第三十四話 同時立証
その日、王都の審問所と、アルヴェイドの財務省査問会は、同じ朝の十の鐘で開廷した。
両会場の記録は伝令馬の中継で相互に届けられ、議事は同一の式次第で進む。合同監査局が二年かけて作った「両国同時手続き」の様式が、よもや自分たちの潔白のために使われるとは、設計者としても想定外だったけれど。
王都側の傍聴席は、開廷前から埋まっていた。最前列に、孔雀の扇のダルトン夫人。その隣に家政長官オルガ夫人が鋼の背筋で座り、白鳥座のジョルジュ翁は「人生最高の演目を観に来た」と稽古着のまま陣取っている。
聖ロザ孤児院のマグダ院長、鑑定院の院長、軍務府の新局長――この一年の事件簿の顔ぶれが、判で捺したように、弁明側の傍聴席に並んでいた。
ミレーヌが囁く。「局長。あの席、全員……うちの、事件簿の人たちです」「ええ。証人席より雄弁な傍聴席というものを、わたくし、初めて見ましたわ」
王都側。わたくしは、証言台に立った。
「弁明側の立証を始めます。第一。偽造の物証」
ミレーヌが、検分結果を読み上げる。五通の紙は、アルヴェイド官給の特級紙。透かしの工房印まで一致し、市中には流通しない。払い出し記録の「廃棄五十枚」、承認者、その行き先の証言調書――同刻、向こうの査問会で、セドリック様が同じ書類を提出しているはずだ。
「第二。筆跡の証明。……鑑定人の皆さまに検分いただいた、重ね合わせの結果を」
筆跡鑑定人の代表が、複雑な顔で登壇した。彼の前には、硝子板に挟んだ書簡と、公文書の写し、そして大ぶりの燭台。彼は硝子板を二枚重ね、燭台の灯りに、かざした。
「傍聴席の皆さまにも、ご覧いただこう。これは書簡の『監』の字。こちらは、半年前に市中へ出回った公文書の写しの『監』の字。……重ねます」
灯りに透けた二つの字が、ぴたりと――影絵のように、一枚になった。傍聴席から、息を呑む音。
「……検分の結果を、報告する。五通の書簡の文字を、市中に出回った公文書の写しと重ねたところ――輪郭が完全に一致する文字が、百四十七字、確認された。線の震え、払いの角度、インクの溜まりの位置まで、寸分違わず」
「それは、同一人物が書いたから、ではありませんの?」
審問官の問いに、鑑定人は首を振った。
「逆です。ここが肝要ですのでお聞きいただきたい。人間の手は、同じ字を二度、完全に同じ輪郭では書けません。書けないのです、生身である限り。我々鑑定人が『同一人物の筆跡』と判定するのは、癖が一致し、なおかつ輪郭が微妙に揺れている場合。完全一致は、同一人物の証明ではない。……敷き写し(トレース)の証明です。五通の書簡は、出回った公文書を下敷きに、一字ずつ写し取って組まれた工作品と、鑑定人三名の連名で断定いたします」
傍聴席が、割れた。初回の審問で「真筆と認めた」その同じ目が、今、偽造を断定した。正しい目は、正しいがゆえに、真実の側に付き替わる。
「第三。時刻の証明」
ブノワ老が、四十年ものの落ち着きで登壇し、封蝋の割れひとつない手帳の束を、卓に置いた。
「公証人として証言する。この手帳は毎月末、私の面前で封緘され、以後、何人も改変できぬ。――五通のうち最新の一通、『霜の月の三日、王都南の宿屋にて受け渡し』とある日。封緘済みの手帳の当該ページには、朝の茶の銘柄から始まり、終日、王宮での王妃陛下の月次監査に立ち会った旨、一刻刻みで記されておる。王宮の出席簿とも一致する。……ついでに申せば、当日の茶は、ほうじ――いや、これは異国の茶であったか。ともかく、南の宿屋におった人間には、書けぬ一日じゃよ」
「第四。動機の不在――ではなく、動機の所在を示しますわ」
わたくしは、最後の紙片を掲げた。ラング氏の証言調書と、焼かれ損ねた指示書。そして、審問所が押収したギュスタン家宰の家計簿(几帳面な男の家計簿ほど、雄弁な証人はいない)。
指示書の字と、家計簿の字。定規で引いたような楷書が、二枚の紙の上で、静かに一致していた。
王都の正午の鐘と、アルヴェイドの正午の鐘が、国境を挟んで、ほとんど同時に鳴った。




