第三話 スターレット Second Sip
第三話「スターレット」、二杯目です。
何度も店に足を運ぶ男。彼女に向けられる視線は、少しずつ変わっていきます。
Second Sipをお楽しみください。
男は、彼女がいる日に店へ来るようになった。
最初は週に一度。それが二度になり、いつの間にか、開店前から扉の外で待つようになった。
「今日も来てくれたんですね」
彼女が声をかけると、男は嬉しそうに席に着く。
「投稿を見ました。昨日はお休みだったんですね」
「はい。家でのんびりしてました」
「映画を観てたんですよね」
彼女の手が止まった。
「……よく見てますね」
「いつも見てますから」
男は笑った。彼女も笑い返したが、その日はほかの客と話すときより、少しだけ声が硬かった。
閉店後、彼女はマスターにスマートフォンを見せた。
男からのメッセージが並んでいる。
《明日はいますか》
《今日は何時に帰りますか》
《返事、待ってます》
「お店では普通の人なんですけどね」
「返事は?」
「最初だけ。来てくれたお礼を言ったら、それから毎日」
マスターは画面を見つめたまま言った。
「一人で帰らないでください」
「大丈夫ですよ。帰り道、明るいですし」
彼女はそう答えたが、スマートフォンを伏せてからも、しばらく手を離さなかった。
次に男が来た夜、店は賑わっていた。
彼女は知人に声をかけ、SNSにも写真を投稿していた。常連客が彼女を呼び、初めて来た客も名前を知っている。
男の席へ行けたのは、注文を聞くときと、グラスを下げるときだけだった。
「今日は忙しいんですね」
「おかげさまで。少し待っててくださいね」
男は頷いた。
彼女が別の客と笑っているあいだも、ずっとその席にいた。
閉店が近づくと、男は会計を済ませた。
「また来ます」
「はい。お待ちしてます」
扉のベルが鳴り、男は帰っていった。
片づけを終えた彼女が店を出る頃には、通りの人影もまばらになっていた。
スマートフォンが震える。
《お疲れさま》
彼女は足を止めた。
《今日はあまり話せなかったね》
振り向いても、後ろには誰もいない。
早足で歩き出すと、背後から声がした。
「待ってたんです」
男が、路地の暗がりから出てきた。
「……どうして、ここに」
「せっかく来たのに、二人で話せなかったから」
「もう帰ります」
彼女が横を通り抜けようとすると、男が腕をつかんだ。
「みんなにも、あんなふうに笑うんですね」
「離してください」
「僕に会いたくて、投稿してたんじゃないんですか」
彼女は腕を振りほどこうとした。店の明かりは、通りの角を曲がった先にある。
「誰か、助けて!」
男のもう片方の手が動いた。
街灯の下で、細い刃が光る。
彼女がもう一度声を上げようとしたとき、男が踏み込んだ。
手の中からスマートフォンが滑り落ちる。
地面にぶつかった画面には、笑顔の写真が映ったままだった。
その上に、赤い雫が一つ落ちる。
二つ、三つ。
やがて画面の文字が、血に覆われて見えなくなった。
Second Sipをお読みいただき、ありがとうございます。
最後の場面で、彼女に何が起きたのか。
第三話は次のLast Sipで完結します。最後まで見届けていただけたら嬉しいです。




