第147話 皇太子の執念と沈黙の令嬢
新学期を迎えた八年生の教室では、「クリス君はサザラシア王国へ留学したらしい」という噂で持ち切りだった。
そこへ、学園長と担任の教師が、制服姿のティアを連れて現れた。もちろん、女性用のスカート姿だ。
今朝も見たし、最近のティアを見慣れているはずの俺の目から見ても、これには少々驚かされた。
いつもは動きやすさばかりを優先し、鋭い剣筋のように隙のない立ち居振る舞いだが、今はどうだ。光を反射してしなやかに流れる銀髪に、柔らかな曲線を描くスカート。その格好一つで、中身が帝国……いや、大陸最強だとは誰も思うまい。
神獣である俺が、一瞬、眩しさに目を細めてしまうほどの変貌ぶりだ。……まあ、俺の娘……いや、俺の主が、これほどまでに美しい光を放つ存在になったという事実は、喜ばしいことだ。
「あの方はどこの国の姫君?」
謎の美少女に、男子生徒は釘付けとなり、女子生徒の間には騒然とした空気が広がっていた。
「本日から八年生Sクラスへ編入することになりました、クリスティアーナ=モーリス嬢です。そちらにいらっしゃる、ラウル=モーリス様の妹御となります。ちなみに編入試験は満点で合格なさいました」
生徒が気になるであろう情報を、分かりやすく簡潔に説明してくれたのは学園長だ。
ティアは俺たちとの約束通り、貼り付けた笑顔で端的に挨拶をする。アリシア嬢との訓練が終わるまで、クラスメイトとの会話は極力避け、周りがフォローすることになったのだ。
「サザラシア王国への留学より戻りました、クリスティアーナ=モーリスと申します。よろしくお願いします」
丁寧なカーテシーをして見せ、ウィルの隣に座るよう促されるティアは、ゆっくりとしとやかな歩みで席に着く。ドレスよりは丈が短いから歩きやすいとはいえ、下品にならないよう細心の注意を払っているのだ。
「亡くなったと聞いていたが、サザラシア王国へ留学なさっていたのだな」
「だから、ラウル様がサザラシア王国との窓口に選ばれたのね」
「なるほど、ちゃんと理由があったんだな」
「今度はクリス様が留学なさるということは、彼女も賢いのか?」
「まさか、あのクリス様ほどではないでしょう」
そんな憶測の飛び交うクラスメイトの中で、言葉を失っている男が三人。ヘンリーとノアとカイルだった。まだ考えがまとまらないのか、三人はこそこそと小声で会話している。
「ねえ、カイルにヘンリー。僕の目には、クリス様と共に在った精霊たちが見えるのだけど……」
「ああ、私にもそう見える。あれは間違いなく、クリス様の精霊だ。義体化している精霊なんてそう多くないんだ。見間違えようもないだろう?」
「ですよね。と、いうことは……。クリス様はモーリス公爵家のご令嬢であるクリスティアーナ嬢だったと……」
「まあ、そうなるな」
俺が会話に入ると、飛び上がるほど驚いたらしい三人が、一斉に寄ってくる。
「レオン様はご存知でしたか」
「俺はティアの守護をしているのだから当然だ」
「えっ……? 殿下ではなく、クリスティアーナ嬢の?」
「ああ、そうだ。そなたたちにはどうせバレるだろうから、説明しても良いと、ルシアンにも許可をもらってあるぞ。気になるだろうからな」
「ああ、それはありがたいのですが……」
「目の色が違いますよね?」
「ティアは元々オッドアイだ。左右で赤と薄桃色の瞳を持っている。クリスの姿では赤い瞳を。ティアは本来の薄桃色の瞳を出しただけだ。ああ、ウィルの贈った指輪が、両目の色を薄桃色にする魔道具だから、やっと両目を隠さずに済むようになったんだ」
「な、なるほど……」
「まあ、国の中枢しか知り得ないような情報でしょうからね」
「私たちが知っても良いのかドキドキします」
そんな会話をボソボソとしていると、クラスメイトたちも小声で噂を話し始めた。
「聞いた? ウィリアム殿下が、彼女をそばに置きたくて無理やり編入試験を受けさせたんですって」
「まあ……。あの完璧な殿下が、女性一人のためにそこまでなさるなんて」
「あんなに美しいご令嬢だ。きっと、ウィリアム殿下が隠していらしたのだろう」
「そうだな、あの慈しむようなお顔でクリスティアーナ様へ笑顔を向けていらっしゃるところを見る限り、間違いなさそうだ」
「どちらにしろ、俺たちじゃ釣り合わねえだろ……」
クラスメイトの話を聞きながら、新学期早々に行われる試験会場に移動する最中、ティアの後ろを歩く俺は、ウィルの肩を無言で「トン」と突いた。
ウィルはティアに密着しすぎて鼻の下が伸びかけていたのだ。それに対して無言で「トン」と叩いて引き離す。当然ティアには気を遣って巧妙に、ティアからは見えない角度から「トン」と突く。
ティアは小声で会話する必要があるかもしれないが、ウィルは普通に話しかけていいのだから、そんなに耳元へ近づく必要はない。俺が無言で何度もウィルの肩を「トン」と突くものだから、試験会場に着く頃には、クラスメイトたちがまたざわついていた。
「ねえ、見た!? レオン様が『俺の女に色目を使うな』って牽制していたわ!」
「皇太子殿下、あんなに美形なのにレオン様にライバル視されているのね……不憫だけど格好いい!」
なんてことだ……。俺まで噂の的になってしまったではないか。
俺はティアの守護者だから関係ないのにと思いつつも、ウィルの行動を牽制するためにも、黙って肩を突き続ける俺なのであった。
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