第23話 事故の真実【回想】★ラウル SIDE
大きな事故に遭ったあの日、私と双子の片割れであるラウラ、そして歳の離れた弟と妹の母親であり、私達の義母であるバーバラは、馬車に乗るために屋敷のロビーに集まっていた。
「セバス、ティアとジョンのこと、よろしくね」
「かしこまりました」
セバスは私たち双子に仕えている、白髪で年老いた見た目の執事だ。セバスはラウラの言葉に笑顔で大きく頷いた。セバスが頷いたことで、セバスの後ろに隠れていた、美しい銀髪がチラリと見え隠れしていた。
「ん? そこに隠れているのは、美しい妖精だろうか? 銀色の綺麗な髪が、隠れ切れていないよ?」
私の言葉に反応した可愛い末の妹が、ひょこっと顔を出した。
「にいさま」
「ティア、おいで? どうしたのかな?」
最近では歩ける時間も長くなり、行動範囲も屋敷内ではあるが随分と広くなっていたから、妹のティアが私たちに会いに来たのだとすぐに気付いた。だが、いつも笑顔でニコニコしている可愛いティアが、不安そうな顔でモジモジしているのだ。さすがに聞かずにはいられなかった。
「あのね、とうさまには言ったんだけど、にいさまたちには言うなって言われたの」
ん? ティアは何を伝えたいのだろうか? 私はティアの前に跪くと、目線を合わせて微笑みながら質問する。
「ティア、何か兄様に言いたいことがあったのかい? 父様には内緒にしておくから、兄様に話してごらん?」
ティアは困った顔をして、少し考えてから頷き、口を開いた。
「あのね、あそこにとまっている馬車に乗るとね、にいさまたちが怪我をしてしまうの」
「どれくらいの怪我か分かるかな?」
「えっと、いっぱい血が出て、かあさまも動かなくなっちゃうくらいなの。だからね、乗らないでほしいの」
「そうなんだね、ティア。教えてくれてありがとう。ティアはお部屋に戻って、セバスにケーキをもらって食べておいで。兄様からのお礼だよ」
「ケーキ! やったぁ! ありがとう、にいさま」
私はセバスに視線を向けて頷いた。セバスは私たちに深々とお辞儀をしてからティアの手を引き、ロビーを後にした。
「お義母様……」
「ラウル、ラウラ。貴方たちは……はっ! あの人が来るわ」
あの人とは勿論、この公爵家の主人である、父オリバーだ。お義母様は、父が近づくと反応する魔道具の指輪をしている。これは心配した祖父が、お義母様のために作った魔道具だ。
「ふん、時間通りだな。悪いが私は急ぎの仕事ができてしまってな。片付けてから急ぎ向かう予定だから、先に向かってくれるか」
「はい、父上。では、僕たちはこれより出発します」
「あぁ。任せたぞ、ラウル」
父上は背を向ける瞬間に、ニヤリと口角が上がった気がした。ティアの言うことが本当ならば、父上は私たちを見殺しにしようとしていることになる。捨て駒にされるかもしれないとは思っていたけれど、まさかただ見殺しにされるとは。
いや、違うな。恐らく父上は、ティアの言った言葉が、戯言なのか、予知や予言の類いなのかを確認したいのだろう。そのためには、誰かが予定通りに馬車へ乗り、移動しなければ分からない。どちらにしろティアの力が本物なら、誰かしらが犠牲にならなければならないということか。
「取り敢えず、馬車へ移動しながら話をしよう。ここで動かずにいては、怪しまれます」
「そうね、まずは馬車に乗りましょう」
「ごめんなさいね、ラウル、ラウラ」
私は笑顔でお義母様を馬車までエスコートする。二階の窓から父上が覗いているのが見えた。このまま出発しなければ、ティアが危ない目にあう可能性がある。ティアのお陰で覚悟を決めることもできたし、お義母様に防御魔法を予めかけておけるから助かる。私たちは緊張していることがバレないように、薄っすらと微笑みながら馬車に乗り込んだのだった。
⭐︎⭐︎⭐︎
馬車が出発して十分ほど経っただろうか。緊張を隠すために微笑んでいた顔が、引きつって苦笑いに変わった頃、私も腹を括って話し出した。
「さて、ティアの言う通りになったなら、全員が生死を彷徨うレベルの、大きな事故でも起こるってことかな?」
「そうね。血がたくさん出ていると言っていたから、わたくしたちであっても反応できなかったってことになるものね」
「確かにそうでしょうね。貴方たちが対応できないとしたら、殺気や違和感がなかった場合ぐらいかしら?」
「はい、そうなりますね。人が関与せず、自然に起こった事故だったから、防ぎようがなかったのでしょう」
「ティアのお陰で、少しだけど生存率が上がったわね」
「ああ、それは間違いないね。無防備では無理だったかもしれないけど、備えていれば多少は防げるからね」
「ええ、そうね。ラウル、ラウラ。貴方たちは、自分自身を全力で守りなさい。絶対に、生きて帰るのよ? そうでなければ、優しいティアは、きっと自分を責めるでしょうから……」
「お義母様……。お義母様はティアたちの御母堂様なのですから、ジョバンニのためにも、お義母様が生き残るべきですわ」
「私もラウラも、瀕死になればお祖父様のところへ飛ばされます。ですから、あの子たちの母親である貴女を守らせてください」
「そ、そんな! わたくしなんて……きゃっ!」
何かが馬車にぶつかったのだろう、「ドン!」という音と共に、馬車が大きく揺れた。私とラウラは視線を合わせて頷いた。やるべきことは決まっている。馬車の窓から右側を見ると、小さめの石がたくさん落ちて来ていた。
「これは大きな崩落が起こるな」
「そのようね。左側は崖だし、わたくしとラウルが消えても不思議に思われなくて済みそうね」
「そうだな。まぁ、お祖父様のいう『瀕死』が、どれくらいのレベルなのか定かではないのが少し不安だが」
「ふふっ、そうね。まぁ、『死なない程度』だと信じましょう? さぁ、来るわよ!」
ガラガラと大きな音を立て、大小様々な岩や木が落ちて来た。近道だからと、馬車が通れる程度に整備された道は、呆気なく崩れ、崖へ飲み込まれていく。ラウラと一緒にお義母様を守るように抱きしめた私は、息も止まるような衝撃の後、意識を失うのだった。
⭐︎⭐︎⭐︎
目を覚ますと、お祖父様の屋敷だとすぐに分かった。いつも滞在時に使わせてもらっている部屋の、ベッドから見えるいつもの天井だったから。私はハッとして、いつものようにガバッと体を起こすと、経験したことのない激痛が走った。
「うぐっ!」
「坊ちゃん! 大丈夫ですか?! 誰か! 坊ちゃんが目を覚まされたぞ! 医者を呼んでくれ!」
廊下に向かって大声を出すセバスは、ずっと世話をしてくれていたのだろう、目の下に濃い隈ができていた。
「大丈夫だ、セバス。こっちに来ていたのか。あれから何日経った? ラウラは何処にいる? お義母様のことは分かるかい?」
私も気になっていることを一気に聞いた。生存を確認しなければ、自分の命が助かろうとも全く安心できない。
「は、はい。事故から五日、経っております。バーバラ様は大怪我を負ってはおられますが、命に別状はないと聞いております。ラウラ坊ちゃんは、昨日の夜中にお目覚めになられて、今はお祖父様とお話をなさっています」
外を見ると太陽は真上にいるようだから、ラウラより半日遅れで目が覚めたのか。
「そうか。……セバス、泣かないでおくれ? ほら、僕は生きている。気が動転し過ぎて「坊ちゃん」呼びになってるよ? 気付いていたかい? あははっ」
「坊ちゃん、笑い事ではありません! これで、あの男がイカれてることと、お嬢様が危険な目に遭う可能性が高くなったことが確定してしまったのですから……」
セバスはティアとの会話を、一部始終見ていたからね。既にお祖父様へ報告した後なのだろう。ラウラとも話しているのであれば、私は報告しなくても済みそうだ。実はまだ、体の怪我が酷くて動けそうになかった。
「いや、これはもう仕方ないさ。ティアはまだ幼い上に無自覚だからね。大丈夫、必ず守ってみせるよ。今は皆が生きていることを、ティアと神に感謝しよう」
「はい、ラウル様」
「ははは、落ち着いて来たかい? 大丈夫だよ、セバス。僕たちはあの男になんて殺されてあげないからね」
私達双子が産まれた日から、ずっと執事という名の世話係をしてくれているセバスは、公爵家に潜入している、お祖父様の部下であった。
そんなセバスは、あの馬車の事故が起こる直前、要はティアにケーキを出した直後、まだ屋敷を出ていない公爵に十日ほど休みが欲しいと申請したらしい。
公爵はこの馬車の事故が起こるのであれば、双子の執事はいらないと思ったのか、いくらでも好きなだけ休めばいいと言ったらしい。それで、腹が立ったセバスは、伯爵の屋敷へすぐさま移動して来たということだった。




