第155話 颯爽と現れたナイト、愛しき聖女を守る
とある昼下がりの可愛らしいガゼボの中には、たくさんのお菓子が並んでいた。アリシア嬢とティアがランチの後でお茶をしているのだ。
「姉様……」
「どうしたの、ティア。珍しく困っているようね」
「ウィルがね、最近上の空なの。わたくしのこと、嫌いになったのかなあ……」
「えっ? それはあり得ないと思うけれど……。レオン様、何かご存知ですわね?」
つい、「ばっ!」後ろを向いて笑いを堪えた俺に、アリシア嬢がジト目で睨んできた。
「俺は、人間のすることには関与できないからな。くっくっ」
「……今さらでしょう。わたくしにだけ、ヒントをいただけますか」
ティアとウィルの様子がいつもと違うと、他の貴族の子息たちに隙を与えてしまう可能性があることを、彼女は懸念しているのだろう。
「仕方ない。少しだけ助言するか。耳を貸してくれ。あのな、ベアトリス嬢が……」
「えっ?」
「うん? ベアトリス嬢がティアに絡んできていることは知らなかったのか?」
「ええ、存じ上げませんでしたわ。ティアったら、教えてくれたらわたくしが対処したのに」
「頼り過ぎるのも良くないと思ったのだろう。そこにウィルが帰って来てな。腕に縋り付いたベアトリス嬢を、彼が振り払ったんだ」
「まあ! ティアは怒らなかったのですか?」
「困惑していたが、突然のことでどうして良いのか分からなかったようなんだ」
「そうでしょうね。殿下に接触しようとする人間なんて、数えるほどでしょうから」
「くくっ。その通りだ。それでな、振り払われたベアトリス嬢を俺が受け止めたのだが、それに対してティアが俺の腕を引っ張って、「触らないで」と抗議したんだ」
「……なるほど、何となく分かりましたわ。殿下はそれを見て、レオン様のほうが好かれてると思われたのですね」
「ああ、そうだ。恐らくティアからすれば、俺は『育ての親』だから、幼子のように取り合いをしたのだろう。ウィルに対する気持ちが、まだ言葉にできる確かなものではないようだからな」
「それは殿下にとっては可哀想な「すれ違い」ですわね。レオン様は教えて差し上げる気はないのですか?」
「ウィルはこれから先、感情のコントロールは必要になるだろう。ティアのことばかりに気を取られ、他が疎かになる程度では、ティアは任せられないからな。テストのようなものだ」
「可哀想な気はしますが、レオン様がそうおっしゃるのであれば、わたくしは陰から見守ることにいたします」
「ああ、そうしてくれると助かる。何かしら、緊急事態になった時は、ばらしても構わないからな」
「かしこまりました。ティアにはどう説明しましょうか……」
「ティアはどうしたいのか、しっかり考えさせる必要があるからな。これが恋心とまでいかなくとも、ウィルが選んだのだから王妃になることはほぼ決まってしまうだろう。自分で選んでなるのと、やらされるのでは、違うだろうからな」
「ティアは真面目で賢いですから、やらされたとは思わないでしょうけどね。適材適所を理解している子ですし」
ひそひそと話をしているうちに、昼の休憩時間が終わるようでアリシア嬢のバッジから音が鳴った。
俺とティアは今日受ける授業はもうなかったので、ガゼボで分かれ、ゆっくりとお茶を飲んで帰ったのだった。
★★★
「ちょっと、お話よろしいかしら?」
翌日の昼休憩の時間。八年生Sクラスの教室が騒然となった。ベアトリス嬢がニヤリと嫌な笑いを浮かべつつ、アリシア嬢の前に立ち止まって、一方的に話し始めたのだ。
「アリシア様、貴女、昨日のお昼に『レオン様と二人で』それもとても近い距離感で、こそこそとお話をなさっていたんですって? わたくし、ルシアン様とお付き合いなさっていると思っていたから、驚きましたのよ」
「そうですわね? レオン様とは公に――」
「まあ、肯定なさるのですね! 信じられませんわあ。殿方とお二人で、それも触れ合うほどの近距離でお話なさるなんて!」
「あの、ベアトリス様。最後まで話を聞いていただいてもよろしくて?」
「何かしら? 言い訳でも考えていらっしゃるのかしら」
口元を扇子で隠していても、目元がニヤニヤとした表情を隠せていないぞ。あそこに俺がいたということは、ティアも必然的にいたことになるのだが。
「言い訳なんて必要ありませんもの。あの場には、ティアも一緒でしたし、昼にお茶をしていたのは、ルシアン様もご存知のことですわ」
アリシア嬢が凛とした声で返すと、ベアトリス嬢は「あはは!」と下品な高笑いを上げた。
「ルシアン様がご存知? そんな嘘、通用しなくてよ! あの方は今、就職活動や公務でお忙しい身。貴女がレオン様と密会しているなんて、夢にも思っていないはずだわ!」
「……密会、ですか。ベアトリス様には、そのように見えたのですね」
アリシア嬢が溜息をついた、その時。教室の入り口から、低く、けれどよく通る声が響いた。
「僕の名前を呼んだかな? ベアトリス嬢」
そこには、公務帰りなのか、騎士服を端正に着こなしたルシアンが立っていた。突然の主役の登場に、教室内が再びどよめく。ベアトリス嬢は「ル、ルシアン様!」と顔を輝かせ、彼に駆け寄った。
「聞いてくださいませ、ルシアン様! 貴方の婚約者であるアリシア様が、レオン様と二人きりで不適切な距離で……!」
「ああ、それなら僕が指示したことだよ。何か問題があるかな?」
「……えっ?」
ルシアンはベアトリス嬢を冷ややかに一瞥すると、アリシア嬢の隣に歩み寄り、その肩を抱いた。
「アリシアは卒業後、正式に『皇太子妃の側近』に内定している。昨日は、将来お仕えすることになるあの方……いえ、クリスティアーナ嬢の守護役であるレオン様と、今後の警護計画について打ち合わせをしてもらっていたんだ。もちろん、僕の依頼でね」
「……公務……? 警護計画……?」
「そうだよ。陛下とウィルから許可を得て、ようやく公表できることになったんだ。この国の『聖女』であるアリシアが、『将来の皇太子妃』を側近として支える。そのために、守護役であるレオン様と連携するのは当然の務めだ。その準備を、低俗な噂話で汚されては困るんだよ」
ルシアンの言葉は、鋭い刃のようにベアトリス嬢のプライドを切り裂いていく。周囲の生徒たちからも、「ベアトリス様、まだあんな子供じみたことを……」「アリシア様は『聖女』でありながら、もう次期皇太子妃をお支えする準備に入っていらっしゃるのに」と、蔑みの視線が注がれた。
「それに、レオン様に色目を使うなど、滑稽にも程がある。……あの方が、君のような人間の浅薄な嫉妬に付き合ってくださるほど、暇な存在だと思っているのかい?」
「なっ……、あ……」
ベアトリス嬢は、アリシア嬢に「嫉妬」していた自分の心が、あまりにも小さく、醜いものだったと突きつけられ、顔を真っ赤にして震え出した。
「『将来の皇太子妃』を支える側近の座は、この国の『聖女』だからこそ務まる重責なんだ。家柄や派手さだけでその場に立てるとでも思っていたのかい? ……君には、一生理解できないだろうけれどね」
ルシアンが冷徹に言い放つと、ベアトリス嬢は何も言い返せず、泣きそうな顔で教室を飛び出していった。
騒動が収まり、皆がホッとした空気に包まれる中、教室の扉の影で誰よりも深い安堵の溜息を吐いた人物がいた。
その溜め息の主が、少し前まで「本命はレオンなのか」とこの世の終わりのような顔をしていた男であることは、俺と、そして恐らくはルシアンだけが知っている秘密だった。
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