第一話 婚約破棄と、三百二十七冊目の帳簿
王立学園の卒業パーティー。シャンデリアの光が大理石の床に落ちる大広間で、その声は響いた。
「エルディア・グランフェルト! 貴様との婚約を、この場で破棄する!」
王太子レオンハルト殿下。金髪碧眼、剣の腕は騎士団随一と名高い、この国の次代の太陽。その腕には、涙目の男爵令嬢ミレーヌ様がしがみついている。
「殿下、理由をお伺いしても?」
わたくしが扇の内側で問うと、殿下は勝ち誇ったように叫んだ。
「貴様がミレーヌを虐げた証拠は挙がっている! 階段から突き落とそうとした、教科書を破いた、ドレスにワインをかけた!」
「日付をお願いできますか」
「……は?」
「日付です。いつ、どこで、何時ごろ。わたくし、記録を取っておりますの」
ざわ、と会場が揺れる。グランフェルト公爵家の娘が「記録魔」であることは、社交界では有名な話だ。
五歳で家計簿をつけ始め、八歳で領地の帳簿の誤りを執事より先に見つけ、十歳で王家との婚約が成って以来――王太子妃教育の一環として、殿下に関わるすべての公費支出を記録してきた。
「ミレーヌ様が階段から落ちかけたとされる六月三日、わたくしは王都におりません。領地の水害対応で、殿下の名代として堤防の視察に出ておりました。視察記録は文官三名の署名付きで、こちらに」
侍女のマーサが、恭しく革張りの帳面を差し出す。三百二十七冊目。今夜のために持ってきた、ほんの一冊。
「そ、そんなもの、捏造に決まって――」
「捏造と仰るなら、殿下。わたくしも一つ、確認したい支出がございますの」
わたくしはページをめくる。ぱらり、と乾いた音がした。
「王太子府予算、項目十七『視察随行費』。この二年で四百六十万リル。行き先はすべて王都の宝飾店と、南地区の劇場……ミレーヌ様のお住まいの近くですわね。これは、どなたのための視察でしたの?」
殿下の顔から、血の気が引いた。
婚約破棄、謹んでお受けいたします。ただし殿下――精算が、まだですわ。




