第54話 丸か四角か、三角か?
我は、クリスがわざとこちらに寄越した魔物を狩りながら、少しずつクリスの居る21km地点へと歩いて戻っていた。あまりにも撃ち漏らしが無いから、我は1人で居るのが退屈になったのだ。
同じく退屈だったからか、心配になったからか、爺さんと双子も様子を見に来たようだな。我が現状を説明してやろうかと思ったが、クリスを見守っていた森のエルフが説明してくれた様だ。
ん?あそこに人間が居るな?エルフが指を差して爺さん達にも教えてやっている様だ。お?ラウルが結界で弾いたな。捕えずに弾いているのは、触れられないのだろうか。
爺さんを小脇に抱えたエルフが浮いたな?エルフが飛行魔法を使った様だ。森のエルフは、森全体がテリトリーなのだろう。テリトリー内であれば、難しいと言われている飛行魔法なども簡単に使える様になるからな。
あぁ、なるほど。爺さんが、残り2人の人間の顔を見に行ったのか。手前に居た人間が知り合いだった様だな。随分近付いて来たから、双子たちの会話もハッキリ聞こえる様になって来たぞ。
それにしても爺さんは凄いな。あんな宙ぶらりんの不安定な体勢で、更にはあのスピードで飛んでも平気でいられるとは。ん?あぁ、痩せ我慢の様だな?エルフに下ろしてもらった瞬間、少しよろめいたな。まぁ、あのスピードで往復したのなら、弱音を吐かないだけでも凄いと思うけどな。孫たちの前で、祖父の意地があるのは分かるが、それにしても感心したぞ。
「クリス、双子が弾いている人間を結界に閉じ込められるか?触れられぬのか、困ってる様だぞ」
やっとクリスに声が届く場所まで近づけた我は、双子と爺さんがどうすべきか迷っているのが聞こえたからハッキリと伝えたぞ。爺さん達は、魔物を狩る邪魔になると思ったのか、クリスから50mほど距離を取っていた。凄い勢いで殲滅するクリスに、結界まで張ってくれとは言い難いのだろうな。クリスは魔物を狩る方に集中してしまっていて、双子たちが話している内容まで聞こえていなかった様だ。
「あれ?レオンくん、戻って来たんだね。あの人を結界に閉じ込めるの?どんな形の結界が良いかなぁ?」
「ん?形か?普通、結界ってのは丸いんじゃ無いか?」
「でも、それじゃあ運び辛くない?馬車に乗せて運ぶんだよね?きっと」
ほうほう、クリスは気が利くな。確かに揺れる荷馬車と丸い形は相性が悪い気がするな。丸は跳ねて転がる可能性があるが、角があれば跳ねたとしても転がりはしないだろう。
「なるほど、そうだな?爺さんに聞いてみるか。ちと待っててくれ」
『爺さん、結界に閉じ込める事は理解したのだが、どんな形の結界が良いのだ?クリスが、馬車に乗せるなら丸では無い方が良いのでは?と、言っているぞ』
『おぉ、確かにそうですな!荷馬車に乗せようと思っておりましたので、四角や三角の転がりにくい形がありがたいと伝えて貰えますかな』
『分かった。そう伝えておくぞ。ところで、森の奥に居た他の人間どもは、知っている者だったのか?』
『いえ。後の2人は、恐らく隣国の人間かと……』
『何だって?それはまた、面倒な事になりそうだな』
『はい……3人とも捕えましたら、急ぎ城へ連れ戻りたいと思います。首謀者が隣国の人間であった場合、陛下の指示を仰ぐしかありませんので』
確かに、捕らえる事に時間を割いている場合では無いな。この森は隣国と近いから、自国の人間が攫われたとあちらの国に騒がれたならば、この辺境伯領も何が起こるか分からない。何とか穏便に済ませたいと思うのは当然だろう。
『そうだな。結界に閉じ込めた後は任せて良いな?クリスに少し急ぐように伝えよう』
『はい、大丈夫です。よろしくお願いします』
「クリス、そなたの言う通り、四角や三角がいい様だ。荷馬車に乗せるから転がらない方が運びやすいらしい」
「あ、そう捉えたんだね。ボクは、持ち上げる時に丸だと手を引っ掛ける所が無いから、馬車に乗せるだけでも大人の人間は重いから大変だろうなって思ったんだよ」
「何と。それ以前の話だったのだな。そんな所にまで気がつくなんて、クリスは優しいし気が利くな」
「そう?手前の人は知り合いみたいだから、少し横になれるぐらいの大きさで結界を張るね。呪われてる訳では無いと思うけど、操られてるみたいだから」
「分かった。それで頼む。他の2人が隣国の人間である可能性があるから、早めに終わらせたいらしい。少し急げるか?」
「最後の人が8km地点辺りまで来てるから、レオンくんが背中に乗せてくれれば、すぐに終わるけど?」
「そうか。じゃあ行くか」
我は神獣の姿に戻ると、背中にクリスが降って来た。クリスの体勢が整ったのを見計らって、クリスの耐えられるギリギリのスピードで森の奥へ走り出した。
我の目の前は勿論、クリスの視界に入った周りの魔物も、瞬時に斃されて行く。途中、2人目の人間は四角い結界に閉じ込めて放置したのだが、それすらも走っている間に終わらせていた。その様な感じで足を止める必要が無かった我らは、あっという間に魔物の群れの殿に到着する事が出来た。我の走るスピードに合わせて魔物を全て斃すとはな……
「あの人が最後だよね?ほい!」
本当にあっという間に終わったな。後は帰るだけだが……エルフが念話して来たな。こういう時に、エルフと協力関係にあって良かったと思うぞ。
『あぁ、ご苦労だったな。お?エルフが森の入り口まで狩った魔物と人間を運んでくれる様だぞ』
「それはありがたいね。入り口から20km辺りの魔物だけでも、かなりの数になっちゃったもんねー」
『確かにな……数字で7万匹と言うのと、実際に目の当たりにするのは全く違ったな。今回はさすがに、全ては捌けないだろう?』
「森のお兄さんにお願いしてみよう?魔法で時を止めて貰ったら悪くならないと思うから」
確かに、空間魔法を使う上に、森をテリトリーとしているエルフであれば余裕で魔物の時を止めることも可能だろう。それにしても、魔物をあれだけ斃して疲れているだろうに、まだ考える余裕まであるのか。我はこのまま帰って、何も考えずにゴロゴロしたい気分だぞ。
『あぁ、そうだな……』
『クリス様、魔物はお任せください。ジョセフにも伝えておきますね。魔物は私の空間に。人間とクリス様方を森の入り口に移動させます。酔わない様に目を閉じてください』
我らの会話を聴いていたエルフは、サクッと話を進めてくれて助かるな。我とクリスが軽く頷くと、あっという間に森の入り口に移動していた。
「クリス!怪我は無いか!?」
「急に何も言わず、猛スピードで森の奥まで行っちゃうんだもの!心配したよ!」
「あ……心配させてごめんね?ボクもレオンも怪我は無いよ。安心してね?」
ジョセフとラウルがクリスを見て心配の声を上げた。ラウラはクリスに怪我が無いか全身を確認した後、ギューギューと抱きしめていた。クリスは眉を下げて反省している様だ。
『悪かったな。早く終わらせたくて、気持ちが先走ってしまったのだ。我もクリスも殲滅に飽きてしまっていたからな』
「あぁ、そうですね。何時間も同じ事を繰り返していたら辛いですよね。今回も本当に助かりました。ありがとうございました」
ジョセフと双子が我とクリスに頭を下げた。クリスはまだ、心配させてしまった事を引き摺っている様で、ラウラに解放されてからは我の背中に顔を埋めてくっついているから、爺さんや双子たちの行動が見えていないな。
『クリス、誰も怒っていないぞ。我らに感謝してくれている。クリスはいい事をしたのだから、ちょっとだけ反省したら、後は堂々としていれば良い』
我の影から少しだけ顔を出したクリスは、上目遣いで双子たちを見て言うのだ。
「ほんとに?」
恐らくこれだけで、皆がクリスの無茶をアッサリと許しただろう。爺さんと双子は悶絶しそうになりながらもクリスを安心させる為に、言葉を尽くして今日の出来事を褒め始めたからな。
「そうだよ、クリス。心配だったけど、沢山の魔物を斃してくれてありがとうね。私たちだけでは、領民や小さな村にまで被害が出ていたと思うよ」
「そうそう。私たちがクリスを心配しない事の方が難しいのだから、あまり気にしなくて大丈夫だよ。今回、誰よりも活躍してくれたクリスにみんなが感謝してるよ」
「心配だったから、つい大きな声になってしまった。悪かったね、クリス。誰も怒ってないから大丈夫だ。いつもお手伝いをしてくれて、ありがとうなぁ」
ジョセフの大きな手で頭を撫でられたクリスは、やっと顔を上げた。褒められて、ちょっぴり照れている様だな。可愛らしい仕草に皆がほんわかとしている。サクッと7万匹もの魔物を殲滅したのもクリスなのだがな。
「それでな、クリス。今回はクリスが殆ど斃してくれただろう?私たちは最初から見ていた訳では無いから、陛下にちゃんと説明出来ないんだ。疲れている所悪いのだが、一緒にお城へ行ってくれるかい?陛下の質問に、答えられる所だけ答えてくれたら大丈夫だからね」
「うん、分かった。今から行くの?」
「そうだね。この者たちを荷馬車へ乗せて、辺境伯へ戻って……」
人間に任せていては、日が暮れてしまうな。
『はぁ、仕方ない。クリスも疲れているだろうから、今回だけは我が辺境伯の屋敷まで皆をまとめて移動してやろう。城には爺さんが連絡を入れるだろう?』
「あ、はい!何から何までありがとうございます。エルフ殿、1000匹ほど魔物をそこへ出して貰ってもよろしいでしょうか?領地の者達に説明している暇が無いので……」
あぁ、荷馬車があるのに何も持って帰らないのはおかしいよな。後で辺境伯家の者たちが、この1000匹だけでも回収しに来て、屋敷の裏で解体でもやっていれば、いつもの風景だものな。
「なるほど、分かりました」
「ありがとうございます。それではレオン殿、よろしくお願いします」
『あぁ、では行こうか。エルフの、森の事は任せたぞ』
「かしこまりました」
こうして我らは、やっと辺境伯の屋敷へ戻ったのであった。
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