第22話 双子との再会、心からの誓い
我は単身で花の咲き誇る丘へ戻り、ティアを背中に乗せた。初めての高さを怖がるかと思ったのだが、我が立ち上がってもキャッキャと楽しそうにしていたから、乗せたまま移動するの事にしたのだった。
ティアの護衛についてくれた者も一緒に転移するつもりだったのだが、我に触れる事すら恐れ多いから走って帰ると断られてしまった。なので、我はティアを背に乗せたまま、爺さんの書斎へ転移したのだった。
「おじいちゃま、見てー!キレイなお花、たくさん摘めたでしょー?」
降りやすいように伏せた我から滑り降りたティアは、抱えていた沢山の色とりどりな花を、ニコニコしながら爺さんに渡した。
「あぁ、そうだなティア。後で婆さんに渡しに行こうな」
「うん!」
ティアは元気に返事をして、ソファの方を振り向いて固まった。爺さんは書斎のデスクで書類仕事をしていたのだが、ティアはそちらしか気にして居なかったのだ。もちろん後ろのソファには、ティアの大好きな双子が座っていた。
「ティア!」
「あぁ、ティア。会いたかったわ!」
ティアは固まったまま、2人に揉みくちゃにされていた。ギュウギュウと抱きしめられて、ティアが我に助けを求めて手を伸ばして来たな。
『2人とも、ティアが苦しんでおるぞ。そろそろ離してやってくれ』
「はっ!ティア、大丈夫かい?」
「ごめんなさいね、ティア。わたくし達は、あなたにまた会えた事が奇跡だと思っているわ。生きて会えて、本当に良かった……」
ラウラはグッと奥歯を噛み締めて我慢していたが、ホロリと一筋の涙が溢れた。すぐにラウルがハンカチを渡してあげていた。
「にいさま?ラウラ?…………本物?生きてる……の?本当に?」
「ええ、そうよ。わたくしもラウルも生きているわ。すぐに助けに行けなくてごめんなさいね、ティア」
ラウラはティアの手を自分の頬に置いて「ほら、ここにいるでしょう?」と優しく微笑んだ。
「ティア、本当にごめん。思ったより回復に時間が掛かってしまったんだ。公爵がティアを……くっ、分かっていたのに!守れなくて本当にごめんな、ティア」
優しくティアの頭を撫でながら辛そうにしているラウルと、泣いているラウラを交互に見て、ティアは「ほ、ほん、もの……」と震える声で小さく呟く。薄桃色の瞳には、今にも溢れそうな涙が目一杯浮かんでいた。
「に、兄様、ラウラ!生きてて良かったぁ――――!うわぁ――――ん!」
やっと双子が生きている事を頭が理解できたのだろう、ティアはこれまでで1番大きな声で泣いていた。甘えられる者の腕の中で泣ける事は、実はとても幸せな事なんだよな。大きな声でわんわん泣くティアを、双子と爺さんは愛おしそうに見つめ、優しく宥めてあげていた。
ティアと双子が少し落ち着いて、やっと話せる状態になった。我は先程、少し気になった事を聞いてみることにした。一度気になると、何だか落ち着かないんだよな。
『ラウルよ。何故そなたは公爵がティアを閉じ込める可能性を知っていたのだ?さっき「分かっていたのに」と悔やんでいたであろう?』
「あ、はい。公爵が、私達子供の事を『物』として扱っている事は分かっておりました。そうですね、私達が助かった理由もまだザックリとしかご存知無いですよね?私が説明致しましょう」
⭐︎⭐︎⭐︎
★ラウルの回想
2年前の春(ティア1歳、双子17歳)のある日。
「お祖父様、僕達は捨て駒にされるかも知れません」
「お前達は賢いからな。…………邪魔になったか」
「驚かれないのですね?」
「あの無能な男は、公爵家を手に入れるために、実の兄すら手にかけたと言われていたからな……自分の思い通りにするために、血の繋がりがあろうと一切容赦しないのであれば……子供達を自分の所有物だと思っていてもおかしくはないだろう」
「お祖父様、わたくしは妹が心配ですわ。あの子にも、早めに自衛できるスキルを身につけさせるか、護衛をつけるべきだと思います」
「ラウラ。その通りなのだが、大袈裟にすればするほど、あの子が『特別』である事が、その他大勢に知られてしまうリスクがあるのだ」
「確かに。何故、あの子だけと言われても仕方ありませんよね」
「まぁ、わたくし達は強いから必要ありませんしね」
「それでもお前達が心配だな。あやつは狡猾な男だ。ふむ……仕方ない。可愛い孫達に、わしがとっておきの魔道具を作ってやろうな。肌身離さず持っておくのだぞ?」
「それはどの様な魔道具なのですか?」
私は興味津々で聞いていた。お祖父様の作る魔道具は、国宝とまで言われる様な素晴らしい物から、子供が楽しめる物まで様々なのだ。私やラウラも、幼い頃から子供が遊ぶためのおもちゃとして触れて来たから、魔道具はとても身近な物であった。
「瀕死に近い状態になったら、私の元へ飛ばしてくれる魔道具にしようと思っている。使えるのは1度きりだからな?出来るだけ使われない事を祈っているよ」
「お祖父様、それはお義母様にも作って貰えませんか?」
「それは出来ぬよ。お主たち双子か、義母のバーバラか……どちらかだ」
確かに3人で居た場合、瀕死の人間が全員その場から居なくなったらおかしいだろう。瀕死になっていれば血痕などは残るだろうから、その場が密室であったりしたならば、どう考えてもおかしい。必ず怪しまれる。
「そんな……!まだ、ジョバンニもクリスティアーナも幼いのに。わたくし達の様な子供を増やしては……」
「だから、あなた達にお願いするのよ」
「「お義母様……!!」」
振り返るとジョバンニとクリスティアーナの御母堂である、バーバラお義母様が寂しそうな顔で立っていた。
「わたくしが生き残ったとしても、下手すればあの子達の足手纏いになるわ。貴方達であれば、生き残る可能性は高くなるでしょう。護身術や剣に魔法まで……お父様に鍛えて貰ったその体で、あの子達が大きくなるまで見守ってはもらえないかしら」
「そんな……!」
ラウラはお義母様が大好きだからな。公爵のせいで亡くなった私たちの母は、バーバラお義母様の姉だった。母とお義母様は、お祖父様の長女と次女にあたる。私たちを自分の本当の子供として育て、沢山の愛情を注いでもらった。
「お義母様は、既に覚悟なさっているのですか」
「ええ、ラウル。貴方達のお母様……わたくしの姉も、その覚悟で貴方達を生み、育てて来たのだと思うわ。お姉様の最後の言葉は、『わたくしの可愛い子供達をお願いね』だったの。だから、わたくしも貴方達を我が子の様に想っているわ。だからお願い、貴方達が生き残る術を持って。わたくしの大事な天使達……4人全員が立派な大人になれる事を『見守る』のではなくて、『命を賭けて守りたい』のよ」
「お義母様……」
「お義母様、僕も誓います。僕達が近くにいる時は、お義母様も必ず守ります。そして、何があっても……ジョバンニもクリスティアーナも、必ず守って見せます!僕達の力は、弱き者を助けるために使いたい」
「そうだな、よく言った!それでこそ、私の孫だ。お前達も、自分が正しいと思う道を進みなさい。だがな……私はラウルも、ラウラも、ジョンも、ティアも、バーバラも……皆を心から愛している。どうか、まずは自分が生き残る事を優先しておくれ。私も、私に出来る全てをもって、お前達を守ると誓おう」
そう誓った日から1年。私とラウラはお祖父様が作ってくれた魔道具を、約束通り肌身離さず持ち歩いていた。そのお陰であの大事故があった日、私達は生死の境を彷徨いながらも、何とか祖父の下へ生きて帰れたのだった。




