上位種
「――先遣隊が、全滅?」
横須賀のシェルター『ワダツミ』へのフェンリル派遣が決定してから、三日が経つ。
派遣チームのリーダーを任じられたのは、『ヴォルフ』のトップを務める六花だ。
ネフィリム対策研究室極東支部の最高傑作と称される彼女は、実戦における個人討伐数こそ目立ったものではないが、その統率力と状況判断能力は群を抜いている。
彼女が率いる『ヴォルフ』は、個人技に頼りがちな他チームに比べ、実戦での人員及び装備の損耗率が極めて低いらしい。
そのため、今回『ラオデキア』の精鋭を集めて編成した『ワダツミ』派遣チームのリーダーに彼女が選ばれたときも、異論を挟む者はいなかった。
(なんか、スゲーよな……。黙っていりゃあ『天使ですかッ』って聞きたくなるレベルの超絶美少女なのに、めっちゃ強くて頭もいいとか。基本的に無表情なのは、ちょっと怖いけど)
拓己は幼い頃から沙弥という美少女とともに育っていたため、一般的な青少年よりもかなり美少女耐性があると思う。それでも、常に凜とした空気を崩さない六花は、同族であるヴォルフ以外には、どこか一線を引いた印象があった。
拓己に対しては、彼が『人類の希望』であるからか、非常に丁重に接してくれるけれど、いまだに気安い関係を築けているとは言い難い。
ついそんなことを考えてしまったのは、『全滅』という言葉の意味を理解したくなかったからだろうか。ぐっと、冷たくなった指先を握りしめる。
(……それだけヤバいタイプが、『ワダツミ』までのルートのどこかにいるってことだよな)
今回の『ワダツミ』行きの主なチームメンバーは、『ヴォルフ』のセカンド冬騎、『フォーゲル』のサード壮志、『レオパルト』のセカンド芽依、『レーヴェ』のファースト陽人。
彼らはそれぞれ『ラオデキア』トップクラスの実力の持ち主であり、陸上高機動車の運転技術にも優れているという。
二台の高機動車で『ワダツミ』への最短距離を突っ切る予定だったのだが、数時間後に出発を控えていた彼らのもとに、先遣隊全滅の報が入った。
広々とした待機室で、ルートの最終チェックを待っていた仲間たちがざわつくのを、六花が軽く右手を挙げるだけで制する。
報せを持ってきたのは、陸上自衛隊の制服を着た壮年の男性。
六花たちが幼い頃に、近接戦闘の基礎を叩きこんだ教官でもあるという彼の名は、三隅裕吾。階級は准尉だ。
彼は机上に広げた地図で先遣隊のロスト地点を示しながら、よく響く重い声で状況を説明する。
「先遣隊六名は、対ネフィリム甲一種装備だった。アズラエルタイプが相手でも、全滅する前に現場を離脱し、シェルターに帰投することは可能なはずだ」
六花が、軽く柳眉を寄せた。
「わたしたちの進行方向に、アズラエルタイプ以上――上位種のネフィリムがいる、と?」
「そうだ。『イスラフィールタイプと遭遇』という報告を最後に、先遣隊の反応がロストした。もし彼らの報告が正しければ、とんでもない大物が潜んでいたことになるな」
イスラフィールタイプ、と拓己は呟く。
この一年、崩壊してしまった今の世界を知るために、いろいろなことを学んできた。
――『彼』の残した研究データから推定されるネフィリムの総種数は、54種。
ザピエルタイプやサムキエルタイプのような、小型の一般種32種はすべて確認されている。
これらは生命力と再生能力はまさしく化け物レベルだが、攻撃力と反応速度は野生の猛獣程度のものだ。戦闘訓練を受けた通常人類が、ネフィリム用に開発された武器を所持していれば、問題なく対処できる。
攻撃力・反応速度・生命力・再生能力のすべてが一般種よりも遙かに高く、ハルファスでなければ対処不可能な中位種は、16種。
そのうち12種が確認されており、中でも最も数多く人類に目撃されているのが、無数の触手で獲物を捕食するアズラエルタイプである。
アズラエルタイプは中位種の中で最大級の巨躯を持ち、複数の個体が集まれば、シェルターの隔壁を越えることも不可能ではない。
そして、最も危険なのが、桁外れの巨躯と攻撃力に加え、一般種や中位種を支配する能力を持つ6種の上位種。
ネフィリムは基本的に、同種のみで群れを形成する。
だが上位種は、中位種以下のあらゆるネフィリムの頂点に立ち、種を越えた巨大な群れを形成することが可能なのだ。
その中で、これまでに人類が遭遇しているのは、セラフタイプ一種のみ。
アメリカ西部で確認された巨大な人の胴体を持つそれは、六枚ある翼のうち二枚で頭部を隠し、二枚で下肢を覆い、残りの二枚で空を飛びながら人間たちを次々に捕食していったという。
群れを形成する数百体ものネフィリムとともに、辺り一面を血の海に変えたそのセラフタイプは、いまだ討伐されていない。
ほか五種の上位種については、今まで目撃情報すら確認されていなかった。
あまりにも強大な力を持つ存在であるがゆえに、上位種に変容できた者が、そもそもごく少数であったということなのか。それとも、上位種に襲われた人類が、ことごとく彼らに捕食されたからなのか――。
いずれにせよ、今後上位種のネフィリムが確認されることがあるとすれば、どこかの大陸であろうと考えられていた。
だが、その上位種のひとつであるイスラフィールタイプが、この日本で確認されたという。
少し考える素振りをした六花が、口を開く。
「了解しました。――先遣隊ロスト地点を迂回するルートを選択した場合、『ワダツミ』到着が最低でも八日は遅くなります。このままのルートで、イスラフィールタイプを排除。『ワダツミ』に向かいます」
「そうか。……おまえたち以外に、イスラフィールタイプを討伐できる者はこの国にはいないだろう。上位種が生きている限り、いずれにせよ我々に未来はない。自分の力と仲間を信じろ。おまえたちは、我が国最高のハルファス部隊だ。訓練通りにやれば、必ず任務をまっとうできる。――全員、生きて帰ってこい」
「はい!」
三隅の命令に六花たちが敬礼を返したのを機に、拓己は軽く右手を挙げた。
「えっと……すいません。その、イスラフィールタイプ? について、聞きたいんですけど。もしかして、なんかうるさいタイプだったりします?」
イスラフィールタイプがネフィリムの上位種であることだけは知っているが、その能力などについては把握していない。
今の話し合いの中で、先日夢の中で沙弥が言っていたことを思い出し、自分でも半信半疑で向けた問いかけに、三隅が驚いた顔になる。
「ああ。イスラフィールタイプの特性は、彼らの持つ特殊な声帯による音響攻撃だ。人間の集中力を、著しく減退させる周波数の音を発して獲物の動きを鈍らせ、捕食するという。よく知っていたね」
(マジかよ)




