第十八話 持参金詐欺・前編
事件は、ミレーヌの旧い友人の涙から始まった。
「――というわけで、局長。わたしの学院時代の友人、コレットが……騙されました。結婚詐欺です」
被害の筋書きは、こうだ。没落した子爵家の娘コレット嬢のもとに、南方の裕福な貴族「オルレア子爵家の嫡男」を名乗る男から、丁寧な求婚の申し込みが届いた。
手紙のやり取りが三月続き、男は一度だけ王都を訪れて、如才なく家族の心を掴んだ。そして婚約の運びとなった段で、男はこう切り出した。
「南方には、婚約の証として持参金の一割を先に婿家へ預ける習わしがございます。形式だけのことですが、母が古風なもので」
――コレット嬢の家は、没落してなお掻き集めた持参金一万五千リルの一割、千五百リルを渡した。男は受け取りの翌日から、消えた。
「千五百リル……庶民の一年の稼ぎです。コレットの家には、来年の暮らしのお金でした。しかも局長、衛兵に相談したら、同じ手口の届けが他に二件。被害は合わせて四千八百リル。全部『南方の習わし』で、全部、没落した家の娘さんばかり狙われてます」
「没落貴族を狙うのは、理に適っていますわね。世間体を気にして届け出をためらうし、南方の縁談を検分できるほどの人手も伝手も、もうない。……卑劣で、賢い。腹立たしいこと」
わたくしはまず、紙の上から詰めた。貴族名鑑でオルレア子爵家を引くと、家は実在する。
だが、三年前に当主が代替わりし、家紋の意匠が旧紋から新紋へ改められていた。コレット嬢に届いた手紙の封蝋は――旧紋。しかも蝋の型の彫りが浅い。貴族の誂え印章ではなく、市販の既製判の彫りだ。
「本物のオルレア家の者なら、自分の家の代替わりを知らないはずがない。この男、名鑑の古い版だけを頼りに家を騙っている。それから『持参金の一割を先渡しする習わし』――念のため、南方出身の文官三人と、礼法の教本五冊にあたりましたけれど、そんな習わしはどの地方にも存在しませんわ。ちなみにセドリック様、アルヴェイドには?」
「ありません。というより、我が国の礼法では婚約時の金銭授受そのものが無作法とされます。……ときにエルディア嬢、良い機会ですから伺いますが、我々の結婚の持参金はどうしましょう」
「両家ともゼロ査定、新居の費用は共同出資で折半、が最も帳尻が美しいかと」
「完全に同意見です。議事録に残しておきましょう」
「お二人とも、今その打ち合わせしないでください!」ミレーヌが検算帳で机を叩いた。
「それで局長、犯人はどう捕まえます? 手紙の男は偽名でしょうし、もう次の獲物を探してるはずです」
「ええ。だから――次の獲物に、こちらからなっていただきますの」
わたくしは、ミレーヌを見た。彼女は一拍おいて、自分を指差した。
「……わたし、ですか」
「あなた以外にいまして? 『爵位を返上した元男爵家の一人娘、現在は官職勤め、婚期を案じた親戚が縁談を探している』――経歴のどこにも噓のない、完璧な餌ですわ。もちろん危険はわたくしたちが管理します。護衛も付けます。……嫌なら断ってちょうだい。これは命令ではなくてよ」
ミレーヌは、検算帳をぎゅっと抱いて、それから、まっすぐに顔を上げた。琥珀色の目に、火が点っている。
「やります。コレットの千五百リル、利子をつけて取り返します。……それに、没落した家の娘は騙してもいいなんて算盤、わたしが検算して、間違いだって証明してやるんです」
「よくってよ。――ダリオ!」
廊下で警備中の巨躯が、跳ねるように敬礼した。
「囮作戦の護衛、あなたに任せます。任務はひとつ。何があっても、ミレーヌを守りなさい」
「はっ! この身に代えましても!」
「身に代えたら護衛失格です。身も守りなさいな」




