第十二話 消えた銀食器・前編
「――局長殿、折り入って、内々にご相談が」
翌朝、局長室を訪れたのは、王宮家政長官のオルガ夫人だった。
五十がらみの、鋼のように背筋の伸びた婦人で、王宮の台所から寝具まで、暮らし向きの一切を束ねる人である。灰色の髪をひっつめ、声を潜めて切り出した。
「王宮の銀食器が……減っている気がするのです」
「気がする、と仰いますと?」
「帳簿の上では、減っておりません。壊れた分は『破損・廃棄』として正しく記帳され、数は合っている。ですが……三十年この王宮におりますが、大夜会の食卓が、年々寂しくなっているように思えてならないのです。年寄りの勘違いなら、それでよいのです。ただ、勘違いかどうかを、確かめる術が私にはなくて」
「勘違いかどうかを数字で確かめる。まさに監査局の仕事ですわ」
わたくしは早速、ミレーヌと二人で厨房の食器台帳を借り受けた。持ち込まれた台帳は五年分。突き合わせて、まず「破損・廃棄」の推移を拾う。
「ミレーヌ、読み上げをお願い」
「はい! えっと……五年前、破損廃棄は年間十四点。四年前、十一点。ここまでは大皿やスプーンがぽつぽつ、という感じです。ところが三年前――急に、二百六点。一昨年、二百三十一点。昨年、二百五十八点」
「三年前を境に、二十倍。銀の大皿一枚はおよそ三千リル――王都の職人が一月近く働いて、やっと買える品ですわ。それが年に二百枚以上、『壊れて捨てられて』いる。三年間の廃棄総額は、ざっと六十万リル。庶民の家が丸ごと二軒、消えた勘定ね」
「で、でも局長、廃棄の理由もちゃんと書いてあります。ほら、『磨耗ノタメ』って」
「……磨耗?」
わたくしは、その欄を凝視した。おかしい。
銀食器は、磨り減って使えなくなる物ではない。曲がる、欠ける、黒ずむ――それなら分かる。けれど銀は、磨けば百年でも保つ。だからこそ王家の食器なのだ。
「ミレーヌ。廃棄の日付を、全部書き出してくださる?」
彼女が検算帳に日付を並べていく。三年分、六百九十五件。並び終えた一覧を見て、二人同時に息を呑んだ。
「……局長。廃棄日、ぜんぶ……」
「ええ。大夜会の、翌日に集中していますわね。年に六回の大夜会、その翌朝にまとめて三、四十点ずつ。夜会で銀器がそんなに壊れるものかしら? 給仕は王宮で一番の手練れ揃いですのよ」
そしてもうひとつ。わたくしは収入側の帳簿をめくり、あるべきものが無いことを確かめた。
「決定的なのは、こちら。廃棄された銀器の……『廃銀売却収入』が、どこにも計上されていませんの。壊れた銀器は屑銀として銀細工師に売れます。相場は目方の八割。二百枚の大皿なら、屑でも年に四十万リル前後になるはず。壊れたことにされた銀器は、売られてもいない、改鋳されてもいない。――帳簿の上から、ただ、消えている」
「じゃあ、実物は……」
「どこかに、あるのでしょうね。壊れていない姿のままで」
問題は、誰が消したか、だ。廃棄の承認印の欄には、三年間、同じ印章が捺され続けていた。王宮侍従長、ベルナール卿。宮中の格式の番人にして、陛下の信任も厚い古参の重臣である。
夕刻、報告に来たセドリック様が、一覧表を眺めて眉を寄せた。
「侍従長ですか。……厄介な相手ですね。彼は『帳簿は完璧だ』と言い張るでしょう。実際、書類の上では完璧だ」
「ええ。ですから書類の外で、詰めますわ。ミレーヌ、明日の朝一番に、銀細工師組合へ聞き取りに行ってちょうだい。この三年、『王宮の紋章入りの銀器』を持ち込んだ客がいなかったか。……紋章は、削っても跡が残りますもの」
窓の外に、雪がまた降り始めていた。帳簿の上で完璧な嘘は、帳簿の外で、必ず足跡を残す。
十年、記録と生きてきたわたくしの、それが結論だ。




