第154話 ウィルの失恋?
新学期も順調に進み、二カ月ほど経った頃。仲間たち全員が忙しくしていた。八年生というのは、将来の味方を作ったり、どの派閥に所属するかで発言権が変わることからも、学生のうちから「腹の探り合い」をする必要があるらしい。
当然、皇太子であるウィルを中心とした俺らのグループは「第二皇子派」となる。建前上は「皇族の派閥」なのだが、その派閥の中でもわだかまりがあったりするものだ。
「ウィリアム殿下、教員室へいらしてほしいと伝言です」
「どちらの教師からの呼び出しだろうか?」
「えっと……その、行ったらお分かりになるかと」
冷や汗を流しながら、今日も教師からの呼び出しだと告げる生徒たち。先生の名前を出すと、その教師がクビになる可能性もあるため、迂闊なことは言えないのだ。その責任が取れないことぐらいは理解しているらしい。
「……ティア、少し席を外すよ」
「いってらっしゃい」
こくんと頷き、手を振って見送るティア。ウィルが視界からいなくなった瞬間に、女生徒たちがティアの机に群がっていた。
「ちょっとあなた。帝国語もまともに話せないんですって?」
「ウィリアム殿下の邪魔になるから、すぐに侍るのをやめていただけるかしら」
「ウィリアム殿下は十四歳になられたわ。あなたは八歳だったかしら? 六歳も年下のあなたに、何をお手伝いできるのかしらね!」
ティアを上から目線で嘲笑っている生徒たちに、クラスメイトたちは引いていた。ティアの机を囲んでいるのは、他クラスの生徒なのだ。学年の違う生徒もいるようだな。クラスメイトなら、そんな無謀なことはしないだろう。ウィルからの溺愛ぶりや、双子や俺たちに守られて過ごしていることを見てきたからか、今ではティアに話しかけてくるクラスメイトは、相応の理由がある者だけになっていた。
「あの、わたくし、何かいたしましたでしょうか?」
アリシア嬢との特訓で、女性らしい言葉遣いに慣れてきたティアは、今では普通に会話ができるようになっていた。恐らく、彼女たちの発言からすると、噂が更新されていないようだな。
「えっ? そ、その、ウィリアム殿下の周りをうろちょろしているでしょう!」
一瞬怯んだものの慌てて言い募る女生徒は、初めて見る顔だった。ほとんどが尻尾を巻いて逃げ帰り、次からは来なくなるんだがな。
その中で、毎回見る顔が一人だけいた。侯爵令嬢でベアトリスといったか。ルシアンによると、どうやらアリシア嬢の、幼少期からのライバルらしい。
見た目は……ぱっとしないが、派手に見せている。無理して背伸びしている印象だ。アリシア嬢が清楚で儚いイメージだから、被らないようにしているようだ。そして、恋愛ではウィルを狙っているようだ。あんなに堂々と二人でいることが多いし、毎回エスコートもしているウィルとティアを引き裂こうなんて、面倒な女だな。
「ウィルの周りを? それはお兄様に『そうしてくれ』と頼まれたからです。それに――」
「それもやめなさいよ! なぜ、あなたごときが、ウィリアム殿下を愛称で呼んでいるのよ!?」
後ろでニタニタと見ていたベアトリス嬢は、我慢できなかったらしく、ティアに怒鳴りつけた。いつも父親に怒鳴られていたティアには、小娘の怒鳴り声なぞ全く堪えないんだけどな。
「えっ……。それは、ウィルがそう呼んでくれって――」
「そんなことがあるわけないでしょう? 妄想も大概になさい!」
「僕が何だって? 君もしつこいね、ベアトリス嬢」
「で、殿下! 違うのです、この女がわたくしを辱める発言をしたのですっ!」
「はあ、この状況で? ティアの周りにいるのは、どう見ても君の取り巻きだろう? この中でティアが辱める発言をしたとしても、それは抵抗しただけにしか見えないんじゃないか?」
呆れたような、馬鹿にするような視線でベアトリス嬢を睨むウィルは、本気で怒っているようで、女生徒たちが怯えだした。
「やあだあ、そんなに怒らないでくださいませ、ウィリアム殿下。わたくしの気持ちを知っていて、そのような態度をなさるのですか? 酷いですわあ」
そう言いながらウィルの腕に絡みつく彼女に、ティアがピクリと反応した。くくっ、きっと初めての感情に戸惑っているのだろうな。ウィルはティアに勘違いされたくなくて、焦っているようだが。
「離してくれ。すぐに離さなければ、振り払う。怪我をしても知らないぞ。ちゃんと忠告はしたからな」
ギロリと睨むウィルに、まさか本当に振り払いはしないだろうと高を括ったのか、自分の胸をウィルの腕にぎゅうぎゅうと押し付ける。
「ふんっ」
振り払われたベアトリス嬢を、怪我をしないように受け止めた。すぐに取り巻きの生徒に渡そうとしたのだが、今度は俺の腕に絡みついてきた。
「あんっ、痛いですう。レオン様、救護室に連れて行っていただけませんかあ?」
舌っ足らずな物言いで腕に絡みついてくる女に、つい本気で振り払おうとした瞬間――
「レオンに触らないで!」
ティアがベアトリス嬢の絡みついている側とは逆の腕を取り、強く引っ張った。
「ティア、そんなに引っ張ったら、俺の腕がもげてしまうぞ」
「あ、ごめんねレオン。痛かった?」
心配そうに引っ張った腕を撫でながら気遣うティアに、ショックを受けるウィル。しかし、周りの反応は少し違っていた。
「あの方、レオン様に謝っていらしたわ……」
「ええ、もっと傲慢な方だとお聞きしていたのに」
「幼いことも忘れてしまうくらい、きちんとした対応をなさっていたわよね?」
「敵対する必要はないのではないかしら……?」
皆が一斉にベアトリス嬢の方を向いた。彼女は慌てて「帰るわよ!」と踵を返し、ぞろぞろと取り巻きを引き連れて、教室を後にしたのであった。
静かになった教室で、ポツリとつぶやく男が一人。
「ティアの本命はレオン、なのか……?」
恐らく、ティアはウィルに執拗に絡みつく令嬢には驚き戸惑うので精一杯だったが、俺に対しては「親」を奪われたくない子どもの感覚で、素直に「取り合い」をしたのだろう。
そうとは知らないウィルは、きっと「僕は本命じゃないんだ」と、当分の間は凹むのだろうなと思うと、つい少し面白がってしまう俺なのであった。




