第153話 とある日常の中で
とある昼下がり。魔道具の授業を終え、俺たちはいつものように食堂へ向かったのだが、アリシア嬢とルシアンが別行動をするということらしい。
「ラウル、任せたよ」
「ああ、たまにはゆっくりするといい」
双子の会話に、アリシア嬢が頬を染める。
「レオン、アリー姉様のお顔が真っ赤だね」
「ああ、ルシアンと二人きりになるから照れてるんじゃないか?」
「ふーん?」
首を傾げて、よく分かっていない様子のティアに、ラウルが優しく声をかけた。
「最近、ルシアンにも、アリシア嬢にも釣書が大量に届くんだ。だから、他の者たちを牽制するためにも、二人で行動する時間を増やすようにするらしい。婚約は家の都合でまだできないが、二人はこのまま婚約することになるんじゃないかな」
「他の家と婚約する利点もなさそうですし、その可能性が高そうですね」
ヘンリーが眼鏡をクイッと上げて、頷いた。
「アリー姉様はルシ兄様のお嫁さんになるの?」
「ええ、そうですよ。お二人とも満更でもなさそうですし、恐らくご成婚まで問題なく進むと思われます」
「……そっか」
ティアは皿に視線を落としたまま、何か考えているようだ。その思考を邪魔しないように、俺は全く違う内容をヘンリーに尋ねる。
「ヘンリー、家での話し合いは落ち着いたのか?」
「あ、はい。ウィリアム殿下が我が家にいらしてくださって……あの厳格な父が踊り出すほど感激し、トントン拍子でまとまりました」
「くくっ。ウィルは完璧な皇子様だからな。ヘンリーの家にまで行って、手ぶらで帰ってくることもあるまい」
「ええ、本当に。私などが側近なんて、務まるのでしょうか……」
「ヘンリーも、自己評価が低いんだよな。あれだけ苦手な剣術すら毎日欠かさず訓練できる人間が、どれだけいると思う? そなたたちは、周りが異常すぎるから感覚が麻痺しているだけじゃないのか」
「そうだと思うよ、レオン。僕らの周りに集まって来てくれる者たちが、あまりに優秀なんだ。僕が指示していないのに、双子が話をまとめてくれていることも多いしね。この前はノアとカイルが不審者を捕らえていたよ」
「ああ、そうだったな。ヘンリー、そなたはもう少し自信を持っていいと思うぞ」
「皆、そう言ってくださるのですが。その、どうしても弟と比べられて過ごした日々が、忘れられなくて……」
「家庭内のいざこざ、というやつか。そなたは、何が嫌だと思ったのだ?」
「私は、ご存じの通り、運動神経が悪いのです。何でも器用にこなす弟たちと比べられて育ちました。『お前が長男でなければ、弟たちの方が家を盛り上げられただろう』と、しつこく言われてきたのです」
「それは酷いな。反論しなかったのか?」
「父が言うように、私はとても不器用で……幼い頃はどうしてよいのか分からず、イーサンのように悪ぶってみたりもしましたが、強がっているだけで、全くダメでしたね」
「ああ、ウィルが立太子した頃か。一部分だけ切り取れば、それなりに悪いやつに見えたかもな?」
フォローになっていないフォローをすると、ヘンリーはがっくりと肩を落とした。「はあぁぁ――っ」と大きなため息を吐くと、苦笑いしながら話し出した。
「レオン様は聞き上手ですね。つい、本音を漏らしてしまう。……私は、本当は文官になりたかったんです。弟たちに負けないと言い切れるものが、外国語の習得……八カ国語を話せることだけだと、自分では思っていたのです」
「いや、それだけでも十分すごいけどな。そんなに卑下する必要はないと思うぞ」
「何の話?」
ティアが顔を覗き込んできた。とても真剣に話をしているから、なかなか話に割り込めなかったようだ。
「ヘンリーの魅力についてさ」
「魅力? ヘンリーさんは、とっても魅力的だよね! すごく優しいし、周りをよく見ていてくれるよね! ルカが、帝国で困っている時には、不安な視線を向けるだけで『大丈夫? 何か手伝おうか?』って声をかけてくれたから、クラスにも馴染めたんだって、とっても感謝していたよ!」
「えっ……」
「くくくっ。そなたにとっては『ちょっとしたお手伝い』だったのだろう? ルカにとっては、『誰よりも自分を気にかけてくれる人』だったのだろうな。自分に見えない『良いところ』が、たくさんあると思うぞ」
「いえ、私もサザラシア語を勉強させてもらってましたし……」
「たしか……『控えめ』って言うんだよね、ヘンリーさんみたいな人のこと。兄様も姉様も、つい強く主張しがちだから、しっかり周りを見て発言できる人は実は一番強いんだって、姉様が言ってたよ」
「えっ? 私が強い……のですか?」
「控えめな人は、忍耐力もあるんだって。ただ、爆発したときはすごいらしいけど、どういうことだろうね?」
「ああ、なるほどな。たしかに普段言わない人間は、爆発すると手が付けられないかもな。くくくっ」
「レオンは見たことがあるの?」
「ああ、昔にな。ひたすら我慢する日々に限界が来ると、壊れたように爆発するんだが……ヘンリー、悩みがあれば聞くからな」
「……はい、そうします」
苦笑いしたヘンリーは、アリシア嬢とティアの言わんとすることが理解できたらしく、「我慢しすぎは良くないですね。今は相談できる仲間もいますし」と小さく微笑みながらつぶやいていたのだった。




