表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
崩壊した世界で、『人類の希望』と呼ばれています  作者: 灯乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/36

八人目の適合者

 真顔で謝罪した長谷川に、渡部がわざとらしく咳払いをする。


「まあ……『竜宮』の処遇に関しては、とりあえず上層部に判断を丸投げすることにしてだ。――フェンリル。もうわかっているかもしれないが、きみの妹さんは『ワダツミ』にはいない」


 フェンリルは、すっと目を眇めた。

 皮肉げな笑みを浮かべ、口を開く。


「ったく、ガキ相手にひでえ嘘をついたもんだよな」

「それについては、詫びのしようもない。だが――」


 言いさした渡部を、フェンリルは軽く右手を挙げて制する。


「俺は、拓己じゃない。だから、詫びの必要もない」

「……そうか」


 渡部は項垂れ、口をつぐんだ。

 フェンリルは淡々と続ける。


「拓己に謝罪する気があるなら、沙弥を探せ」

「フェンリル……」


 ――実際のところ、関東一帯のシェルターを管理する大人たちは、誰ひとりとして新堂沙弥の生存を信じてはいなかった。

 彼の亡くなった妹を弔いたいという気持ちは、充分理解できる。

 しかし、ネフィリムの跋扈する広大な砂の大地で、たったひとりの少女の遺骸を探し出すなど不可能だ。

 そう言いかけた渡部に、フェンリルは告げた。


「沙弥は、生きている」


 しん、と誰もが呼吸を忘れたかのように、部屋の空気が静まりかえる。

 フェンリルは、六花と冬騎を振り返った。


「拓己も『ラオデキア』を出る前に、言ってただろ? 沙弥が、イスラフィールタイプに気をつけるよう忠告してたって」

「は……い」


 六花がぎこちなくうなずき、冬騎は血相を変えてフェンリルに詰め寄った。


「拓己は……っ、夢の中で、沙弥さんに会ったと言っていたんだ! 沙弥さんがネフィリムに襲われて行方不明になってから、一年だぞ! なんの訓練も受けていない女の子が、たったひとりでシェルターの外で、どうやって今まで生きてこられたってんだ!?」


 フェンリルが小さく息をつく。


「そんなの、こっちが知りてえよ。――でも、沙弥は生きてる。どこにいるかは、俺にもわかんねえけどな。あいつ、口を開けば拓己の心配してばっかだし。つーか、しょっちゅう寝ぼけてぼーっとしてるし。もしかしたら、自分がどこにいるかもわかってねえのかも」


 あっさりとそんなことを言われた冬騎は、言葉を失った。

 彼は、拓己がどれほど妹の沙弥を求めて泣いていたか、いやというほどよく知っている。

 もし本当に、沙弥がこの世界のどこかで生きているのなら――。

 そこで、すっと六花が右手を挙げた。


「……フェンリル」

「なんだ? 六花」


 白い髪の少女は、まっすぐに己の主を見上げた。


「イスラフィールタイプの存在確認が、新堂沙弥さんによってもたらされた。それはつまり、彼女が間違いなくあなたと同じ、ウイルス勝利条件適合者だということですか?」


 フェンリルは、あっさりと答える。


「ああ。その通りだ」


 周囲の者たちが、鋭く息を呑んだ。

 それは、八人目の『適合者』。

 新たな人類の希望となりえる者。

 新堂沙弥が本当に存在していたなら、それは拓己にとって――否、人類にとって、一体どれほどの福音か。

 そうですか、と六花は一度目を伏せる。

 少し考えるようにしてから、彼女は再び口を開いた。


「フェンリル。わたしは、あなたの言葉を信じます。ですが、『新堂沙弥さんの助言』が、あなた自身の異能の発現形態ではないと証明できない以上、彼女の捜索に従事する戦力の増強は難しいでしょう」


 フェンリルが、ちっと舌打ちする。


「俺は、沙弥みてえに他人と意識を繋ぐなんてできねーぞ」

「……意識を、繋ぐ? それが、新堂沙弥さんに発現した異能ですか?」


 六花の問いかけに、フェンリルは首を傾げた。


「いや、ホントのところはどうなのか知らねぇけどよ。拓己と夢の中で話したり、俺が目え覚ましそうになるたび『寝てろ』って言ったりしてたってことは、そんなカンジの能力なんじゃねーの?」

「どう……なのでしょう。あれだけ正確に、ネフィリムの存在確認をしていたというのは……」


 考えこんだ六花に、フェンリルはめんどうそうに手を振った。


「んなことは、どうだっていいんだよ。別に、俺自身が沙弥に執着してるわけじゃねーし。――ただ、拓己にとって、沙弥は生きる理由だ。もし拓己が壊れたら、俺だってどうなるかわかんねえ。あんまり、不安定にさせるような真似はすんな」


 彼らの会話が、『竜宮』から出てきたばかりの長谷川には理解できなかったようだ。

 困惑した様子の彼が、おろおろと周囲を見回したときだった。

 突如、けたたましい警報が辺りに響き渡る。

 即座にパソコンのキーボードを叩いた渡部が、ざっとそのディスプレイを確認するなり、机上のマイクを掴んで口を開く。


「総員、甲一種戦闘配備。北西より新種の中位種、オファニエルタイプの大群が接近中。数、八十七。なお、オファニエルタイプは飛行種である。今までにない規模の戦闘となることが予想される。各員の健闘に期待する」


 八十七、と六花がつぶやく。

 その顔が、わずかに青ざめていた。

『ワダツミ』に到着する直前に遭遇した、飛行タイプの中位種。

 分厚い羽毛に包まれた巨大な体で、信じられないほどの高速で飛ぶネフィリムは、地上からの狙撃をものともしなかった。

 先ほどの群れを構成していたのは、十二体。

 そのうちの四体は、夜刀があっという間に討伐した。

 あのときの群れの生き残りが、仲間たちを呼んで戻ってきたのだろうか。


 現状、オファニエルタイプとまともに戦えるのは、翼を持つ夜刀だけだ。

 芽依をはじめとする『レオパルト』たちの正確無比な射撃でさえ、対象にダメージを与えることはできても、撃ち落とすまでには至らなかった。

 フェンリルの異能も、連中が飛ぶ高度までは届かない。

 この状況を、一体どうしたら打開できる――。


「――夜刀」

「はい」


 フェンリルが、胸ポケットから取り出したインカムを夜刀に放る。


「おまえのインカムの周波数を、これに合わせろ。――ああ、おっさん。俺の栄えあるデビュー戦だ。邪魔なんて野暮な真似は、しねえよなあ?」


 渡部を振り返ったフェンリルは、楽しげに笑っていた。

 獲物を目前に舌なめずりする、獰猛な獣のような笑み。

 わずかに目を瞠った渡部が、ぎこちなく口を開く。


「まさか……きみたちだけで、八十七体のオファニエルタイプを相手にするつもりか?」


 夜刀から渡されたインカムを装着しながら、フェンリルが当然のようにうなずいた。


「ああ。よけいな手出しはすんじゃねーぞ。うっかり巻きこんじまっても、責任は取らねえからな。それから、うちの連中に必要な装備を渡してやれ。――六花、冬騎。おまえらは、陽人と壮志、芽依とともに防衛システムライン上で待機。ほかの連中は、まだ使えねえだろう」

「はい」

「……わかった」


 フェンリルは、六花たち主要メンバー以外の不調に気づいていたらしい。

 短く答えたふたりが、仲間たちと合流して装備を調えるべく執務室を駆け出していく。

 彼らの背中を見送った夜刀が、小さく笑みをこぼした。


「どうした? 夜刀」

「いえ。こんなときに、不謹慎かもしれませんが……。あなたとともに戦えることが、嬉しくて仕方がないんです」


 ふぅん、と首を傾げたフェンリルは、渡部を振り返ってにやりと笑う。


「地下から出る、出口を開けておけ。『人類の希望』絡みの緊急時なら、『ワダツミ』所属のハルファスが、防衛システム圏外でネフィリムと戦っても大丈夫なんだろ? 俺たちがここに来たとき、夜刀はシステム圏外まで迎えにきたもんな」


 渡部は、わずかな逡巡のあと口を開いた。


「……フェンリル。夜刀は、『キメラ』だ。きみは――」

「こいつが短命種だって話なら、もう聞いた」


 長谷川が驚いたように夜刀を見る。

 フェンリルは淡々と続けた。


「それがどうした? 俺は、自分がこの世界に存在している限り、こいつを飛ばせてやると決めた。こいつは、俺とともに飛ぶことを選んだ。わかったら、夜刀の『ラオデキア』への転属手続きでもしてろ」


 そう言うなり、フェンリルは夜刀を従えて執務室を出ていった。

 残された渡部は、もの問いたげな長谷川に苦笑を向ける。


「聞きたいことはさぞたくさんあるだろうが、あとにしてくれ。いくらフェンリルがああ言っていても、八十七体ものオファニエルタイプを前にじっとしていられるほど、私は肝が据わっていないのだよ」

「……はい。ただ、渡部海佐。ひとつだけ、よろしいでしょうか」


 なんだね、と視線だけで返した渡部に、長谷川は言った。


「『竜宮』にいる間、僕は自分が生きているのか死んでいるのかもわかりませんでした。けれど今は、間違いなく生きていると実感できます。……さっきの今で申し訳ありませんが、前言撤回させてください」


 長谷川は一度深呼吸をして、静かに告げる。


「僕は、僕自身をあのふたりのために使いたい。……許可して、いただけますか?」


 渡部は、小さく笑った。


「長谷川くん。それは、きみの人生を人類のために使うのと同義だと、私は思うよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
沙弥ちゃんに万が一の事あったら··· ((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル よし、必殺 先送り 発動!! てな、三文芝居はともかく、ひょろ長といわれてる長谷川さん? この人も もしかして 異能…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ