第91話 昼食後の可愛いイタズラ
昼食は、学園の生徒であれば、学園の食堂で好きなものを食べることができる。俺の好物である肉料理はもちろん、クリスが好きな野菜のサンドウィッチもあるらしい。食堂は、手前側が一般生徒用のスペースとなっており、奥にある階段を数十段上がった場所に、皇族と生徒会の人間が使えるスペースがあって、そこにはメニューが置いてある。
「レオンくん、お肉あるよ! ステーキ五百グラムもできますって。五百グラムって、どれぐらいなんだろうね?」
「くくっ、そうだな。いつも一皿に二百グラムぐらい乗っていることが多いから、倍以上の大きさだな」
「レオンくんはいつも三皿食べるから、それよりはちょっと少ないぐらい?」
「そうだな、それぐらいだろう」
俺とクリスの会話を笑顔で聞いている他の者たちも、うんうんと頷いている。ウィルなんてデレデレじゃないか。まあ、クリスの言動は可愛らしいから仕方ないな。
「俺はその『ステーキ五百グラム』にするぞ。クリスは決めたのか?」
「ウィルと話し合って決めるよ。半分こして食べるんだ」
えへへと可愛らしく笑うクリスに、双子もアリシア嬢も優しく何度も頷く。ウィルは真剣に何を頼むか考えているようだ。
「あのガキ、どうしてやりましょうか」
不意に耳へ飛び込んで来た会話は、階段の下から聞こえて来た。この皇族が食べるためのスペースは、本来なら階下の声は聞こえて来ない。階下がザワザワしているのが分かる程度なのだ。要は、この話は俺にしか聞こえていないということだな。
「やめとけ、イーサン。お前じゃ返り討ちに遭うだけだ」
あぁ、ヘンリーもいるんだな。この二人は仲が良いのだろうか。性格なども正反対の二人に見えるのだがな。
「あのガキ、そんなに強いんですか?」
「殿下の護衛として入学したらしいからな。それなりの手練れしか護衛にはつかないだろ。皇太子殿下の護衛が、たった二人しかいないんだから」
「なら、ガキじゃなくて殿下を狙えば、ガキが殿下を庇うんじゃありませんか? 襲撃が失敗しても、成功しても、護衛が仕事をしていなかったと言えますよね!」
「おい、食堂でそんな話をするなよ。お前、分かっているのか? 尊い御方を狙っているなんて知れたなら、不敬だと斬り捨てられても文句は言えないんだからな」
「あ、はい。迂闊な発言でした」
「お前のためにも、手荒な真似は止めておいたほうが賢いとだけ言っておく。昔と違って、お前が何かやらかしたとしても、助けてやれないんだからな? ちゃんと自分に責任を持って行動しろよ」
ほぉ。イーサンは昔から色々としでかしていたようだな? その度にヘンリーが知恵を絞って助けてやっていたのだろう。
「は、はい……。(やっぱりコイツは腰抜けだな)」
後半、ボソッとヘンリーに聞こえないように悪口を言ったイーサンは、やはり嫌な人間のままだな。数年前からまったく成長していないようだ。これまで助けてくれていたヘンリーの悪口を、本人には聞こえないように漏らしたことからも、彼に感謝しているとは思えない。イーサンの性格の悪さが垣間見えた。
「レオンくん! ステーキ来たよー!」
「ん? ああ、動いて腹が減ったからな。しっかり食うぞ」
どうやら一般生徒と違って、この席なら動かずとも料理が運ばれて来るらしい。皇太子や皇族の人間が、わざわざ買いに行くのにもリスクがあるからだろう。ここで注文すれば、誰がどれを食べるか分からない。だからと言ってすべての料理に毒を入れたなら、匂いですぐにバレるだろうしな。
「レオンくん、何かあったの?」
「ん? いや、特に何でもないぞ。一般の生徒とは関わったことがほとんどないからな。何を話しているのか階下が気になって、どんな会話をしているのか、聞き耳を立てていただけだ」
「そっか。じゃあ、冷める前に食べようね」
「あぁ、そうだな。『いただく命に感謝します』」
俺は肉を大きめに切り分け、バクバクと食べ始めた。クリスは安心したのか、食事の前の祈りを捧げてからサンドウィッチに齧りついていた。
★★★
「腹いっぱいになったぞ。パンが食べ放題なのが素晴らしいな」
「ふふっ、良かったね。レオンくん」
「みんな食べ終わったね。そろそろ動けそうかな? 次も訓練場だから、ゆっくり移動しようか」
ルシアンが立ち上がり、アリシア嬢の椅子を引いてあげていた。スマートなエスコートだな。それを見ていたウィルが、クリスの椅子を引いてあげた。笑顔でお礼を言われたウィルが照れている。
「ラウル様、ルシアン様。学園長がお呼びだそうです」
食堂を出た瞬間に、恐らく事務員であろう男から声をかけられた。双子は顔を合わせてから「分かった」と答える。
「アリシア嬢、一緒に来てもらえるかい?」
「え? ええ、必要であれば。クリス、殿下、レオン様。訓練場までの道は分かりますか?」
「うん、分かるよ姉様! またあとでね!」
「ええ、またあとでね、クリス。レオン様、よろしくお願いします」
アリシア嬢が丁寧に頭を下げた。とても美しい所作だな。
「ああ、分かっている」
双子たちと別れて訓練場へ向かう道すがら、イーサンの魔力が膨れ上がったのを感じた。これは強い殺気だな。結局は、ヘンリーの助言を聞かずに突っ走ったか。
「クリス」
「うん、分かってるよ」
「?」
俺らの会話に「何だろう?」と首を傾げながら前を行くウィル。俺たちを信じてくれているからか、何があっても怯まないウィルは堂々と訓練場に向かって歩いて行く。
「バシャ――――――ッ!」
ウィルに向かってバケツの水が落ちて来た。クリスは右手をひらっと振っただけだったが、ウィルはもちろん、俺たちの上にもシールドを張って難なく水を防いだ。
「チッ!」
小さな舌打ちの音と、遠ざかっていく足音。イーサンはすぐに現場から立ち去ったらしい。
「クリス、ありがとう。いたずらかな? キレイな水を使ってるみたいだし、幼い僕たちをからかっただけなのだろうね」
「可愛らしいな。この程度なら、冗談で済ませられるだろう」
「そうだね。魔法や刃物を使われない限り、可愛いイタズラで済ませようと思っているよ」
ふむ。ウィルは器がデカいというか、皇族として立派な人間になりつつあるな。権力を振りかざすだけでは解決できないことも多々ある。それを知っているのだろう。
「ふふっ、ウィルは優しいね」
「優しい男はカッコ良くない?」
「ううん、カッコ良いと思うよ! じーちゃんがね、強い人間は人に優しいんだって言ってたよ!」
「そうなんだね。僕は大事な人たちには特に優しく在りたいと思うよ」
にっこりと笑って見せたウィルは、クリスに『カッコ良い』と言われたいようだな。男の子を口説くわけにもいかないから、点数を稼ごうと思っているのだろう。健気なヤツだ。
そんな会話をしながら歩いていると、後ろに双子の気配がした。
「殿下、クリス、大丈夫かい?!」
慌てている双子たちは、水とバケツを弾き返した時に出た音に驚いて来てくれたようだ。金属のバケツだったからな。ただ跳ね返しただけだが、地面に叩きつけられた音が驚くほど大きくなったのだ。
「あぁ、可愛いイタズラだったよ。クリスが守ってくれたし、全く問題ない」
ウィルに言われると過保護な双子も黙らざるを得ない。ウィルが問題ないと言えば、大変なことだったとしても、それは可愛いイタズラで終わるのだ。
「クリス、殿下。学園長がオヤツにとクッキーをくださったから、訓練場に着いたらつまみませんか?」
アリシア嬢が空気を変えるためか、バッグからクッキーの入った包みを取り出して開けた。とても甘い匂いに、クリスとウィルはテンションが上がる。
「わぁー!このクッキーはジャムが乗ってるよ、ウィル!」
「そうだね、クリス。とても美味しそうだ。早く訓練場に行こう」
クリスとウィルが訓練場に向かって走り出すが、少し走って立ち止まった。アリシア嬢がクッキーを持っているのだから、自分たちだけ辿り着いても食べられないことに気づいたらしい。
「姉様、早く早く!」
「ふふふ、今行くわ」
手招きするクリスが可愛くて悶絶している双子を置いて、アリシア嬢も走り出した。仕方ないから俺もついて行くか。
訓練場に着いたら水魔法で手を洗い、ちゃんと座ってからクッキーを食べ始める二人に、先に来ていたクラスメイトたちの「お坊ちゃんどもめ」というような発言があちらこちらから聞こえたが、実害がないので放っておく俺たちなのであった。
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