第十七話 偽鑑定書・後編
「――これはこれは、監査局長様。当店に、宝石をお求めで?」
宝飾商グレゴワールは、揉み手で現れた。五十絡みの痩せた洒落者で、油で撫でつけた髪に、細い口髭。指先だけがやけに白く滑らかなのは、絹手袋で石を扱う商売柄だろう。
店の奥には、鑑定書付きの首飾りが、絢爛と並んでいる。
「ええ。ただし今日は、石よりも紙を拝見しに参りましたの。あなたのお店の仕入台帳と、この五枚の鑑定書のお話を」
机に並べた鑑定書を見ても、男の笑みは崩れなかった。
「ああ、ダルトン夫人の件ですかな。お気の毒なことです。ですが局長様、私も被害者ですよ。鑑定院の正規の鑑定書を信じて仕入れ、信じて売った。紙が本物であることは、院もお認めだ。……失礼ながら、ご婦人方は石の目利きに疎くていらっしゃる。等級の見立て違いなど、よくあることで」
「見立て違い。なるほど。では、日付の見立てはいかがかしら」
わたくしは、一枚目の鑑定書の検石日を指で示した。
「二年前、四の月の八日。建国祭ですわ。鑑定院は休院。ここにある五枚のうち三枚が、休院日に石を検めたことになっておりますの。閉まった院で、誰が検石を?」
「そ、それは……院の誰かが、休日出勤でもしたのでは」
「院の出勤簿は確認済みです。当日の入館記録、ゼロ。……次に、番号のお話を。この五枚の発行番号は、すべて院の台帳で『書き損じ・欠番』とされた番号です。欠番はこの二年で三十八件。そして興味深いことに――」
ミレーヌが、検算帳を開いて引き継いだ。彼女の琥珀色の目は、もう獲物を見据える監査官のそれだ。
「その欠番三十八件の処理日と、グレゴワール商店の仕入台帳の『鑑定書付き商品』の仕入日を突き合わせると、三十八件中三十五件が、欠番処理の三日以内に仕入計上されています。偶然にしては、揃いすぎです」
「さらに、筆跡」わたくしは続けた。「五枚の等級欄の筆跡は同一人物。ですが鑑定院の鑑定人は四名、全員の筆跡見本と一致しません。院の人間ではない誰かが、書いた。……グレゴワールさん。あなたの店の値札の筆跡、拝見しても? ああ、結構よ。もう写しは取ってありますの。『特』の字の、この撥ねの癖――鑑定書と、見事に同じですわねえ」
男の額に、初めて汗が浮いた。
それでも往生際悪く口を開きかけたところへ、応接室の扉が開き、衛兵に挟まれた小男が連れられてきた。鑑定院の書記補である。白紙用紙の横流し役――欠番処理の印を捺し続けた張本人は、給金の三年分に当たる袖の下の帳簿を突き付けられ、すでに洗いざらい白状していた。
「じ、実行はグレゴワールです! 私は紙を渡しただけで……一枚につき五百リルで……!」
「五百リルの紙が、十万リルの嘘に化けた。良い商売でしたわね、お二人とも。――監査局の結論を申し上げます。詐欺および公文書不正利用。被害の弁済と、司直への引き渡し。それから鑑定院には、発行番号の管理規程の改定案を、こちらから贈呈いたしますわ。欠番処理には理由書と二名の確認印。今後、紙一枚も、黙っては消えない仕組みに」
――後日。弁済を受けたダルトン夫人が、改めて監査局を訪れた。夫人は孔雀の扇を畳み、深々と、頭を下げた。
「……あなたを『数字に嫁いだ』と笑った女が、その数字に救われました。皮肉なものですわね」
「あら、夫人。数字はね、笑った方も、ちゃあんと救いますのよ。それが数字の、いちばん良いところですわ」
夫人は一瞬目を見開き、それから、社交界の情報通らしい不敵な笑みを取り戻した。
「……決めましたわ。今度の夜会から、わたくし、あなたの悪口を訂正して回ります。四十年鍛えたこの口、広める向きを変えるだけですもの、お安い御用よ」
最強の応援団が、ついた瞬間だった。
その翌週、監査局に新しい顔が着任した。
「本日付で監査局付き護衛騎士を拝命しました、ダリオであります!」
声と共に扉をくぐってきたのは、見上げるような大男だった。短く刈った赤茶の髪、日に焼けた肌、扉枠に肩がつかえそうな体躯。歳は二十二と聞いている。
姿勢は槍のように真っ直ぐで、いかにも武人――なのだが、着任の挨拶もそこそこに、ミレーヌが彼の提出した旅費精算書を一瞥して言った。
「ダリオさん。この精算、合計が七十リル多いです。三行目、宿代の桁が繰り上がってません」
「なっ……!? け、計算は、三回したのでありますが……!」
「じゃあ四回目をわたしと一緒に。……あ、ほら、ここ」
巨躯の騎士は、算盤を前に、眉を情けない八の字にして小さくなった。
強面と八の字眉の落差に、局員一同が笑いを噛み殺す。
――このときのわたくしは、まだ知らない。この不器用な護衛騎士が、次の事件で、思いがけない働きをすることを。




