第53話 壮絶な光景 ★森のエルフ SIDE
森の異様な気配に、私は慌てて自分の作った空間から外へ出て、周りを見渡しました。隣国側の森でしょうか。そちらの方角から魔物の大群が、辺境伯の屋敷目掛けて一目散に走って来ているようです。数が多いので横に広がっていますが、向かう先が一点に集中しているのが分かります。
これは、早くジョセフに報告しなければならない案件でしょう。そう思い、辺境伯の屋敷の方角へ進み始めました。できるだけ状況を把握しようと空間移動をせずに歩いて進んでいたのですが、すぐにクリス様の気配に気がつきました。
クリス様は、森の入り口から二十キロメートル辺りにいらっしゃるようです。空を飛んでいらっしゃる? それにしては、全くふらついていませんね。あぁ、前にもシールドを足場にして高いところまで来られましたね。恐らく、上から魔物を殲滅なさるおつもりなのでしょう。
ふと、柔らかい視線を感じました。クリス様ですね。ニッコリと笑った気配がします。そうですか、大丈夫だと仰りたいのですね。それでは、私はこちらで応援していましょう。我らエルフは、人間の行いに手を出すことはできませんからね。特別なのは〝神の御遣い〟であらせられる、クリス様だけです。
五キロメートル圏内に魔物が入りましたね。な、何ということでしょう! クリス様の周りには、恐らく『風の刃』が千枚以上……数えられないほどの『風の刃』が、魔物を待ち構えているようです。一気に打ち込むのでしょうか。あれだけの魔力を放出しても平気でいらっしゃることが、とても信じられないのですが……〝神の御遣い〟様ですからね。ええ、それで納得しましょう。
魔物がクリス様の真下に入りましたね。え? 『風の刃』が、魔物の前から首を……次々と刎ねて行きます! 一つの『風の刃』が斃すのは一匹だという、私どもの常識を覆してしまいましたね! 平均で五体ぐらい斃せるようです。攻撃した『風の刃』が消える直前に、新しい『風の刃』を魔物たちへ打ち込んでいますね。
恐らく、この三十分ほどで、軽く一万匹は狩ったのではないでしょうか。中には『ヌシ』クラスの魔物もいたのですが、単に猪突猛進して来るだけの魔物ですから、クリス様には朝飯前でしょう。んん? わざと西側に向かう魔物を撃ち漏らしていらっしゃいますね。あぁ、その先には神獣殿がいらっしゃったのですね。暇を持て余すのは可哀想だと思われたのでしょう。クリス様は、本当にお優しくていらっしゃる。
★★★
あれから二時間ほど経ちましたか。慣れてきたクリス様は、斃すスピードがぐんと上がって、既に五万匹強は斃せたようですね。あまりにも静かな斃し方ですから、心配になったのでしょう、ジョセフと双子が様子を見に来たようです。
「なっ! す、すごいな……。クリス、どれぐらい斃したんだい?」
「んー、半分以上斃したと思うよー!」
たくさんの『風の刃』が空に浮いている状態には驚きますよね。前ばかり見ていたのでしょう、クリス様の気配に気づいて上を見た彼らは、目を大きく見開いて驚いています。
「お祖父様、残りがどれくらいなのかも私たちでは分かりません。レオン殿は……あぁ、西側にいらっしゃいますね。伯爵領へ向かう魔物を止めてくださっているのでしょう」
なるほど、神獣殿があちらにいる意味が分かりましたね。コレは説明できる者が必要でしょうか? 手が空いているのは私だけですね。いつも『ヌシ』狩りを手伝っていただいてますし、こんな機会にしか恩を返せませんから、私が説明しに伺いましょう。
「辺境伯の皆さん、こんにちは」
「「こんにちは!」」
「森のエルフ殿、お久しぶりでございます。森に変化がありましたでしょうか?」
私が空間から出て来ているから、森に何かあったのだろうと考えたのでしょうね。
「いいえ。クリス様が森を痛めずに斃してくださっているので、森は全く問題ありません。クリス様の勇姿を見ていたかったので、あちらの上から応援していたのですよ」
「そ、そうでしたか! それなら良かった……」
「残りの魔物は二万匹を切りましたよ。既に五万匹は斃されたので、あと一息といったところでしょうか」
「何と……私どもは、撃ち漏らしを斃してほしいと頼まれたので、森の入り口で待機していたのですが、一匹も来なかったのです」
「ふふっ、そうでしょうね。クリス様の『風の刃』は、一枚で五匹も斃せるのですよ。魔物をどんどん斃すものですから、魔物が追いつかなくなっておりまして。残った魔物がこの地点に到着するのを待つ時間があるせいで、斃すスピード以上に時間が掛かっているのですよ」
「うわ……考えのさらに上を行ったね、うちの可愛い子は……」
「そうだね、ラウル……斃せるかの心配なんて、全く要らなかったねぇ。ふふふ、やっぱりティアは最高の妹だね!」
「こらこら。知り合いがいないのは確かですが、ちゃんと弟のクリスと呼びなさい。何処に誰がいるか分からないのですからね。レオン殿によると、人間の可能性がある個体が三匹いるようですし」
「「え!?」」
「あぁ、やっぱりあれらは全て人間なのですね?」
「エルフ殿はどちらにいるかお分かりになりますか? お教えいただけますでしょうか」
人間には位置までは分からないでしょうね。ただでさえ、魔物の大群の気配が強いですから。恐らく、人間がいるようだと、クリス様か神獣様が、ジョセフに伝えたのでしょう。
「群れの殿に一人、ここから五キロメートル地点に一人、すぐそこに一人」
「すぐそこ、ですか?」
「ほら、あそこですよ」
私が指を差した方向を一斉に見た三人は、口を開けて驚いている。近くに人がいたから驚いたのでしょうか? それともお知り合いで?
「宰相! どうしたんだ!? おい! アルバート!!」
「「ガルシア宰相殿!」」
知り合いだったようですね。アルバートと呼ばれた男は、視線が定まっていません。何かに操られているようです。
「ジョセフ、彼に触れてはなりません。あれは、何者かに操られている可能性が高いですね」
「お祖父様、私が!」
双子の一人が、結界に彼を閉じ込めようとしました。ですが、結界は簡単にパリンと割れ、ジョセフたちに気づいたアルバートという男が、こちらにゆっくりと向かって来ます。走ることはできないのでしょうか? どうやってここまで来たのでしょうね?
「ええ!? どうしましょうか、お祖父様! 触れてはいけないのですよね!?」
「な、縄とか! ラウル、縄があったよね!?」
「あ、あぁ! あるけど……捕らえるには、押さえつけないと!」
「こらこら、落ち着きなさい。二人とも結界で、これ以上こちらに来ない様に弾き返しなさい。恐らく、操っている者の力が、我々より強いのでしょう。であれば、クリスが魔物を斃し終わるまで耐えるしかありません」
「お祖父様、今はこれで良いとしても、あと二人いるんですよね?」
「そうだな。檻でも用意すべきか……」
「せめて馬車は必要なのでは? 森から辺境伯の屋敷まで運ぶにしても、三人とも触れないのであれば、何かに乗せて移動するしかないですし」
「確かに馬車は必要になるが、狩った魔物を運ぶために持って来た荷馬車がある。乗り心地は悪いだろうが、アルバートには我慢してもらうとしよう。森の奥にいる者たちが何者かを探って来ようと思うのだが、ここは二人に任せても大丈夫だろうか?」
「「はい、大丈夫です!」」
ふむ、そうですね。これくらいなら手伝っても問題無いでしょう。私も心置きなくクリス様の勇姿を眺めたいですから、サクッと終わらせたいですね。
「急ぐなら、私が飛行魔法でジョセフを安全に森の奥まで連れて行きましょう。クリス様は神獣殿がいるので大丈夫だと思いますが、ジョセフは双子も心配でしょうから、早く帰って来たいですよね? 空を行けば、軽く時速百キロメートルは出ます。私が人間たちの位置も把握していますし、確認だけならあっという間に終わりますよ」
「エルフ殿、ありがとうございます! この騒ぎが落ち着きましたら、また『ヌシ』狩りを頑張ることでお返しできたらと思います」
「ふふっ、困った時はお互い様、なのでしょう? 気にしなくて大丈夫ですよ、ジョセフ。貴方たちも、私の仲間ですからね」
「あ、ありがたき幸せ!」
ジョセフのように、素直な人間は大好きですよ。さてと。私はジョセフを小脇に抱えました。双子とジョセフは驚いたようですね? 私がスリムだから、ジョセフを抱えられないと思ったのでしょうか? それとも、持ち方が悪い? しかし、ジョセフを横抱きするのは……
「ジョセフ、横抱きが良かったですか?」
「え? い、いえ! 滅相もありません! このままで問題ありませんので、よろしくお願いします」
「そうですか? それでは参りましょう」
私は急ぎたかったので、二人目の場所まで一気に飛んだのですが、腕に感じるジョセフの心拍数がすごいことになっていますね。あぁ、人間は飛べないから高い所は苦手なのでしょうか? クリス様が平気だから問題ないと思ったのですが、クリス様と一緒にしては駄目ですよね。
「ジョセフ、速かったですか? すみません、最初はゆっくり飛ぶべきでしたね?」
「い、いえ。このままで、だ、大丈夫です。二人目の顔も確認しましたので、殿へお願いします」
ほぉ。さすが辺境伯ですね。賢者のエルフが言っていた通り、ただの人間ではないようです。
「では、参りますね。辛かったら言ってくださいね」
そうして群れの殿で三人目の顔を確認し、来た時と同じスピードで双子の下へ戻ったのですが、ジョセフはひと言も泣き言を言うことはありませんでした。
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