第三話 男爵令嬢の後ろにいるもの
監査請求が受理されるまでの十日間、社交界は「悪女エルディア」の噂で持ちきりだった。
曰く、嫉妬に狂って可憐な男爵令嬢を虐めた。曰く、殿下に捨てられて逆恨みしている。
「お嬢様、よろしいのですか。あんな噂を放っておいて」
マーサが悔しそうに紅茶を注ぐ。わたくしは頁をめくる手を止めない。
「よろしくてよ。噂に反論すれば水掛け論。ですが監査は、数字ですもの。それより、頼んでいたものは?」
「はい。『銀の百合』の納品記録の写し、商業ギルドの登記簿、それと――ミレーヌ様の御実家、ハトフォード男爵家の借用証書の情報です」
三つの書類を机に並べる。ばらばらだった数字が、線でつながっていく。
ハトフォード男爵家の借金、九百万リル。返済期限は三年前に切れているのに、差し押さえの記録がない。債権者はモルダート商会。同じ商会が出資する宝飾店に、王太子府から三倍値の支払い。差額の行き先は――。
「殿下は、貢いでいたのではありませんわね。貢がされて、その金を吸い上げられていた。ミレーヌ様は餌。釣り針は借金。釣り糸の先は、隣国」
「では、ミレーヌ様は間諜だと……?」
「さあ。彼女自身は何も知らない可能性もありますわ。実家の借金のために『王太子に気に入られなさい』と命じられただけの、哀れな駒かもしれない」
そのとき、窓の外で馬車の音がした。マーサが確認に走り、青い顔で戻ってくる。
「お嬢様……ミレーヌ様が、お一人で、いらしています」
玄関ホールに降りると、彼女は雨に濡れて立っていた。
パーティーで見た愛らしい仮面は剥がれ落ち、そこにいるのは、追い詰められた娘だった。
「エルディア様……助けて、ください。わたし、監査が入ったら、殺されます」
わたくしは扇を閉じた。
「上がってくださいな。お話は、記録を取りながら伺いますわ」




