第十五話 孤児院の寄付金・後編
男の名は、ロンド。表向きは「身寄りなき子らに良縁を」と謳う養子縁組の斡旋人。
しかし監査局と衛兵隊で素性を洗うと、裏の顔が浮かび上がった。器量よしの孤児、とりわけ没落貴族の血を引く子を選んで「養子」に出し、その実、外国の富裕者へ売り渡す――人買いである。
斡旋料の記録から、被害は判明分だけで三年に十一人。
月末の二十八日、わたくしたちは孤児院の応接室の隣室で、その時を待った。マグダ院長には、すべて打ち明けてある。老婦人は最初、崩れるように泣いた。
「……三年前、あの男が初めて来て、双子の姉妹を養子に、と。断ると、笑って言うのです。『では相応の、お心付けを。子らの平穏の値段です』と。役所に訴えようにも、あの男の書類は完璧で……私に払えるのは、修繕費を装った月二千リルが精一杯。それでも足りぬと言われるたび、器量の良い子を、目立たぬ服に着替えさせ、髪を切り……帳簿を偽った罪は、いくらでも償います。ですが、子どもらだけは」
「院長。あなたの帳簿の偽りは、確かに偽りですわ。けれど三年間、月二千リル――あなたの外套の繕いの数だけ、子どもたちは守られた。その勘定は、わたくしが証言いたします」
――午後三時。黒い馬車が停まり、燕尾服のロンドが応接室に通される。壁越しに、粘つくような声が聞こえた。
「院長殿。今月もまた、金だけですかな。申し上げたはずだ、次は銀髪の姉弟を、と。なに、良い家に参りますよ。海の向こうの、それは良い家に」
「……その『良い家』の、住所を伺っても?」
わたくしは、隣室の扉を開けた。ロンドが弾かれたように立ち上がる。
「な……何者だ」
「両国合同監査局長、エルディア・グランフェルト。あなたの斡旋事業の、会計監査に参りましたの」
「か、会計……? 私の帳簿は完璧だ! 斡旋料も税も、一リルまで――」
「ええ、拝見しました。お見事な帳簿でしたわ。斡旋料収入、三年で四十二件。……ところがあなたが役所へ届け出た縁組成立の件数は、三十一件。差の十一件は、お金だけ動いて、縁組の届けが存在しない。届けのない子どもは、どこへ消えましたの?」
「そ、それは、破談になった案件の手付金で……」
「破談の返金記録は、ゼロですわね。それから、あなたの船賃の支出。斡旋業に、なぜ外洋航路の子ども料金の船賃が、十一人分あるのかしら。日付を読み上げましょうか。一件ずつ、あなたの『破談』の日付と、突き合わせながら」
ロンドの顔が、帳簿の白から、灰の色へ変わっていく。
窓の外では、セドリック様の手配した両国の衛兵が、馬車を取り囲んでいた。海の向こうの「良い家」は、隣国の司法が並行して洗っている。人買いの網は、国境の両側から、同時に引き上げられた。
――すべてが終わった夕暮れ。御堂の前で、マグダ院長が深々と頭を下げた。
「帳簿を偽った私に、罰を」
「罰の前に、宿題を差し上げますわ」
わたくしは、新しい帳簿を一冊、院長の手に載せた。
「院長。あなたは三年間、帳簿に載せられない優しさに、月二千リルを払い続けた。……ですから今度は、載せ方を、一緒に考えましょう。王家の寄付に『子どもの保護費』という費目を新設するよう、わたくしから王妃陛下に上申します。斡旋人の審査制度も。優しさは、隠すと弱いけれど、制度にすれば強いのです。あなたの三年が、その最初の一ページになりますわ」
老婦人は帳簿を胸に抱き、御堂の子どもたちの歌声の中で、もう一度だけ泣いた。今度のそれは、三年ぶんの安堵の涙だった。
帰り道。馬車の中で、ミレーヌがぽつりと言った。
「……局長。あの銀髪の姉弟、没落貴族の子だそうです。爵位を失った家の子は、狙われやすいって。……わたし、他人事じゃ、なくて」
「ええ。だからあなたが行ってらっしゃい、ミレーヌ。来月から聖ロザの帳簿指導、担当はあなたよ。爵位を失っても人の値打ちは目減りしないことを、あなたほど数字で証明してきた監査官を、わたくしは他に知りませんもの」
小柄な助手は、琥珀色の目を見開いて、それから検算帳を、勲章のように抱き直した。
「……はいっ!」
雪の王都に、夕陽が差していた。監査局事件簿、二件目、解決。
――そして次の夜会で、わたくしは出会うことになる。かつてわたくしを嘲笑した貴婦人が、青い顔で持ち込んでくる、三件目の「数字の違和感」に。




