第148話 隠せぬ真価
試験会場へ移動してきた俺たちは、軽い準備運動を始めた。一限目は魔法の試験だから、そこまで体を温める必要はないのだが、じっとしていられない気分なのだ。
昨年度であれば、試験を受けない者……要は、魔法を使えない者は出席する必要がないので自由時間になるのだが、今年はクラスメイト全員がこの試験会場にいる。魔法の試験を観察しに来たということだろう。
開始まで時間があるからか、ティアに話しかけようとしてくる生徒の姿がちらほらあった。それに対して、一歩ティアの前に出たウィルは丁寧に説明する。
「彼女はずっと遠くへ留学していたから、こちらの言葉遣いにまだ不慣れなんだ。繊細な子だから、僕が許可するまでは、あまり執拗に話しかけないでやってほしい」
そんな言い方をしたら、まるでティアが、『おしとやかな深窓の令嬢』のように聞こえるのだが……。同じことを思ったのか、双子がわざとらしく、俺の方を振り向いた。
「だ、ダメだっ……ふ、吹き出しちゃうよっ、くふふっ」
「ふふっ、私もっ、ふふふふっ」
「まあ、ウィルにはそう見えるんだろうからな」
俺の言葉に、『恋は盲目』という言葉が思い浮かんだようで、双子は「仕方ないね」と腹を抱えながら笑っていた。
だからか、生徒たちは「殿下が無理やり入れた女の子だし、見守ってあげなきゃ」と手加減ムードだ。ここにいる誰よりも強いんだがなと俺たちが腹の中で思っていても、可憐なティアからは連想できないだろうから仕方ない。まあ、魔法の試験では理解しがたいかもしれないが、剣術の試験では分かるだろう。
やっと試験が始まるようだ。今年も計測と記録を行うのはアボットの助手だったカール。人当たりの良い彼は、生徒にも人気があるらしく、助手から昇進したという噂を耳にした。本当だと良いな。アボットにこき使われているイメージがあったからな。
「昨年度のトップは……ウィリアム殿下とクリス様が同率一位ですね。殿下からでよろしいでしょうか?」
「はい、僕からでも構わないのですが、留学から帰郷したクリスティアーナから始めてもよろしいですか? クリスはサザラシア王国に留学中なので、ここにはいませんし」
「えーと……ああ、本当ですね。失礼しました。では、転入生のクリスティアーナ=モーリス嬢からお願いします。やり方はご存じですか?」
「はい」
返事だけをして、優しく微笑んだティアに、カールが頬を赤く染めた。ウィルがほんの一瞬だけムッとしたな。誰も気づいてなさそうだが、俺は見逃さなかった。そんなウィルにティアが視線を向ける。コロッと機嫌の良くなったウィルが、ティアに「頑張って」とエールを送る。ゆっくり、しなやかな動作で人差し指を的に向けた。
「プスッ」
放たれた一撃は音が小さく、気づいたのは魔力が見える俺たちぐらいだろう。力を極限まで圧縮した「針」のような一撃。的は穴が開くでも爆発するでもなく、一瞬にして中心から塵となって崩れ落ちた。
周囲の生徒たちは、何が起きたのか分からないまま、ぽかんと的を見ている。カールは一瞬「え……あ、当たった……のか?」と困惑していたが、魔力表示機が反応したので読み上げ、記録する。
「魔力量:三万、評価:SS」
「ほお、上手くなったな、ティア」
「すごいね、ティア! こんなにしっかり魔力を絞れるようになったんだね!」
「お祖父様がいたら、手を叩いて褒めてくれていただろうね!」
言葉を交わしているのは、俺たちだけだった。ヘンリーたちは頭を抱えていたし、アリシア嬢は苦笑いしていたが、クラスメイトたちは一瞬で、『おしとやかな深窓の令嬢』のイメージを払拭することになっただろう。
ティアが目立たないように、俺もウィルも双子も、ティアに倣って音の立たない攻撃魔法を放った。俺たちの中では、この攻撃方法が流行っていると思わせるために。ヘンリーやカイルたちは、わざと「パスッ」という音を立てていた。
そこからは、魔法が使える者たち全員で、いかに音を立てずに魔法を放てるかという、試験の結果にはまったく関係のない方向へ競い合っていた。魔法を使える人間には、これがどれだけ素晴らしいことか分かるからだろう。
ティアにこれができるのは、祖父が諜報部のトップだからだな。双子が受けてきた間諜の技術をティアも……なぜかウィルまでもが「目立たず、音を立てず、確実に仕留める」という特殊訓練を受けているからお手の物だ。間諜であれば当たり前の「何が起きたか分からないうちに終わっている」という静かな攻撃。それが、魔法であっても軽やかにこなせる技術を持っているのだ。
まだ年の若い生徒たちは、それを「格好良い」というだけで真似し始めたのだ。まあ、簡単にできることではないからすぐに飽きるだろうがな。
「さすがは殿下が隠していらしただけはあるな……」
「ああ、隠さなければ奪われてしまうのを恐れて過ごすことになりそうだ」
「皇太子殿下がか? 皇族が囲うことぐらい、当然できるんじゃないのか?」
「じゃあ、殿下がベタ惚れで、自力で口説き落としたいとか?」
「「「ナイナイ」」」
それが正解なのだがな。他の生徒たちは面白おかしく噂をするだけで、真実からは遠ざかっていった。
「ある意味、殿下は純粋だからでしょうけれども……」
「こちらとしてはドキドキするので、どうにかしてほしいところですが……」
「たしかにな。私たちの知らないところでやってくれたら良いのだが、そうもいかないからな。情報を扱うのは私たちの仕事だろう」
ノアとカイルは、卒業後は諜報部員として働くことがほぼ決まっていた。このまま成績を維持すれば、確定となるらしい。ヘンリーは、ウィルの側近にと打診されているが、両親の説得に時間がかかっているらしい。侯爵家の嫡男だから仕方ない。
アリシア嬢は、婚約や結婚が決まるまでは皇太子妃の側近になる予定で、双子は前から決めていた通りに、ロペス公爵となるルシアンと、辺境伯を目指すラウルに分かれることになっている。
残るはティアだけなのだが……。それは、ウィルが口説き落とせるかに、かかっているのであった。
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