気がふっと明るくなった気がした。
「こんばんは。久しぶりね」
女性はマスターに微笑んだ。
「お久しぶりです、希さん」
「覚えていてくれたのね」
「もちろんです」
希はカウンターに腰を下ろし、亜衣子にも目を向けた。
「初めまして。希です」
「亜衣子です。よろしくお願いします」
「亜衣子ちゃんね。かわいいお名前」
亜衣子が笑うと、希の視線がその向こうへ移った。棚の奥、古い札の掛かったボトルだった。
「まだ、あったのね」
マスターが小さく頷く。
「このボトルで、何か作ってくださる?」
「かしこまりました」
マスターが棚から取り出したのは、あの『優希 & 宗介』と書かれた一本だった。
氷を入れたグラスにウイスキーを注ぎ、甘い香りのするリキュールを加える。マスターが静かに混ぜるあいだ、希はボトルの札を見つめていた。
差し出されたグラスを見て、希が尋ねる。
「これは?」
「ラスティ・ネイルです。直訳すると、錆びた釘ですね」
「錆びた釘……」
希はグラスを持ち上げ、氷の向こうに揺れる琥珀色を眺めた。
「昔の約束が、ずっと抜けない私にはぴったりね」
冗談めかした声だった。けれど、亜衣子は笑えなかった。
希は一口飲んでから、亜衣子の視線がボトルの札に向いていることに気づいた。
「二人とも、男の人の名前だと思ったでしょう?」
「……はい」
希は怒るでもなく、懐かしそうに笑った。そして、札に書かれた最初の名前を指でそっとなぞる。
「『優希』はね、昔の私の名前なの」
First Sipをお読みいただき、ありがとうございます。
古いボトルに残された名前と、昔の約束。
次のSecond Sipでは、希ママがその思い出を語ります。
続きもお付き合いいただけたら嬉しいです。
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