表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
崩壊した世界で、『人類の希望』と呼ばれています  作者: 灯乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/14

冬騎

「よう、犬っコロ。今日こそおまえらをこてんぱんに叩きのめして、おれたちが『ラオデキア』最強だってことを証明してやるよ。覚悟はできてんだろうな?」


 中央ブロックの第一訓練場。

 その日、合同訓練の前にいつもながらの軽口を叩いてきたのは、『レーヴェ』の第一位(ファースト)、陽人だ。

『ヴォルフ』の第二位(セカンド)である冬騎は、隣に並んだ相手の大きな体躯を見上げる。

 獅子の特性を持つ者たちは、総じて体格のいい者が多い。

 それをいつもうらやましく思っていた冬騎は、軽く鼻で笑ってやった。


「うちのフェンリルさまの前でいいカッコしたいって、素直に言ったらどうだ? 仔猫ちゃん」


 金髪金目の陽人が、くわっと目を剥く。


「誰が仔猫ちゃんか! つーか、いくらフェンリルを拾ったのが、おまえら『ヴォルフ』だったからっつってもだ! 実戦投入可能レベルまで調整が済んでんのに、なんっっで、いまだにおれらは組ませてもらえねーんだ!?」


 上層部からの通達を、丸ごとスルーしているとしか思えない言いようである。

 ことフェンリルに関する情報については、かなりこまめに共有されているはずだというのに、陽人はそれらをまるでチェックしていないらしい。

 冬騎は思わず半目になった。


「あのなあ、陽人。フェンリルの訓練がおれらとの合同になってんのは、別にヴォルフが贔屓されてるなんて話じゃねーぞ。ただ単に、六花が指揮する『ヴォルフ』以外のチームと、今のフェンリルを組ませるのは不安過ぎる、っていうだけの話だ」

「……は?」


 目を丸くした陽人に、冬騎はうんざりと眉をひそめる。


「おまえ、それでも『レーヴェ』のトップか? アイツの能力は熱量支配だ。発動半径は集中力次第だが、その気になれば対象を燃やすことも凍らせることも簡単にできる。――ただし、集中力が途切れた場合、周囲の被害は極めて甚大」


 はじめて実戦投入されたとき、ネフィリムの大群を目の当たりにした人類の希望は、見事にキレた。

 おそらく、彼らに襲われた際の経験がトラウマになっていたのだろう。

 完全な無表情になった拓己が、おぞましい姿を持つ巨大な獣たちを消し炭にし、かと思えば瞬時に氷結させていく姿に、同行していた『ヴォルフ』のメンバーたちは、どん引きした。


 彼が操る炎も冷気も、仲間たちを傷つけることは決してない。

 しかし、そのすさまじい異能と共闘するのは、通常人類とは比べものにならないほど高い能力を誇るハルファスにとっても、決して簡単なことではなかった。

 並外れた統率力を持つ六花が、どうにか仲間たちを指揮して任務は遂行したものの、ほかのチームは集団行動における協調性という点において、ヴォルフよりも遙かに劣っている。

 そのため、この『ラオデキア』所属の人類の希望は『ヴォルフ』のメンバーとして登録され、『フェンリル』のコードネームを与えられたのだが――。


(代われるモンなら、マジで代わってくれっての……)


 完璧に成熟しきったデカい図体をしているくせに、中身はてんでお子さまな人類の最終兵器。

 そんなものに世界の命運を預けなければならない現実を前に、冬騎は深々とため息を吐く。

 はじめて出会ったときには、ただの保護対象だった。

 それが、狼の脚力を持つ自分でも容易には追いつけない速度で走る姿を見た瞬間、全身がびりびりと震えたのを覚えている。


 存在する可能性ではゼロではないと、けれどまず確認することはできないだろうと教えられていた、人類の希望。

 冬騎たち最終世代のハルファスを生み出すための実験体として、多くの先達が礎となった。

 彼らの中には自分たちと同等、あるいはそれ以上の能力を生まれ持った者もいる。

 けれど彼らと自分たちの間には、決定的な断絶があった。


 ――ゲーム開始時、十六歳のボーダーラインを越えていたか否か。


 たったそれだけの差で、自分たちよりも前の世代に生まれた者たちは、一生阻害剤に頼って生きていかなければならない。

 それははじめからわかっていることだったし、時折胸の奥で何かが澱んで息苦しくなることはあったけれど、仕方がないことだと割り切っていた。

 けれど、拓己がいたのだ。

 もちろん、最初から彼が自分たちの求めるような『人類の希望』になると思っていたわけじゃない。

 それでも彼は、そこにいた。

 自分たちの手の届く場所に、生きて、存在していたのだ。


 だが、一般人類の子どもにはあり得ない速度で駆けるその体は、ネフィリムの前ではあまりに小さく、か細かった。

 すぐに死んでしまいそうで、怖くてたまらなかった。

 狼の特性を色濃く継いだ『ヴォルフ』のメンバーにとって、自分よりも上位の者の命令は絶対だ。

 リーダーである六花に拓己を「守れ」と命じられたときも、当然のこととして受け入れた。

 気絶した彼を本部中央の研究室に運びこめば、親代わりの研究員たちに「目が覚めたときに、少しでも知った顔がいたほうが落ち着くだろうから」と、極力そばにいるよう命じられた。


 ――命令、だった。

 ネフィリムとの戦い方など何ひとつ知らない、戦場に出ればすぐに死んでしまいそうな『人類の希望』。

 自分よりも上位の存在に口を揃えて守れと命じられたから、守ると決めた。

 彼が人類の希望だろうと、ただの庇護対象の子どもであろうと、自分が守るべきものであることには変わりない。

 もしこの少年が、正しく人類の希望にはなりえなかったとしても、周囲から期待はずれだと言われたとしても、最初に手を差し伸べた自分だけはそばにいてやろうと思った。


 だがその後、彼の血液から精製されたウイルスの完全抗体は、『ラオデキア』に収容されていた者たちすべてを発症の恐怖から解放した。

 抗体を培養するには、もちろんそれなりの時間が必要だ。

 それでも、現在『ラオデキア』に備蓄してある阻害剤――大人たちが定期的に投与されることが義務づけられているそれらがなくなるまでには、彼らの体内からウイルスをすべて駆逐できるだろう。

 目を赤くした研究者からそう告げられたとき、冬騎はたった数時間で成体の姿になってしまった少年が、本当に人類の希望だったのだと知った。


 ネフィリムが、元は自分たちと同じ人間であったことなど、いやというほど知っている。

 彼らが変貌していく様を、目の前で見てきたのだから。

 だが、一度そうして発症してしまった者たちは、おぞましい化け物としかいいようのない姿になって、自分たちを捕食する。

 たとえ彼ら自身が望んだものではなくとも、大昔の頭のおかしな科学者によって歪められた運命ゆえだったとしても、巨大な異形となった彼らは人類を喰らう天敵だ。


 殺さなければ、殺される。

 殺され、喰われて、何もかもが終わりになる。


 己の生命の停止に、恐怖しない生き物などいない。

 人類の手で、ネフィリムから彼らを守るための生物兵器として生み出された自分たちだって、それは同じだ。

 怖かった。

 自分たちが、喰われることも。ともに時間を過ごしてきた年上の同胞たちが、いつ恐ろしい敵に変貌して襲いかかってくるかわからないことも。

 阻害剤は、決して百パーセントの安全性を保証するものではない。現在使用されているそれが、効きにくい体質の者だっている。


 けれど拓己は――彼の命が生み出した奇跡は、彼らの未来に重くのしかかっていた軛を、きれいさっぱり消してしまった。

 仲間たちの体内からウイルスの消滅を確認した多くの大人が、声もなく涙を流す姿を見た。


 自由だ、と。

 シェルターの外にはネフィリムが山のようにうろついていて、ほかのシェルターとの行き来もままならない。

 けれどたしかに、この『ラオデキア』に所属している人類は、ずっと焦がれ続けた自由を手に入れたのだ。

 研究者たちは、急がなければならないと言った。

 拓己の血液を精製・培養して作り出される完全抗体は、今なら生き残った日本人の多くに自由を与えることができるだろう。


 だが、ウイルスは日々変容するもの。

 いつ、彼の抗体が効かない形に進化するかわからないのだ。一刻も早く、ほかのシェルターに抗体のサンプルを届けなければ――。

 しかし、日本各地に建設されたシェルターのほとんどが、生存者の移送のために航空燃料を使いきっていた。

 陸上高機動車用の燃料は残っているが、それとて決して余裕があるわけではない。

 冬騎は、ふっと息をついた。


「なあ、陽人。今日の訓練の成績次第では、お望み通りフェンリルとの合同任務に参加できるかもしんねーぞ」


 どういうことだ、と視線だけで問い返してくる相手に、小さく笑う。


「この『ラオデキア』周辺のネフィリムは、大方駆逐した。少なくとも、中位種最大のアズラエルタイプはすべて排除した。その辺をうろついているザピエルタイプやサムキエルタイプには、シェルターの隔壁は越えられない。――知ってるか? 横須賀のシェルター『ワダツミ』には、まだ運用可能なあさぎり型の護衛艦が残ってるらしいぜ」

「何?」


 陽人の足が止まる。

 一歩進んで、冬騎は肩越しに彼を振り返った。


「『ワダツミ』の護衛艦なら、海路を使って沿岸部のシェルターに、抗体サンプルを最速で輸送できる。だが、三浦半島はネフィリムの巣窟だ。高機で出ても、連中と戦いながらじゃ、サンプルを無傷で届けられる保証はねえ。人類を救う完全抗体のモトになるのは、フェンリルの血液。この条件で、おまえならどう動く?」


 少しの間のあと、金色の瞳がすぅっと細まる。


「……フェンリルを、直接『ワダツミ』に向かわせる?」


 冬騎は、皮肉げに唇の端を吊り上げた。


「『ラオデキア』の人類は、すでにウイルスの恐怖から解放された。アイツがここにいる必要は、もうねえんだよ」


 陽人の顔が、わずかに歪む。


「彼は、おれたちの希望だぞ」

「ちげーよ。アイツは、人類の希望だ。おれたちが、独占していいモンじゃねえ」


 もの言いたげな視線を振り払い、前を向く。

 顔を上げれば、遮るもののない空がやけに澄んでいた。太陽が、眩しい。


(誰か、代わってくれよ)


 本当に、心からそう思う。

 あの図体ばかりデカくなってしまった哀れな少年に、なぜ『戦え』などと言わなければならないのか。

 いまだに毎夜のように悪夢にうなされている彼が、目覚めるたびに声を殺して泣く姿を知っているのに。


「なあ、陽人」

「……なんだ」


 ハルファスは、人類を守る最後の砦。

 そのためだけに、生まれてきた。

 人類を守るために戦って、戦って、そしていつか戦いの中で死ぬ。

 自分たちとは、そういう生き物だと思っていた。

 けれど――。


「もし、身近な人間が目の前で死んだら、フェンリルは泣くと思う」


 拓己はもう、自分たちを『友人』だと認識してしまった。

 ともに過ごし、戦う中で、彼は当たり前のように冬騎たちヴォルフたちに対し、明るい笑顔を見せるようになっている。

 今後、『ヴォルフ』以外のチームと組むことが増えたなら、きっと拓己は同じように心を開いて笑うだろう。

 だから、と冬騎は陽人を振り返る。


「頼む。死ぬときには、あいつの知らないところで死んでくれ」


 ――本当に、面倒だ。

 もう、自由に死ぬことさえできないなんて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
フェンリル? あー、コードネームだったのね。 て、拓己君でしたか··· 中身、仔犬ちゃんなのに、フェンリル? 何が来てもオーバーキルしそうだものなぁ。フェンリル。 だけど中身がコレ··· orz…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ