第二話 お父様、監査のお時間です
「――というわけで、婚約は破棄されましたわ」
深夜のグランフェルト邸。執務室で報告を終えると、お父様は額を押さえて長い息を吐いた。
「レオンハルト殿下は……儂が思っていたより、ずっと愚かだったようだ」
「あら。わたくしは十年前から記録しておりましてよ。殿下が愚かであるという証拠も、三十六件ほど」
「その帳面癖、母さんそっくりだな……」
お父様は苦笑してから、表情を改めた。
宰相補佐を務めるこの人は、王家の内情を誰より知っている。
「エルディア。王家は必ず、婚約破棄の責をお前に押し付けてくる。『公爵令嬢に瑕疵があった』とな。王家から違約金を払うより、そのほうが安い」
「存じております。ですから、先手を打ちますわ」
わたくしは机に、一枚の書類を置いた。
「王国会計法第九条。王族の公費支出に重大な疑義がある場合、上級貴族三家の連名で、王宮会計監査を請求できる。……お父様、監査のお時間です」
「……九条か。過去百年、一度も使われたことのない条文だぞ」
「使われなかったのは、証拠を揃えられた者がいなかったからですわ。わたくしの帳簿は三百二十七冊。王太子府の支出は、複写と照合が済んでおります」
お父様はしばらく黙り、それから、獲物を見つけた鷹の目で笑った。
「ノースウェル侯爵とレーヴェン伯爵に文を書く。両家とも、王太子の放蕩には煮え湯を飲まされている」
「感謝いたしますわ。それと、もう一つ」
わたくしは声を落とす。ここからが、本題だ。
「殿下の支出を追っていて、妙な流れを見つけましたの。宝飾店『銀の百合』への支払い――金額が、市場価格の三倍ですわ。差額はどこへ消えたのか。店の出資者を辿ると、隣国モルダート商会に行き着きます」
「なに……?」
「ミレーヌ男爵家の借金を肩代わりしているのも、同じ商会。お父様、これは恋の話ではありませんわ。もっと大きくて、もっと汚い、お金の話です」




