第75話 すれ違う心と、我の本音 ★レオン SIDE
ウィルと共に辺境伯領へ来た日の夕方。我らは晩飯を腹いっぱい食べて、クリスが気に入っている森の近くの小川へ散歩に来ていた。満腹で動きづらい俺は、草むらにゴロンと寝転んだ。夕方とはいえ、まったりする時間ぐらいはあるだろうからな。
「はぁ――――――」
「ウィル? どうしたの?」
小川を眺めて何やら考えていたウィルが、大きなため息を吐いたことで、クリスが心配そうに声をかけていた。
「あぁ、クリス。実はね、僕には愛する人がいるんだけど、まだ会えないんだって。会わせてもらえないと口説けないのにな……」
「愛する人? ウィルは、その人と結婚するの?」
「その子が僕を選んでくれたら、婚約を許してもらえるんだ。でも、まだ一度しか話したことがなくてね。だから、まだ結婚できるかは、分からないかな」
いきなり、我が聞きたくない類の話が始まったな。仕方ない。ここは寝たフリをして、気にはなるから話だけはこっそりと聞いておこう。
「へぇー。ウィルは結婚したいんだね?」
「あぁ、もちろん。クリスは結婚したくないのかい?」
「うーん。そうだね? 許されるなら、したくないかなー。上位貴族だから無理だと分かってはいるんだけどね。人を……家族すらも平気で虐げ、傷つける父様を見てきたから、その印象がまだ強くって。(相手が)そうならないとも限らないから、怖いんだ」
なんと、今は結婚もしたくないのか。普通なら、女の子の憧れなんじゃないのか? あの男の存在が、腹が立って仕方ない。逆に、ウィルがここまで結婚に前向きだったのが驚きだ。皇太子だからこそ、早めに婚約者を決めたいのもあるのだろうが。
「そうか……クリスはしっかりしているから大丈夫だと思うけどな。それに、今後のことは分からないだろう? クリスも本気で人に惚れることがあれば、きっと結婚したいというか、一緒にいたいと思うんじゃないかな」
ん? 少しズレてないか? クリスは自分のパートナーが父親のような人間だったら嫌だと……結婚してから変わる人間もいるから、婚約期間が長かったとしても分からないものだと、双子たちと話していたから、そういう言い回しになったのだろう。
ウィルの言い分としては、クリスはそんな大人にならないと言っているもんな? まぁ、ウィルはクリスが女の子だと知らないから、本人のことだと思うのは当たり前なのだが。
「そうなのかなぁ? ボクにはまだ分からないや。でも、お祖父様とお祖母様の関係を羨ましく感じることは、確かにあるけどね」
「あぁ、そうか。僕は、父上と母上が仲睦まじいから『夫婦』と言うものに憧れがあるのかもしれないな」
「なるほどね。ボクの場合は結婚するとしても、お祖父様や帝国の上層部の人が相手を連れてくるんだろうと思うけど……」
クリス……貴族的な考え方ではあるが、夢がないな。嫌いとまではいかなくても、苦手な人間にでも尽くしそうで心配だな。ふむ……そうであれば、ウィルに口説き落とされた方が幸せにはなれそうだ。だが、結婚……まだ先の話だよな? うーむ……。
「あぁ、確かにそうなりそうではあるよな。クリスの持つ力は、帝国の外に出したくないだろうから、帝国内で同等の家柄の人間と婚姻を結ぶのだろうな」
「じゃあ、公爵家か侯爵家辺りかなぁ?」
「そうだなぁ。皇族には(女の子は)いないもんな。公爵家は一人いたよね。ロドリゲス公爵家はお取り潰しになったからカウントされないし」
今現在、確かに一人いるのだが、女の子は行方不明になっているはずのクリスティアーナだ。男の子はティアの兄であるジョバンニ。双子の兄が生きていることは話してはならないと爺さんに言われているクリスは、公爵家の男の子がジョバンニ一人で間違いないと思ったようだ。そんなこんなで、内容はチグハグなのに、何故か上手く噛み合ったように会話が成立しているな。
「クリスは結婚なんてしなくて良い。俺が一緒にいてやるからな」
二人とも勘違いしているなら、そのままにしておこう。我はクリスの結婚を急ぐ気はないからな。なんなら今からウィルを……世の男共を牽制しておいてもいいだろう。
「レオン、クリスの子どもなら、絶対に可愛くて賢い子が生まれると思うんだけどね? レオンなら、クリスの次の世代まで……なんなら、孫や曾孫であっても見守ってやれるだろう?」
「グッ…………」
一言で我を揺らがせるとは! やるな、ウィルめ。でも認めんからな? ウィルより良い男がいたならば、そちらがクリスに相応しいはずだ。まあ、今のところはウィルが一番良い男であることは認めてやろう。
「ウィルは当分、辺境伯領で暮らすんだって?」
聞きたくない話から話題を変えたくて、クリスが喜ぶであろう話をウィルに振ってみた。
「ああ。前回、皇太子のお披露目パーティーで、ロドリゲス公爵の身内から攻撃を受けただろう? 城の中は何やらバタバタする状況らしくて、僕の警護に集中するのは難しいらしい。クリスとレオンがいた方が安全だからと、ジョセフが辺境伯邸に部屋を用意してくれたよ」
「え? ウィルは何日も辺境伯邸にお泊まりするの? 明日も一緒に夕御飯食べたりできる?」
「うん、出来るよ。少なくとも五日間は辺境伯邸に滞在する予定だからね。勉強したり、狩りに行ったり、たくさん遊んだりしようね、クリス」
クリスの顔がパァ――――ッと明るくなった。先日から隣国へ行っている双子がまだ帰って来ないから、夕食は俺とクリスの二人で食べることが多かった。クリスは静かな食卓が苦手なのだろう。この前は、婆さんも一緒に食べようと誘っていたからな。
「良かったな、クリス。またコトラに乗って、森へ狩りに行こう。ギーニの素材を欲している者がいたよな」
「うん、そうだね。森のエルフの空間は安全だから、ウィルには良いかもしれないね。ウィル、森の『ヌシ』である、ギーニを狩ってみたい?」
「う、うん。クリスは三歳の時には一人で斃せたんだよね? 僕もソロで戦ってみたいかな」
「我が見ているから大丈夫だと思うが、一体だけだぞ? 辺境伯領の人間がほとんど皇都へ手伝いに行っているから、解体作業はクリスだけでやる羽目になるかもしれんからな」
「あ、そっか。でも、ギーニの解体なら一人でできるようになったから、三体ぐらいまではできると思うよ?」
「クリスは平気だろうが、ウィルはあまり得意じゃないと思うぞ」
「あ、そうだよね。皇子様が魔物を解体する必要ないもんね」
クリスに悪気はない。それはウィルも分かっているのだろうが、この年で何でもできてしまうクリスに、ちょっとだけ負けたくないという気持ちが出てきたようだ。
「僕も、解体をやってみたい……クリス、教えてくれるかい?」
「えっ? 無理しないほうが良いと思うよ?」
「何事も経験あってこそだと思う。大変な仕事に就いている人だっているのだと……見るだけでも大変だと思う辺境伯領での仕事を、少し深く体験できると思えば、きっと今後の糧になると……多分?」
ほお? ウィルは度胸もあるとジョセフは言っていたが、確かに皇太子としては柔軟な考え方と、普通はやりたがらない仕事を『経験』と割り切って行動できる姿は、好感を持てるな。世の男のどれほどの人間が、ここまでできるだろうな? それにこれは、クリスの仕事を肯定する行動でもあるからな。
「まあ、明日は朝から森に入ってギーニを狩り、解体が終わったら二体目を狩りに行けばいいんじゃないか? ウィルも、一体目で限界なら無理をして二体目を捌く必要もないしな」
「そうだね。ボクは慣れちゃって平気だけど、辺境伯領で働き始めたばかりの新人さんは、かなりの確率で胃の中のものを戻しちゃうから……ウィルも無理はしないでね。慣れる必要なんてないんだから」
「クリス、気を遣ってくれてありがとう。君が見ている世界を、僕も見てみたいと思っていたんだ。辛かったら残りはお願いすることになるかもしれないけれど、挑戦してみたいんだ。だから……よろしくお願いします」
クリスにしっかりと頭を下げるウィルには、『学ぶ意志』がしっかりあることが伝わって来たぞ。皇族は滅多に頭を下げないのだが、家庭教師など教えを請う場合には頭を下げる。皇帝になってからは国同士のいざこざでもない限り、頭を下げることなんてないだろうがな。
「うわぁ! ウィル、頭を上げてよ! ボクにできることなら何でも手伝うよ! ウィルはボクの、と、友達……でしょう? 友達には『お願い』しても、そこまで頭は下げないと思うから……ね?」
自分から『友達』だと言って照れているクリスが可愛くて、ついウィルと笑顔になってしまった。今は、そうだな。ウィルがこのまま努力を怠らずに成長したならば……ティアとの婚約を考えなくもないと、少しだけウィルを見直した我であった。
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