第21話 頭脳と肉体
屋敷の玄関に転移した我々は、驚きの表情をして固まった数人の使用人に目撃されてしまった。出発が朝早かったせいで、玄関の掃除をする時間に到着してしまったのだろう。
「ジョセフ様! お帰りは三日後では……ありませんでしたか?」
最初に動いたのは黒い服を着た、爺さんより少し若い老人だった。ん? この屋敷の使用人は見た感じ、年寄りが多いな? たまたま玄関を掃除している人間が年寄りなだけだろうか?
「ああ、少し訳ありなのだが……双子は戻ってきておるか?」
「はい、朝の鍛錬を終えて、朝食を召し上がったところです」
「食事が終わっているようなら、私の書斎に来るように伝えてくれるか」
「かしこまりました」
爺さんは我に目配せをし、自分の書斎に向かった。急に大きな神獣が現れたことで大騒動になっても困るからと、我はティアの掛けた隠密魔法を解いていなかったのだ。できるだけ時間を節約したかったのもあるのだがな。
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「お祖父様、お帰りなさいませ。お呼びでしょうか?」
「お帰りなさい。お早いお帰りでしたね」
双子は笑顔で爺さんが無事に帰って来たことを喜んでいた。あの屋敷に行っていたのだから心配にもなるか。
「ああ、ただいま。お前たちに急ぎの用があってな。これから話すことは信じられないと思うが、心して聞いて欲しい」
双子は大きく頷いて、居住まいを正した。
「レオン殿、よろしいだろうか」
『ああ』
我は隠蔽魔法を解いて、本来の大きさで姿を現す。当然、双子は驚いたが、二人の反応は全く違った。爽やかなイケメンの男はすぐに動けるように構えた。これは本能だろうな。ドレスを着た髪の長い者は「可愛いー!」と、我を見て感激していた。初めてティアに会った時のことを思い出すな。
「ゴホン、こちらは神獣フェンリル、レオン殿であらせられる」
爺さんから紹介された双子は、紳士的な挨拶をしてくれたラウルと、女性らしい微笑みでふわっと柔らかなカーテシーをして見せたラウラ。双子の兄妹……らしい。
我から見ると、何となく違和感があるが……これが二人の形なら、それでいいのだろう。
爺さんが二人に、ティアが生きていて、これから連れて来ることを説明している。急に連れて来れば驚くだろうからという配慮もあるのだろうが、双子がいなくなったと知って、日々泣き暮らしていたティアを安心させてあげて欲しいという、爺さんのティアに対する優しさのほうが大きいだろう。
「ティアが?! ほ、本当ですか、お祖父様!」
「し、信じられないわ……お義母様のお手紙には、探すことすら許されなかったと書いてあったのに」
ティアは拐かされていなくなったと聞いていた二人は、涙を流しながら抱き合って喜んでいた。双子もティアの安否が心配だったのだろう。あの男以外、子どもたちや家族皆が、まともなんだよな。あの男に似なくてよかったと思うぞ。
「なるほど、そういうことでしたか。神獣様、ティアを守ってくださり、本当にありがとうございました。ティアは私たちの宝です。心からお礼を申し上げます」
「わたくしからもお礼を言わせてください。わたくし達の可愛い天使を守ってくださり、ありがとうございます。本当に感謝してもし切れませんわ」
『うむ、気にせずともよい。我は神に頼まれて〝神の御遣い〟をサポートしているだけに過ぎんからな。そなた達はティアを心から愛しているのがよく分かった。ティアの敵になり得る存在には、ティアが〝神の御遣い〟であることについては、口が開かなくなり話せないのだ』
「そうなのですね。では、お父様には話せないのでしょうか? お父様はティアの能力をある程度ですが知っていますから……もしかしたら話せてしまうのでしょうか?」
『ほぉ、そういう考え方もあるのだな。ラウラと言ったか。そなた、ティアには何と呼ばれている?』
「わたくしからラウラと呼び捨てにするように言ってあります。ティアは聡いので、何も言わずに呼び捨てにしてくれていますわ」
『そなたも十分に聡いと思うのだがな。爺さんとそなたたちがいれば、この国も乗っ取れそうだ』
「さすがですな……全てお分かりになっているとは思いますが、ラウルは武に優れております。私の諜報に関するノウハウも全て詰め込まれており、力では私よりも圧倒的に強いです。そしてラウラは我が家の頭脳と言える程、頭の回転が早く、賢いのです」
『だろうな。そなた達が味方でよかったと思うぞ。できるならば、敵に回したくないな』
「ふふっ。神獣様はお優しいのですね。必要なことにしか触れないなんて」
『何か理由があるのだろうからな。ラウラもラウルに劣らず、強いのであろう? どちらかといえば、魔法が得意なようだが』
「そんなことまで分かってしまうのですね。昔、ティアが教えてくれたのです。ラウラは手足を直接使うより、魔法の方が上手だって。ふふっ」
『あぁ、ティアには分かるだろうな。そういえば、そなたたちは精霊が見えるのだったな?』
「はい、ティア程ではありませんが、わたくしもラウルも見えますわ」
「私たちが無理に近付くと、精霊たちは逃げてしまいますが……ティアは生まれてすぐ、人間がいないときだけですが、精霊がティアの上をグルグルと回って祝福をしているようでした」
『既に、その頃からだったのか……』
「何か、心配事でもおありですか?」
『いや、心配はしていないのだが、こちらに来るときに、精霊を二匹、連れて来ようかと思っていてな』
「精霊を、あの森から……ですか?」
言いたいことは分かる。公爵家の森からここまで、かなり距離があるのだ。我は転移魔法が使えるから、すぐに来られてしまうのだがな。
『今回連れて来る精霊達は、ティアの神聖力の恩恵を受けて成長し、ティアが森の家に住んだことで覚醒し、小動物ではあるが姿をとれるようになった個体なのだ』
「やはり、ティアはもっと早くに保護すべきでしたわね、お祖父様」
「そうではあったのだが、親元を無理矢理離す訳には……なぁ? いくら私が祖父だからと、許可なく連れて来れば、人攫いと言われても仕方ないのでなぁ……」
『確かにティアは辛い思いもしたが、その分成長もしたはずだ。甘やかすだけが優しさじゃないことは、そなた達なら分かるであろう?』
しゅんと俯いたラウラを見て、ラウルが我と目線を合わせ、ハッキリした口調で話し出した。
「そうですね。ティアが神獣様のもとで色々学んだであろうことは理解しております。ラウラは確かに過保護ですが、幼い時期だけでも甘やかしてあげたかったのだと思います」
とても優しいんだな、ラウルもラウラも。爺さんを見ていれば分かるが、佇まいや強さから見れば躾はかなり厳しいのだろう。だが、そこには愛情がしっかりとある。ティアも、一年間頑張って来たからな。少しぐらい双子に甘やかされてもいいだろう。
『そうだな。ティアが来たら、一日ぐらいなら甘やかしても問題ないだろう。伯爵家に招くのであれば、それなりの設定が必要になるが……』
「それなら先程、話を聞いたときに考えましたわ。ティアは異国語を話せるのでしょう?わたくし達もいくつかの言語は話せますから、異国から招待した客人として、練習も兼ねて色んな言語で話しては如何でしょう?」
『ほぉ、それは面白いな。屋敷の人間は、異国語を話せないのか?』
「話せる者もおりますが、ティアに会うことは無いでしょう。離れたキッチンにいるシェフや、洗濯メイドが話せるぐらいなので」
『爺さんの部下はいないのか?』
「…………え?」
ラウラが言葉を詰まらせたな。流石に我がそこまで知っているとは思わなかったのだろう。
「ラウラ、そなたのせいではない。安心しなさい。レオン殿は、最初からご存知だった。私が公爵家を訪れるのを、待っておられたのだよ」
「そ、そうでしたか。ティアのことを考え、お祖父様にならと思われたのですね。本当によかった……神獣様がティアの味方になってくださり、心より感謝いたします」
ラウラは我に向かって深々と礼をした。それに続きラウルもしっかりと頭を下げて見せたのだった。




