第十六話 偽鑑定書・前編
春の夜会の招待状が届き始めた頃、その婦人は、監査局の窓口に現れた。
ロズリーヌ・ダルトン伯爵夫人。四十代半ば、豊かな体つきを最新流行のドレスに包み、手には孔雀の羽根の扇。社交界の情報通として知られる方で――そして、わたくしが「殿方に捨てられ、数字に嫁いだ方」と呼ばれていた頃、その言い回しを最初に広めた方でもある。
その夫人が今、応接室の椅子で、孔雀の扇を握り潰さんばかりにして、青い顔をしていた。
「……ようこそ、ダルトン伯爵夫人。監査局に、どのようなご用向きで?」
「……お笑いになりたければ、なさいませ。あなたを笑った女が、あなたに縋りに来たのですもの」
夫人は、震える手で、天鵞絨の箱と一枚の書面を机に置いた。箱の中身は、大粒の石を七つ連ねた首飾り。
書面は『王都宝石鑑定院』の鑑定書――王国で唯一の公的な宝石鑑定機関の、透かし入りの正式な用紙である。
「二年前、宝飾商グレゴワールから買いましたの。『特級石七連、鑑定院のお墨付き』と。お値段、十二万リル」
十二万リル。職人千人分の日当、庶民の家が一軒買えるお金だ。
「先日、娘の嫁入り支度のために手放そうとして、別の宝飾商に見せましたら……『これは三級石です。実価値はせいぜい二万リル』と。慌てて鑑定院に持ち込んだら、院の鑑定人も同じ答え。ですが、この鑑定書は――紙も、透かしも、院の印も、正真正銘の本物だと言うのです。本物の鑑定書に、嘘の等級が書いてある。院は『当院はこのような鑑定をした記録がない』の一点張り。グレゴワールは『私は鑑定書を信じて仕入れただけ』と涼しい顔。……わたくし、どこに騙されたのかすら、分かりませんの」
わたくしは、鑑定書を手に取った。上質の用紙、鑑定院の透かし、正規の公印。なるほど、紙は本物だ。ならば、見るべきは紙ではない。紙の上の、数字と日付である。
「夫人。この件、お引き受けいたしますわ。――ミレーヌ、鑑定院から三点、借り受けてちょうだい。発行台帳、料金受領簿、それから院の年間の休院日一覧を」
「きゅ、休院日、ですか?」
「ええ。鑑定書にはほら、『検石日』の欄があるでしょう。石を検めた日付。……嘘つきはね、金額は慎重に偽るけれど、日付は案外、無造作なものよ」
三日後。借り受けた帳簿類を机いっぱいに広げ、わたくしたちは照合を始めた。
まず、問題の鑑定書の発行番号「第四九〇二号」を、院の発行台帳で引く。
「局長、ありました。四九〇二号……あれ? 台帳では『書き損じにつき欠番』になってます。二年前の四の月」
「欠番。つまり院の記録上、この番号の鑑定書は『存在しない』。けれど現物は、ここにある。……ミレーヌ、同じ頃の欠番を、全部拾ってくださる?」
「はい。……二年前から今年まで、欠番が三十八件。それより前は、年に二、三件しかないのに」
「欠番が、十倍。書き損じが急に増える理由なんて、ありませんわね。誰かが白紙の正規用紙を『書き損じ』として帳簿から消し、外へ流している」
そして、検石日。問題の鑑定書の検石日は、二年前の建国祭の当日――鑑定院の、休院日だった。
夫人の周りで囁かれる「同じ目に遭ったかもしれない」奥方たちから預かった鑑定書五枚のうち、三枚の検石日も、休院日か祝祭日に重なっている。
「閉まっている院で、石は検められない。つまりこれらの鑑定書は、院の外で、院の人間ではない誰かが書いた。……白紙用紙の横流し役が院の中に一人。等級を書き込んで石に添える者が、外に一人」
「外の一人って、まさか」
「ええ。『鑑定書を信じて仕入れただけ』の、あの宝飾商でしょうね。
――さて、証明いたしましょうか。紙が本物でも、嘘は嘘だと」




