第92話 武術の実技試験
次は武術の試験だろう。これが最後になれば良いのだが。我々の魔法と剣術の実技試験の結果に、納得していない人間がいるだろうからな。ウィルはもちろん、クリスもクラスの上位というか、現時点では2人がトップだ。
「武術の試験は、並び順では本気が出せまい?そうだな、そこのお前!昨年の武術を専攻していたよな?まずはお前が胸を貸してやれ。手加減するんじゃないぞ?くくくっ」
「なっ!無理です、アボット先生。俺たちは弱い者に手を上げた瞬間に、師匠から追い出されてしまいます!」
「はぁ?それは先生に命令されたと言えば良いだろう?これは、命令だ!有無は言わせんぞ!」
正論を述べた生徒に、悪事を強要している教師にしか見えないアボットは、どうやらクリスの敵に認定されたらしい。普段であれば温かさを持つ柔らかなイメージの瞳が一気に冷め、冷ややかな目つきでアボットを見つめている。
「ねえ、ウィル。この先生、父様みたい。きっと、自身はとても弱いんだね」
いつもより低い声でボソッと呟いたクリスに、ウィルが苦笑いしている。あれから2年経ったとはいえ、まだクリスの心は傷付いたままかも知れないと、皆が避けていた話題なのだがな。どうやら、父親のことは吹っ切れているようで安心したぞ。
「クリス!煽っちゃだめでしょう?」
アリシア嬢が慌てて小声で注意しながらクリスを抱き寄せる。彼女はちゃんと叱ってくれる人間のようだな。
「アリシア嬢、今回は好きにさせてやってくれ。クリスは、このタイプの人間が嫌いみたいだな」
「そうだね、レオン。うーん、仕方ないなぁ。コーダくん、本気で大丈夫だから、クリスと手合わせしてやってくれるかい?手を抜いちゃだめだよ?ケガするからね」
ほぉ、あの武術を専攻していた男はコーダと言うらしい。師の教えが良いのだろう、自分より弱いと思う者に攻撃しない姿勢も、立ち姿や対応もきちんとしているからか、俺としてはとても好感を持てる。
「え?本気ですか?ラウル先輩」
「うん、大丈夫だよ。クリスは私たちと練習して来たから、君とならそれなりにやり合えるだろうからね」
「本当ですか?では、是非、手合わせをお願いしたいです!」
強い者と戦いたくなるのは、強い者の運命なのだろうか。ウキウキと前に出て来るコーダは、目が輝いている。
「うん?よく分からんがやる気になったか、コーダ。それでは殿下は少々お待ち下さい。貴方の護衛が先に危険が無いか確認しないと、ですからな?ひひひっ」
底意地の悪そうな顔で楽しそうにしている教師を見て、溜め息を吐いたウィルが、クリスに耳打ちする。
「はぁ……クリス、先生に胸を借りたらどうだ?」
「ウィル、それでも良いけど……ボク、先生には手加減出来ないと思うよ?」
「「だよなー」」
ウィルは苦笑いで頷き、双子も同調したな。こそこそと話す俺たちをよそに、イライラし始めたアボットは、強めの口調でクリスに出て来るよう促した。
「ほら、出て来い!何をこそこそしているんだ?話し合った所で、小僧がボコボコになる未来は変わらんだろうがな!はははっ!」
「こぞう?」
「クリス、気にしなくて良い。そんなことより、コーダくんは皇都の大きな大会で活躍していたよ。きっと学ぶことがあるだろうから、胸を借りるつもりで行っておいで」
「うんっ!」
クリスは軽やかな足取りで、訓練場の中心にいるコーダの下へ向かう。
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしく……」
お?コーダが少し仰け反ったぞ。クリスの威圧感と、隙のない構えに驚いたのだろう。少し苦笑いして構え直したコーダは、一瞬で真剣な顔付きになった。
「始め!」
「え?消えた?」
始め!のかけ声と同時に、クリスが高く飛び上がったな。あまりに速い動きだったからか、我々以外には見えていないようだ。コーダはまだ気がついていない。クリスは少しだけ気を放ち、コーダに「上から狙うよ」と合図をした。このまま殴りかかったら、ケガをさせてしまうと思ったのだろう。
「なっ!」
クリスの放った気に、慌てて対応するコーダ。連打して見せるクリスは、かなり軽めに攻撃している。ただ、手数を増やしているから、見た目は派手にやり合っているように見えるのだ。
「そんな軽い攻撃では、コーダは倒せないぞー」
数分間打ち合っているにも関わらず、決着がつかないことに苛ついたアボットがクリスを煽る。それを聞いたコーダが大きな声で、「参りました!降参です!」と叫んだ。
「はぁ?何を言っているんだ、コーダ!全然余裕だっただろう?なぜ降参なんて――――」
「先生!俺は本気で挑みました!師匠に恥じることはしていません!彼は、俺に温情をかけてくれたのですよ!?上から攻撃することに気がついていない俺に、わざわざ気を放って教え、攻撃もわざとダメージを受けないようにしてくれていたのです!彼が本気で攻撃して来ていたら、俺は大怪我では済まなかったかも知れない!」
「はぁ?そんな小僧にすら勝てないなんて、お前の師匠もたかが知れてるな」
「なんだと!師匠をバカにするなんて……許せない!」
アボットに手を上げようとするコーダの前に、クリスがすかさず滑り込み、攻撃をキレイに受け流す。コーダは何を思ったのか、クリスに連打を浴びせる。
「おらおらおらおら!」
凄い勢いに見えるが、コーダは無駄な力が入っていて大振りで、クリスはコーダの攻撃を、全て踊るように受け流して見せた。美しく舞うクリスに、クラスメイトたちは口を開けて魅入っているようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ――っ!」
膝に手を置いて、ゼイゼイと肩で息をするコーダは楽しそうだ。大汗を掻きながらニカッと笑ってクリスに話しかける。
「君、凄いね!はぁ、はぁ。俺はこんなに息が、切れてるのにっ、君は平気なんだろう?是非、君の師匠の名前を教えてくれないだろうか?俺の師匠に、練習試合をしてもらえないか頼んでみたい」
「ん?ボクの師匠?えっと、『武』の辺境伯だから、オベールだよね。ボクの師匠は、ジョセフ=オベールです」
クリスが武術を習ったのはジョエルなのだが、『武の辺境伯』はジョセフとなっているから、考えて間違えないようにしっかりと答えたのだろう。双子がそうそうと頷いている。
「おい、お前っ!オベール辺境伯閣下を呼び捨てにするとは何様だ!?」
ん?今度は爺さんを呼び捨てにしたことに文句を言い出したな。アボットは、クリスにいちゃもんをつけたいだけなのか?あーあ、やめておけばいいのに、クリスに手を伸ばしたな。当然、クリスは先生の手は振り払うことが出来ない。ガシッと胸ぐらを掴まれたクリスは、苦笑いした。あぁ、到着したのか。
「おや?クリスよ、何があったんだい?学園の教師に胸ぐらを掴まれるなんて珍しいよな、ジョエル……おい、クリスが浮いてないか?」
クリスは服が伸びるのを懸念したらしく、アボットの腕を掴んで、服が伸びないように体を浮かせていたのだ。「あっ」という顔をしたクリスに、ニヤリと笑ったのはジョエルだな。
「確か……アボット先生、でしたかな?うちのクリスが、何か粗相でもありましたか?」
「うちの?」
「ええ。クリスは私の教え子ですから、うちの子ですな?」
「な、なんと……本当でしたか」
「ん?なぜクリスが嘘を吐く必要があるんでしょうかね?まだクリスの実力を御存知無い?」
「え、ええと、いいえ……」
「ふむ。これは実践して見せた方が早そうですな?ジョエル、荷物をお願いしますよ」
「ああ、ジョセフ。年なのだから、無茶はするなよ?はははっ」
なんだ?爺さんたちは何をする気なのだ?
「クリス、おいで。久々にじーちゃんと模擬戦をしよう!」
「わーい!じーちゃん、ボクから行くね!」
「おう、しっかり急所を狙うんじゃよ!」
「はぁっ!」
おー、我々にはいつも通りではあるのだが、砂埃が凄くてどんどん2人が見えなくなって来る。「ババババババシッ!ババババババシッ!」と先ほどのコーダとの手合わせは、かなり手加減していたのが分かる。今は音でしか分からないが、スピードだけでも先ほどの倍以上だろう。
「これでは本末転倒じゃろうて。クリス、ジョセフ!会場を作るぞ!」
「「はいっ!」」
瞬間で2人の足元にも結界が張られたことで、砂埃が舞わなくなった。一般生徒の前にも壁を作られたことで被害が出ないと分かった2人は、訓練場の広さをいっぱいに使って戦っていた。見せたいのに見えなくなっては困るからな。流石はジョセフ、魔法を使わせたらピカイチだ。
「ドドドドドドンッ!ババババババシッ!」
何とか目で追えるギリギリのスピードなのか、クラスメイトは必死に目で2人の動きを追っていた。
「おお、スピードも力加減も前より良くなっているな、クリス!」
「本当?!ウィルやレオンと毎日対戦してたからかなぁ?」
「ほほほ、明日からはアリシア嬢とも訓練すると良い。色んな人と手合わせすると、戦術の幅も広がるからな」
「うん!姉様とも手合わせしてみたいと思ってたよ!でも、ボクはじーちゃんとも手合わせしたいから、もっと沢山遊びに来てね?」
「おぅ!嬉しいなぁ、クリス。もう少し落ち着いたら、また遊びに行くからな!その時に、新しく作った魔道具を持って行こうか」
「うんっ!楽しみにしてるね!」
普通に会話しているように見えるが、実際に会話の途中には「ババババババシッ!」という手合わせしている音が聞こえている。あれだけの動きをしながら、息も切らさずに手合わせし続けているのだ。流石にアボットも理解したらしく、呆然としたまま膝から崩れ落ちていた。
「やめっ!」
バッ!と2人が瞬間的に離れた。ジョセフの爺さんの合図は絶対なのだ。辺境伯では、必ず誰の言葉を重要視するかが決まっている。ジョセフが絶対で、ジョセフが居ない時はジョエルだ。これは、辺境伯の人間なら体に染み込んでいるレベルで反応出来る。
「ラターナ卿、ありがとうございます」
爺さんの後ろから現れたのは学園長だ。ジョセフが気配を消してやっていたから、学園長が最初から見学していたことにも気づいていなかったようだ。
「が、学園長。ち、違うのです!私は……」
「レオン様、よろしいですか?」
学園長はアボットを無視して、俺の方に体ごと向ける。
「あぁ、これだ」
俺は学園長に、この場に着いてからの全てを記録した、『動画機』を手渡した。何を言っても無駄だと理解するだろう。
「あ…………」
「これを御存知のようですね?アボット先生。この場に到着してから今までを記録してくれています。このあと、一緒に確認しましょうか。この記録の内容次第で、今後を決めたいと思います。よろしいですね?」
「そ、そんなっ!ちくしょう!この小僧のせいだっ!」
クリスに向かって大きく拳を振り上げたアボットは、ステーンと転んだ。クリスが転ばせたのだが、クリスは知らんぷりをしている。アボットが立ち上がる度に、ステーンと転ばせる。他人のせいにして自分を正当化する人間を、クリスは毛嫌いするらしい。
「くくくっ、し、失礼。誰だか分からないが、もうやめてあげなさい。小さな子をイジメるのが許せなかったのだろうが、ここからは学園長が正しい判断をしてくださるはずだ」
クリスがやっていると分かった上で、小さな子がやっていないと言っているな。さすがはジョエルだな。
「皆さん。本来、武術は試験がありません。体格や技術力によって、大きな差が出やすいからです。全員が紳士的に手合わせをするとも限りません。ですのでケガをしやすいこともあり、やりたい者だけが極められるよう、訓練場はいつでも開放しています。今後も、武術で試験をすることはありません。学園では、生徒の皆さんが安全に生活できる環境を整えることに力を入れているので、今後は安心してくださいね」
特に女子たちは一斉にホッと安心したようだ。今回は、結果的に訓練している者が手合わせしたから怪我人が出なかっただけだからな。クリスとコーダでなければ、きっと怪我をしていただろう。お互いの力量を計れるからこそ、クリスは手加減し、コーダはそれを理解して受け入れていたのだ。
「試験の結果はバッジでも分かりますので、皆さん帰宅しても大丈夫ですよ。飛び級の3人と、転入生のルシアン様は、担任の先生の所へ顔を出してくださいね。それでは解散!」
俺たちは顔を見合わせて頷いた。7年生Sクラスの教室へ戻り、担任の下へ向かうのだろう。何も言わなくても、ウィル、クリス、双子、アリシア嬢、そして俺はクラスへ足を進めたのだった。
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