第20話 外の世界へ
今後の予定が、かなり大雑把ではあるが決まった。明日はティアの魔法の練習と、移動するための準備もしようと思ったが、彼女には着替えすらないから荷物が全くない。間食用に干し肉を持っていくぐらいだろうか。
ティアには爺さんの領地へ行くこと、そのためには神聖力を纏う必要があることを説明した。今すぐに練習したいと言うティアを宥め、寝かしつけるのはなかなかに骨が折れたぞ。翌日には神聖力を纏う練習もあっさりクリアしたティアは、珍しく眠りにつく直前までワクワク、ソワソワしていて落ち着きがなかった。そんなティアは年相応の子供に見え、我は何となく安心したのだった。
双子が生存していることは、ティアにはまだ話していない。言ってしまったら、すぐにでも確認したくなるだろうからな。生存を確認するまでは、大人でも落ち着かないものだ。母親の生存を教えたときも、翌日信じられなくなったのか、何度も我に確認してきたのだ。今回もそうなる可能性が高いだろうから、ギリギリまで伏せておくことにした。
そして、待ちに待った出発当日の早朝。朝が苦手なティアは、やはり少し寝ぼけ眼ではあるが、一度声をかけただけで体を起こした。いつもなら、精霊たちに優しく何度も揺すられて、やっと起きるのだがな。それだけ外の世界が楽しみなのだろう。
「おはよう、ティア。起きられたんだね? えらい、えらい」
出発を知らせるために訪れた爺さんに頭を撫でて褒められ、笑顔でニコニコしているティアはいつもより幼く見えるが、それでもやっぱり可愛いな。いや、幼いんだったな。普段のティアと一緒に居ると、賢いし魔法も完璧だしで、彼女が三歳になったばかりだということをすぐに忘れてしまう。
「おはようございます、おじいちゃま! もう出発するのですか?」
「ああ、公爵家をもう少しで出発するよ。念のために、次の村に寄ってから転移するからね。馬車は乗り心地が悪いかもしれないが、少し我慢しておくれ」
「はい、おじいちゃま」
笑顔で返事をするティアを軽く撫で、ヒョイと左腕に座らせた。すごいな。見た感じマッチョでもない……というか、どちらかといえば少しひ弱に見える……あー、スマート? スリム? な爺さんなのに、軽々とティアを抱き上げたのだ。「キャッキャ」と喜ぶティアを見るに、乗せてもらったことがあるのだろう。
「レオン殿、隠蔽魔法を掛けましょうか?」
『ん? あぁ、我らは大丈夫だ。ティア、自分にかけてから、我にもかけてくれるか?』
「うん! かけるねー」
次の瞬間には、我とティアは同時に姿が見えなくなったはずだ。ティアのことは我には見えているが、爺さんには見えないだろう。正しくは、ティアの魔力の色が見えているからティアだと分かるだけだがな。
「な、なんと! 無詠唱で同時に、さらにはこのスピードですか……。確かに、魔法を基礎から学ぶ必要はなさそうですな」
苦笑いしながらティアの頭を撫でる爺さんは、「これで三歳になったばかりとはな」と呟きながら、色々考えているようで黙り込んだ。
『それも後で構わないだろう? いくら考えたって変わらんからな。今は、あの男が起きる前に移動せねばならん』
「そうですな。ティア、もう神聖力は纏っているようだが、馬車へ移動してもいいかい?」
「いつでも大丈夫です!」
楽しみで仕方ないティアは、既に準備万端で待っていたようだ。なんとも微笑ましいな。爺さんもそう思ったようで、大きく頷いてから笑顔でティアを馬車まで運んだ。周りから見ても、爺さんは軽く肘を上げているだけに見える。強化魔法を使っていれば我には分かるのだが、使ってはいないようだった。
『力持ちなのだな?』
「ふふっ。若い者たちと毎日、鍛えておりますからな」
なるほど、未だに鍛錬を欠かさないのだろう。さすがだなと思っていると、馬車はゆっくりと動き出した。
☆☆☆
隣の村を通過し、人がいないことを確認してから、我は転移魔法で、馬車ごと伯爵領にある、春の花がたくさん咲き誇る丘の上に移動した。ここは、来る前に爺さんが指定した場所だ。
「わぁ、キレイだねー!」
「ティアは前に来たとき、この場所を気に入っていただろう? せっかくだから花を摘んで、婆さんに贈るのはどうだろうと思ってな」
「そうね、おばあちゃまはお花が大好きだったもんね。わたしがキレイなお花を選んでもいいかなぁ?」
「もちろんだとも。ティアには護衛をつけるからな。好きなだけ摘んだらいい。あまり遠くには行かないようにな?」
「はーい、行ってきまーす!」
ティアが黄色い花の咲いている方向へ向かって走り出した。爺さんが目配せをした護衛は、慌てて追いかけている。
「さてと。一旦屋敷に戻って、ティアを迎え入れる準備をしなければなりませんからな。双子にも、レオン殿の存在と、ティアを連れて行く旨を伝えなければ、あの子達は予期せぬ動きをしますのでな」
『あぁ、そういう事か。では、我も爺さんについて行った方がいいのだろうか?』
「そうですね。できるのであれば、お越しいただいたほうが……双子たちが神獣の存在を信じない可能性もありますので……」
申し訳なさそうに苦笑いしながら、ペコリと軽く頭を下げる爺さんは、元々腰が低いのだろう。ついて来いと言えば済むのに、わざわざ我がティアのもとに残る選択肢を与えてくれる。心地良い優しさに、こちらから何かしてやりたいと思えるのは、爺さんの家系の特徴なのだろうか。
『ああ、構わない。ティアにはアトラとコトラがついているからな。何かあれば、我に彼らから念話で連絡が来るようになっている。我はすぐに転移できるから問題ない』
「アトラ様とコトラ様ですか? …………いらっしゃいましたか?」
そうだな、説明を忘れていた。我には見えているから、人間には見えないことを忘れてしまうのだ。
『すまん、すまん。伝えるのを忘れていた。アトラとコトラはティアと契約している精霊でな。他にも二羽、小鳥がいるのだが、まだ契約していないから留守番してもらっている。あの男が急に地下へ来たら、バレてしまうからな』
「…………申し訳ないのですが、現実味がなさ過ぎて…………」
考えようと努力しているのは分かるが、キャパオーバーでショートしそうになっているな。まぁ、精霊と話せることを言ってなかったから仕方ないだろう。
『すまんな。我には当たり前の景色で日常であったからな。人間に精霊が見えないことも、ティアと精霊が契約していることも忘れていたのだ』
「…………レオン殿、それは人間にとって、とても重要なことですので、どうかお忘れなく! もう他にはありませんよね?!」
穏やかな爺さんが、ちょっと怒ったか? 忘れていた我も悪いが、それらを伝え、今後のことを決めるために屋敷に向かっているのだからな?
『爺さん、それは屋敷で良いだろう? 外で機密事項を話す必要もなかろうて』
「はっ! そ、それもそうでしたな。少し焦り過ぎていたようです。申し訳ない。今度こそ孫たちを守らなければと必死でして……」
身内のことだから仕方ないな。普段は冷静でも、現に可愛い孫たちが危険に晒されたのだから神経質になっても仕方ないだろう。
『よいよい、気にするな。仕方ないよな。後でティアの日常を細かく話して聞かせよう。そうすれば、それが『その程度の事』だと思うだろうからな。くくっ』
爺さんは頬を引き攣らせつつも頷き、屋敷の位置を教えてくれた。我と爺さんは、屋敷の玄関に転移したのだった。




