第二話 アフィニティ Second Sip
First Sipをお読みいただき、ありがとうございます。
初対面の相手と、すぐに打ち解けてしまう客。マスターの記憶に残る、その夜の続きをお届けします。
第二話『アフィニティ』、Second Sipです。
「打ち解けるのが、うまかった?」
翔が聞き返すと、マスターはうなずいた。
「話し上手というより、聞き上手な方でした。相手が何を話しても、楽しそうに耳を傾けるんです」
「それは、好かれそうですね」
「ええ。実際、話しかけられた方も笑っていました」
マスターは、少し離れた席を見た。今は誰も座っていない、カウンターの端の席だ。
「最初に見かけた夜、その方は隣の女性と話していました。女性は仕事のために、こちらへ出てきたばかりだったそうです」
慣れない街で、ひとりバーに入った女性。翔は三席向こうの女性を思い浮かべかけ、目の前のマスターに意識を戻した。
「その方が尋ねたんです。『どちらのご出身ですか?』と」
「それで?」
「女性が答えると、同じ故郷の出身だと言って、とても驚いていました」
「すごい偶然ですね」
「私もそう思いました」
女性もずいぶん驚いていたという。男は故郷の通りや昔からある店の話をして、女性も懐かしそうに笑っていた。初対面の二人が、途中から旧知の仲のように話す。その光景はマスターの印象に残った。
「そのあと、お二人は店を出られました。もう少し話せるところへ行きましょう、と」
「二軒目ですね」
「ええ」
マスターは翔の空いたグラスに目を向けた。
「次にその方が来られたときも、アフィニティを注文されました。あの席で、また別のお客様と話し始めたんです」
翔は、マスターの視線を追った。
「その女性も、こちらへ出てきたばかりでした。そして、故郷の話になった」
「また同郷だったとか?」
冗談のつもりで言った。
マスターは、静かにうなずいた。
「そうおっしゃっていました」
翔は少し笑ったまま、マスターの顔を見る。
「でも、二人目の女性が話していたのは、前の女性とはまったく違う土地でした」
笑みが消えた。
「……聞き間違いじゃなくて?」
「一度目の話をよく覚えていたんです。お二人とも、ずいぶん楽しそうでしたから」
初めて会った相手と故郷が同じだった。
一度なら、珍しい偶然だ。だが別の相手、別の土地で、同じことが起きるだろうか。
「そのとき、嘘だって気づいたんですか」
「気にはなりました。ただ、他愛のない嘘だと思ったんです」
マスターはグラスを磨く布を畳んだ。
「二人目の女性も、その方と一緒に店を出られました。もう一軒、行きましょうと誘われて」
「……それで?」
「店を出たところで、その方は警察に逮捕されました」
「えっ、逮捕?」
翔はマスターの顔を見た。話についていけず、思わず聞き返す。
「ちょっと待ってください。どうしてですか?」
マスターはすぐには答えなかった。
「後で聞いた話ですが、最初に声をかけられた女性は、遺体で見つかったそうです」
バーの音楽は、変わらず流れている。翔にはその先の音が耳に入らなかった。
「……その男が、殺したんですか」
「ええ。ほかにも、同じ手口で被害に遭われた方が何人かいたそうです」
翔はグラスから手を離した。指先に冷たい水滴が残る。
「そんな人に見えたんですか」
「いいえ」
マスターは首を横に振った。
「穏やかで、丁寧な方でした。最初の夜も、帰るときにはごちそうさまと言って出ていかれたんです」
それがかえって、翔には嫌だった。
最初から怪しい男だったなら、簡単に距離を置ける。けれど、今聞いた男の姿には、店で隣に座っても気に留めないような普通さがあった。
翔は三席向こうの女性を見た。
彼女は変わらず、ひとりでグラスを傾けている。翔たちの会話が聞こえている様子はなかった。
今夜はもう、声をかけるのをやめよう。
そう決めて、翔はカウンターの空いたグラスに目を戻した。
Second Sipをお読みいただき、ありがとうございます。
マスターの話を聞き、声をかけるのをやめた翔。けれど、まだ店を出たわけではありません。
次回のLast Sipで、第二話は完結です。最後までお付き合いいただけるとうれしいです。




