第156話 招かれた専門家は、恋のライバル
薬草に毒草が混入していた一件を受け、学園には本格的な調査が入ることとなった。入学前にも魔物素材の品質悪化が問題になったことがあったが、あの時は隣国の商人が原因で、クリスの姿をしたティアが鮮やかに解決したことを、昨日のことのように覚えている。
二度目の失態は許されないと、学園側は生徒が扱う全素材の再検品を決定した。それに伴い、招かれたのは身元の確かな外部の専門家。学園の卒業生であり、薬草や魔物の知識に長けた貴族、かつ急な依頼に応じられる「余裕」のある者――。
「クリスティアーナ嬢、久しぶりだね! 俺の愛を受け取ってくれ!」
ガゼボに現れたのは、見事な大輪の薔薇と、流行りの菓子箱を抱えたレックスだった。ウォーカー侯爵家の次男である彼は、確かに知識も時間も十分だろうが……。
「あ、ありがとうございます……?」
ティアは困惑しつつも、差し出された菓子箱から目を離せない。レックスは、あの夏休みを通してティアがお菓子に目がないことを熟知している。花束だけでなく、胃袋を掴みに来るとは。さすがはルシアンと渡り合う策略家、抜かりない。
「レックス卿。学園長からの依頼については聞き及んでいます。職務があるのでしょう? 早急に作業へ向かわれた方がよろしいかと。もうすぐ授業も始まりますので」
引き攣った笑みで間に入ったのは、当然ウィルだ。その瞳には「不審者を見る目」以上の警戒心が宿っている。
「ふっ。そうですね、そろそろ失礼しましょうか。……クリスティアーナ嬢、明日もお会いできることを楽しみにしておりますよ」
「明日も来るつもりか? 仕事を疎かにしていると、学園長へ報告しておこう」
むすっとしたウィルの牽制にも、レックスはどこ吹く風で飄々と答える。
「ご心配なく。この依頼を受ける条件として、『授業の合間や昼休みには、意中の令嬢を口説く許可をいただく』という一文を契約に盛り込んでありますから。公認ですよ」
自信満々に鼻を鳴らして去っていくレックスを見送り、ウィルはその場にガックリと肩を落とした。引き離す口実すら事前に封じられ、一気に疲れが噴き出したようだ。
「ウィル、大丈夫? ……あのお菓子、断った方が良かったかしら」
手元の箱を名残惜しそうに見つめながら呟くティアに、ウィルは力なく苦笑した。レックスはアリシア嬢の兄でもある。無碍に突っぱねるのは、対人関係としても難しい。
「いや、問題ないよ。綺麗な箱だね」
「うん。……帰ってから、みんなで一緒に食べよう?」
俺とウィルの前でだけ、ふとした瞬間に素の言葉が漏れるティア。その特別感だけが、今のウィルの心の支えのようだった。
「殿下、兄が申し訳ありません……」
申し訳なさに身を縮めるアリシア嬢に、ウィルは首を振る。
「アリシア嬢が気に病む必要はないよ。彼は正々堂々と僕に勝負を仕掛けてきたんだ。姑息に陰から動かれるよりは、こちらもやりやすい」
「……何か策があるのですか?」
「いや、全くない。だが、負けるわけにはいかないからね。必死に守り抜くだけさ」
愛おしそうにティアへ視線を向けるウィルに、気づいた彼女がにこっと微笑み返す。
だが、この時のウィルの見通しは甘かった。レックスという男の執着が、そして「策略家」としての手腕がどれほどのものか。
この日から連日、ウィルはレックスの波状攻撃に振り回され、精神を削られる日々を送ることになるのだった。




