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崩壊した世界で、『人類の希望』と呼ばれています  作者: 灯乃


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恥ずかしいおっさん

 なるほどな、とフェンリルはうなずいた。


「つまり、なんだ。『ワダツミ』との連結ブロックが自爆して、非常脱出艇が全部なくなった以上、もう『竜宮』からゴミ虫クソ虫がわいて出てくる手段はねえ、ってことか」

「それはどうでしょう? VIP階級用に、一般公開されていない非常脱出艇ポイントがあるのではないでしょうか」


 夜刀の推測を、長谷川があっさりと否定する。


「あ、それはないです。『竜宮』のメインコンピュータとサブコンピュータ、三基全部に侵入して確かめましたから」


 フェンリルと夜刀は、じっと長谷川を見た。

 長谷川は、他愛ない世間話のようにけろりと言う。


「僕、ハッキングは得意なんです。世界各国の『適合者』のデータを管理しているコンピュータに比べれば、『竜宮』のメインコンピュータはだいぶ素直でしたよ」


 フェンリルは、軽く眉間を揉んだ。


「……うん。要するに、『竜宮』は完全に孤立したってことでいいんだな?」

「そうなりますね。……うわあ、想像したらぞわっとしました!」


 いくら自給自足システムが完備されているとはいえ、海底のシェルターから地上に出る手段がまったくない状況というのは――。


「よし。あんまり渡部のオッサンを待たせるのもなんだしな。さっさと行くぞ」

「はい」


 フェンリルと夜刀は、しょせん自業自得の他人事だと、さっさと頭を切り換えた。

 長谷川は青ざめながらも、さすがに開き直るしかないと思ったのか、黙って歩き出す。

 目に入るすべてに繊細な美意識をこめられた『竜宮』と比べると、『ワダツミ』本部の建物はいっそ殺風景といえるほどにシンプルなつくりをしている。

 打ちっ放しのコンクリートの壁を抜け、さすがにここばかりは重厚な雰囲気の渡部の執務室に辿り着く。


「戻ったぞー。六花、冬騎。いい子にしてたか?」


 その扉をノックもなしに開いたフェンリルが呼びかけると、渡部の執務机の両側で彼のパソコン画面をのぞきこんでいたふたりが、ぱっと顔を上げる。


「はい、フェンリル」

「……ああ」


 六花はすぐに敬礼を返したが、冬騎は曖昧にうなずくだけだ。

 彼のブルーグリーンの瞳に『拓己はまだ戻らないのか』という失望を見てとったフェンリルが、小さく苦笑する。


「冬騎。この体は、俺のもんでもあるんだぞ。大事に使ってやるから、んな顔すんなって」


 冬騎は、苛立たしげに目を細めた。


「当たり前のことで威張るな。――おまえ、なんだってそのひょろ長い眼鏡を連れてきた?」


『ひょろ長い眼鏡』と言われた長谷川が、不機嫌さを隠そうともしない冬騎の視線に気圧され、あとずさる。

 フェンリルは、楽しげに笑いながら答えた。


「『竜宮』の連中が悔しがる顔を指さして、ザマァって高笑いするために決まってんだろー? 阻害剤を処方できる研究員をかっさらってくるのが、あいつらにとって一番確実なダメージになるだろうからな。『竜宮』に残った連中が過労でぶっ倒れようが、俺の知ったことじゃねえしー」


 冬騎が小さくため息をつく。


「……ほんっと、性格悪いな。おまえ」

「可愛いのは、拓己だけで充分だろうが。俺は、やりたいことをやりたいようにやるんだよ」


 フェンリルが偉そうに腕組みをする。

 冬騎はちっと舌打ちした。

 一拍置いて、長谷川が「はぁあー!?」と悲鳴を上げる。


「あなた、そんな理由で僕らを勧誘したんですか!? ネフィリムと戦えだの、研究者の誇りだのと偉そうに言っておいて、『竜宮』へのいやがらせが目的だったんですか!」

「なんだよ、うるせえな。文句があるなら、とっとと『竜宮』に戻りゃいいだろ」


 面倒そうにひらひらと手を振るフェンリルに、長谷川がくわっと噛みつく。


「戻れないことを知っていて、そんなことを言いますかね! あぁもう、結果に文句はありませんが、あまりの理由のしょぼさにちょっぴり目眩がしただけです!」

「しょぼい言うな!」


 フェンリルがむきになって言い返したとき、とん、と彼らの注意を引く音が響いた。


「……長谷川広也くん」


 それまでずっと無視されていたこの部屋の主が、静かな声で口を開く。

 びしっと凍りついた長谷川が、おそるおそる彼を見る。

 先ほどの音は、渡部が指先で机を叩いた音だったようだ。


「ちょうど、あちらと通信が繋がっているところなのだが。話をするかね?」


 連結ブロックの自爆後は、竜宮は外部からのアクセスを一切受け付けないとのことだったが、あちらから『ワダツミ』にアクセスするのは問題ないらしい。

 長谷川は、強張った顔をぎくしゃくと横に振った。


「結構、です。もう……彼らと話すことは、ありませんから」


 そうか、とうなずいた渡部がパソコン画面に視線を戻す。

 キーボードを叩いて、『竜宮』との会話を再開する。


「――お待たせしました。しかし、そんなことを言われても困りますな。連結ブロックを設計した技術者は、そちらにいるのでしょう? まずは再建計画をそちらで立てていただかなくては、我々には手の打ちようがありません」


 淡々とした口調で話す渡部の執務机から離れた六花は、冷ややかな目で長谷川を観察するように眺めた。

 すぐにフェンリルを見上げ、口を開く。


「心配しました。あなた方が『竜宮』から戻る前に、連結ブロックが自爆してしまいましたので」


 へえ、とフェンリルが小さく笑う。


「タイミングがよすぎるから、渡部のオッサンがなんかしたのかと思ったぞ」

「はい。渡部海佐は、おふたりが戻り次第、連結ブロックを爆破する手はずを整えていました。その作業員が二名、危うく警告アナウンスなしの自爆に巻きこまれるところでしたが、ぎりぎりで退避できたようです」


 六花は、『竜宮』との通話を続けている渡部をちらりと見て声を低めた。


「海佐は作業員の無事を確認した直後、フェンリルと夜刀が戻ったら、『竜宮』に残存する魚雷をすべてぶつけちゃってもいいかな、とつぶやいていました。本気だったかどうかはわかりませんが、目が虚ろで少々気持ち悪かったです」

「わーお」


 フェンリルが棒読みで答えながら、渡部を見る。夜刀は、自分が思っていたよりもストレスを溜めこんでいたらしい上官に、そっと両手を合わせた。

 六花がひとつ深呼吸をして続ける。


「『竜宮』からの非常脱出艇射出シグナルを確認した直後に、今海佐が話をしている、あちらの副代表だと名乗る人間から連絡が入りました。尾木代表と准海尉の様子から、フェンリルたちを『竜宮』への侵入者と判断したようです。渡部海佐の管理不行き届きをひとしきり責め立てたのち、損害賠償と連結ブロックの再建を求めてきたのですが……」


 言葉を濁した彼女は、再び渡部を見た。


「だから、何度も申し上げているではありませんか。彼は、たしかに見た目は二十歳前後の青年ですが、中身はまだ十七歳の子どもなのです。は? 未成年の子どもに、いい年をした大人を丁重に抱きかかえて運べとでも? ――ええ、拓己くんは、尾木代表に来いと言われたから、そちらへ行っただけなのですよ。ひとりではいやだというので、私の判断で部下を護衛につけさせていただきましたがね。そんな子どもが、突然銃を突きつけられたら、怖がって逃げ出すに決まっているでしょう」


 パソコン画面に向かって語る渡部は、実にイイ笑顔を浮かべている。


「あなた方は、『人類の希望』に銃を向けた。私の部下は、彼を守ってそちらを脱出した。その途中で何があったかは存じませんが、明らかに非はそちらにあります。損害を賠償しろと言われても、受けかねますな。――はい? 長谷川くんが彼らに同行したのは、彼の意思でしょう。彼が地上に戻るのを禁じる権利が、あなた方にあるのですか? ……はあ、こちらの上層部にそうおっしゃりたいのでしたら、お好きにどうぞ。いずれにせよ、あなた方が連結ブロックを自爆させた以上、完全抗体のサンプルを『竜宮』に届けることはできなくなりました。そちらには、立派な阻害剤製造プラントがあるのでしょう? あなた方はどうぞ、海底の楽園で末永くお幸せに暮らしてください。それでは、失礼いたします」


 にこやかに通話を切った渡部が、待機画面になった液晶画面をぼーっと眺める。

 しばしの沈黙ののち、彼はぐふっと不気味な笑いをこぼした。


「ふ……ふふ、ふふふふふ。こういうときは『言ってやったどー!』と拳を振り上げて宣言するのが、様式美だと思うのだが。さすがにこの年になると、おじさんちょっと恥ずかしい」


 フェンリルが自分のことは棚に上げ、半目になってツッコんだ。


「安心しろ。今のおまえは、充分恥ずかしいおっさんだ」

「そうか。それは、恥ずかしいな」


 渡部は厳かにうなずいた。

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― 新着の感想 ―
ブハッ(^3^♪ ザ マ ァ  と、快哉叫んでるだろうなぁ、渡部海佐。 ストレスMAXだったようで、魚雷全弾ブチ込む発言に、本気を感じた。 しかし、フェンリルっていったい自分を、何歳だと思ってるの…
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