表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された「帳簿の令嬢」は、十年分の記録で王国を詰ませる  作者: 青雨あき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/37

第二十三話 白鳥座の赤字・後編

 決め手は、半券だった。


 白鳥座の木戸では、客の券をもぎり、半券を回収箱に落とす。


 当日売りの券は白い紙、招待券は赤い紙――三百年変わらぬ、劇場の仕来りである。


 わたくしたちは出資者の権限で、直近十公演分の回収箱を封印させ、中身を数えた。数えるのは、監査局の総力と、なぜか手伝いを買って出たダリオ(半券の山を運ぶ姿は完全に荷役だった)。


 結果。白い半券、平均五百二十枚。赤い半券、平均三十五枚。


 帳簿の記録。売上三百八十席、招待百八十席。


「白が百四十枚、多い。赤は百四十五枚、少ない。……つまり毎公演、百四十人前後のお客が払った木戸銭が、帳簿の上で『招待』に付け替えられている。平土間中心で一人三リルとして、一公演で四百リル余り。年二百公演、三年で――およそ二万五千リル。差配できるのは、金箱と帳簿を握る、ただ一人」


 応接室に呼ばれたラモンは、半券の山を前に、最初は揉み手のまま笑っていた。


「か、監査官様、何かのお間違いで。半券の数え違いということも」


「三度数えました。数え手は六名、二人一組の突き合わせ式ですわ。それから、あなた名義の隠し口座――両替商二軒を経由した預け入れの日付は、公演日の翌日に、三年分、綺麗に並んでおりましたわよ。総額、二万三千六百リル」


 男の顔から揉み手が剥がれ落ち、代わりに出てきたのは、開き直りの嗤いだった。


「……ふん。だから何だってんです。出資のお貴族様がたは、配当の数字しか見やしない。座長は舞台のことしか頭にない。芝居小屋の帳簿なんぞ、誰も読みやしないんだ。読めやしないんだよ、あんたら上つ方には……!」


「読めますわ。現に、読みましたでしょう」


 わたくしは、静かに遮った。


「それにね、ラモンさん。あなたの手口でいちばん許し難いのは、お金ではなくてよ。あなたは抜いた分を『招待』と記帳した。――座長が救貧院の子どもたちに開けてきた席の名前を、あなたは三年間、盗みの隠れ蓑にしたの。数字の上で、善意に泥を着せた。監査官として、それがいちばん、腹に据えかねますわ」


 ラモンは司直へ、弁済は隠し口座から全額。


 ――そして残ったのは、招待そのものの扱いだった。出資者たちは言う。「不正は分かった。だが座長の大盤振る舞いも、赤字の一因には違いなかろう」と。


 楽屋で、ジョルジュ翁は、皺だらけの手を膝に置いて、ぽつりと語った。


「わしはな、監査官様。孤児だった。九つの冬、腹が減って劇場の裏口でへたり込んでたら、木戸番の爺さんが、黙って一幕だけ入れてくれた。……舞台の上で、王様が笑って、悪党が転んで、みんなが唄っとった。芝居は、腹の足しにはならん。だが、あの晩からわしは、明日を生きる理由を持った。それだけの話よ。招待をやめろと言うなら、わしが座長を降りるだけだ」



「やめる必要は、ございませんわ」



 わたくしは、新しい定款の草案を、翁の前に広げた。


「招待枠は廃止せず、『次代の客への種蒔き費』として正式な費目にいたします。上限を定め、名簿を取り、毎年の報告書に載せる。出資者の皆さまへの説明はこうですわ――九つの冬に無料で入った子は、六十年後、劇場一の演目を打つ座長になった。招待は施しではなく、この劇場でいちばん回収率の高い、長期投資ですのよ、と」


 翁は目をしばたたき、それから、舞台の上のように高らかに笑った。


 ――再建初日の公演に、わたくしはセドリック様と桟敷で観劇した。演目は三百年ぶりの再演という歌劇。開幕前、彼がすっと肘を差し出す。


「エルディア嬢。本日の演目に際し、腕組みのご提案を。……却下されると、私は幕間まで立ち直れませんが」


「……しょ、承認、いたしますわ。議事録には、残さない方向で」


 初めて組んだ腕は、思いのほか、あたたかかった。そして開幕の直前、向かいの桟敷に、白金の髪が見えた。


 カサンドラ公女。彼女は歌劇の序曲が始まると、譜面を目で追うように舞台を見つめ――膝の上の指先が、ほんのかすかに、拍を刻んでいた。


 手帳の摘要欄、二行目。『公女、歌劇にて指揮の癖。空白の輪郭、確度上昇』。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ