第五話 数字は嘘をつかない
監査室設置から一月。モルダート商会は摘発され、王太子殿下は廃嫡のうえ北の修道院へ。
ミレーヌ様は証言と引き換えに罪を免れ、男爵家は爵位返上――彼女は今、監査室でわたくしの助手をしている。
数字の筋は悪くない。
「エルディア様、次の案件です。軍務府の……その、馬糧費なのですが」
「拝見しますわ。……あら。軍馬千二百頭に対して、馬糧費が二千頭分。軍務府の馬は、ずいぶんよく食べるのねえ」
監査室の扉が、ノックされた。入ってきたのは、見知らぬ青年だった。
飾り気のない黒の礼服、けれど所作に一分の隙もない。
「失礼。隣国アルヴェイド王国、財務卿補佐のセドリック・ヴェイルと申します。モルダート商会の件、我が国としても背後関係を調査中でして――貴国の『帳簿の令嬢』殿に、照合のご協力を願いに参りました」
帳簿の令嬢。最近つけられた渾名だ。社交界では嘲笑まじりに使われているのを知っている。
けれど彼は、その言葉を、まるで勲章のように発音した。
「噂は伺っています。三百二十七冊、十年間、一日も欠かさず。……失礼を承知で申し上げますが、私は感動しました。記録とは、誠実さの形です。あなたの帳簿は、あなたが誰より誠実に生きてきた証だ」
「…………」
「エルディア様、お顔が赤いですが」
「ミレーヌ、記録しなくてよろしい」
わたくしは扇を開いて咳払いし、机の上の帳簿を一冊、彼の前に置いた。
「ようこそ、ヴェイル卿。照合、お付き合いいただけるのでしたら――夜は長くてよ?」
「望むところです。数字は嘘をつかない。私の、座右の銘です」
……あら。困りましたわね。
この胸の高鳴りは、どの帳簿に記録すればよろしいのかしら。




