『フォーゲル』
仲間たちが戻ってくると、二台の高機動車はすぐに動き出した。
アズラエルタイプの単独討伐最速記録を更新した『フォーゲル』の壮志が、隣で第二車両のハンドルを握っている六花に言う。
「全員、運動精度がかなり向上している。そのぶん、エネルギー消費が激しい。『ワダツミ』に到着する前に、糧食が尽きることはないだろうが……。全員の疲労度をチェックして、休息サイクルを組み直したほうがいいかもしれない」
「了解。――でも正直、あなた方があの速さでアズラエルタイプを討伐するとは、さすがに思っていなかったわ」
アズラエルタイプは、現在確認されている中位種の中で、最大最強の種だ。
優秀なハルファスであれば単独での討伐も不可能ではないが、相手は無数の強靱な触手と驚異的な回復・再生能力を持っている。
単独で倒すにはあまりに時間と手間がかかるため、『ラオデキア』の戦闘マニュアルでは、アズラエルタイプ一体に対し四人以上のチームをぶつけることとされていた。
そうだな、と壮志はうなずく。
「やってみたら、できた」
六花は苦笑した。
「簡単に言うわね」
「簡単すぎて、驚いた。これが、フェンリルとともにあることによる一過性の興奮状態によるものなのかは、まだわからないが――」
壮志は、アズラエルタイプの頭蓋を砕いたばかりの右手を、じっと見つめる。
「――フェンリルがそばにいる限り、おれたちはどんな敵とも戦える。戦って、勝てる。根拠はないが、そんな気がしている」
そんな彼を、六花はちらりと横目に見た。
「ねえ、壮志。ひとつ訊いていいかしら。あなた方『フォーゲル』は、育て親の研究者に対する服従度がとても高いわよね」
「六花。育ての親とフェンリルのどちらを選ぶ、という質問ならするだけ無駄だ。おれはもう、『ラオデキア』という巣を出てここにいる」
一瞬目を瞠った六花は、くすくすと笑った。
「巣立った鳥は、もう親鳥を必要としない?」
「その通りだ。『ヴォルフ』のおまえは、知らなかったのかもしれんがな。過去の臨床結果では、概ね十八歳前後で『フォーゲル』の育て親に対する服従度は一気に落ちる。成体になったあとの服従度は、むしろおまえたちのほうが高いだろう」
淡々と告げ、壮志はアイスブルーの瞳を頑丈な板金で隔絶された後部座席に向ける。
「おれはまだ成体ではないが、すでに巣を出てフェンリルの群れを形成している。育て親への服従傾向は、その時点で消滅した。――それでおまえは、本当はおれに何を訊きたいんだ?」
「ご期待に沿えなくて申し訳ないけど、単なる興味よ」
さらりと返した六花の横顔に、壮志は怪訝な目になった。
「おまえが『ヴォルフ』以外の相手に、興味だと?」
「そう。今のわたしは、あなたと陽人、そして芽依にとても興味があるの。フェンリルが完全な成体になるまでは、冬騎を『ヴォルフ』のセカンドとして扱うつもりはないから」
壮志の細い眉が、わずかに寄る。
「『ワダツミ』派遣任務が終了したら、このチームは解散だ。なのになぜ、おまえがおれたちに興味を抱く必要がある?」
「……ねえ、壮志。『ワダツミ』って、日本古来の海の神さまのことなんですって」
突然わけのわからないことを言い出した六花に、壮志は困惑した。
「なんだ、いきなり」
「不思議なのよね。『ワダツミ』には、『ラオデキア』とほぼ同数のハルファスが配備されてる。海上自衛隊の人員や装備も相当のものよ。なのに、収容されているネイティブの人数は『ラオデキア』の五分の一にも満たないわ」
それがどうした、と壮志は首を傾げる。
「『ワダツミ』を統括・管理しているのは、海上自衛隊だ。陸戦が不得手な彼らの元に収容される人数が少ないのは、別におかしなことじゃないだろう」
「まあね。じゃあ、そもそもなぜ『ワダツミ』を統括・管理しているのが陸上自衛隊でも、航空自衛隊でもないのかしら。ネフィリムのほとんどは、地上か空にしか出現しないのに」
多種多様な姿を持つネフィリムだが、水中でも問題なく活動可能なのは、一般種のハルワタートタイプ一種のみ。
ほかのネフィリムも、短時間であれば水中でも活動可能だ。
だが、その運動精度は著しく減少するし、場合によっては溺れることもある。
人類の活動圏が地上である以上、水棲タイプのネフィリムが一般種一種のみというのは、当然といえば当然だ。
六花は、握ったハンドルを指先でとん、と叩いた。
「護衛艦の運用のため? それじゃあ、あれだけのハルファスを抱えこんでいる理由にはならない。わたしたちは、海上で戦うように作られていない。一般種のハルワタートタイプなら、護衛艦の艦砲だけで充分対処可能だもの。海で人類を守るために、わたしたちは必要ないわ」
彼女の横顔を見つめるアイスブルーの瞳が、すっと細まる。
「それは、『ワダツミ』が人類を守るために造られたシェルターではない、ということか?」
「どうかしらね。少人数とはいえ、ネイティブたちを収容・保護している以上、元々それだけの設備はあったのでしょうし。ただ――」
六花は一度言葉を止め、それから一段低めた声で続けた。
「この一年で、わたしたちは『ラオデキア』周辺のネフィリムをほぼ駆逐したわ。後半、フェンリルの力を頼ったとはいえね。でも、この三浦半島はいまだにネフィリムの巣窟よ。『ワダツミ』は、所属しているハルファスたちを、周辺区域のネフィリム討伐に使っていないのだと思う」
人類を守って戦うために生み出されたハルファスが、海を統べる神の名を持つシェルターに多数配備されている。
そして、彼らが陸上で戦っている痕跡はない。
壮志は、はっきりと顔をしかめた。
「……専守防衛? 『ワダツミ』を守るためだけに、それだけのハルファスが配備されているっていうのか?」
「おそらくね。……そこまでして、彼らは一体何を守っているのかしら」




