第十三話 消えた銀食器・後編
「――言いがかりも、甚だしい」
三日後。監査局の会議室で、侍従長ベルナール卿は、白い口髭を震わせて吐き捨てた。
六十代半ば、痩身に金糸の宮廷服。三十年、王宮の格式を守ってきた男の目が、わたくしを、埃でも見るように見下ろす。
「小娘が局長の椅子に座った途端、これだ。厨房の皿の数など、家政の内々の話。帳簿は一点の曇りなく付けておる。廃棄には全て儂の承認印がある。手続きに瑕疵はない!」
「仰る通り、手続きに瑕疵はございませんわ」
わたくしは、静かに認めた。卿の眉が、勝ち誇る形に動く。
「ですから本日は、手続きの話はいたしません。物の話をいたします。――ミレーヌ、お願い」
ミレーヌが扉を開けると、廊下から二人の職人が、布を掛けた台車を押して入ってきた。
銀細工師組合の親方衆である。布が外されると、卿の顔から血の気が引いた。
台車の上には、燭台が三本、大皿が七枚。磨き直された銀器の底で、削り取られた王家の紋章の跡が、うっすらと、しかし確かに光っていた。
「南地区の銀細工師組合で、この三年、『紋章を削って売ってほしい』という持ち込みが四十七回。持ち込み人は毎回同じ、古物商クレマン。親方衆は不審に思い、品と取引記録を残してくださっていました。取引総額、三年で二十一万四千リル。そして古物商クレマンの仕入帳には、仕入先として……ある屋敷の裏口が記されておりますの。侍従長閣下、あなたのお屋敷ですわ」
「な……そ、それは、儂の与り知らぬ、使用人が勝手に」
「では、こちらも使用人が勝手に?」
わたくしは、最後の一枚を机に置いた。王都の口座記録の写し。
「古物商クレマンから閣下のご子息の口座へ、三年間、大夜会のたびに入金がございます。日付は――廃棄記帳の、翌々日。六百九十五点の『磨耗した銀器』と、四十七回の持ち込みと、この入金。三つの日付は、鎖のように繋がっておりますわ」
沈黙。長い沈黙のあと、卿はよろめくように椅子へ崩れた。
「……息子の、賭けの借金だった。宮中の格式を守る儂が、借金取りに屋敷へ来られては、と……最初は、欠けた匙の一本だけの、つもりだった……」
「一本が、六百九十五点になるまで、三年。閣下。帳簿は嘘をつきませんが、嘘を三年つき続けると、帳簿はこうして、罪の日記になりますのよ」
侍従長は罷免のうえ全額弁済、ご子息ともども司直の手へ。
回収された銀器は磨き直され、次の大夜会で百年ぶりの全点揃いの食卓が組まれるという。
家政長官のオルガ夫人は「三十年の勘が勘違いでなくてよかった」と、初めて頬を緩めた。
――その夜。書類の山を片付けたわたくしに、セドリック様が小さな箱を差し出した。
「事件解決のお祝い……ではなく。エルディア嬢、今日が何の日か、覚えていますか」
「……一月の、十七日」
「一年前の今日です。私が初めてこの監査室の扉を叩き、あなたと夜通し、二国の帳簿を突き合わせた。……私の人生で一番長くて、一番短い夜でした」
箱の中には、銀のペン先が一対、並んでいた。
飾り気のない、実用の、けれど見事な造りの。
「銀は、手入れをすれば百年保つそうですね。今回の事件で職人に教わりました。……百年、二人で書き続けられるように。受け取っていただけますか」
銀器の事件の締めくくりに、銀のペン先。この方は、本当に、こういうところが。
「……受領、いたしますわ。受領印の代わりに――これで、よろしくて?」
わたくしは背伸びをして、彼の頬に、初めて自分から口づけた。灰青色の瞳が見開かれ、それから彼の耳が、見たこともないほど赤くなる。
「……エルディア嬢。今のは、帳簿にどう記載すれば」
「し、資産計上は不要です! 備忘記録に、留めておいてくださいましっ」




