第146話 帝国の……ウィルの『至宝』
割れんばかりの大喝采の中、ウィルとティアは優雅に、だがどこか安堵したような様子で一礼した。
賓客であるウィルは、少なくともあと二人とは踊らなければならない。だが、この「剣舞」をベースにした特殊なステップについていける令嬢など、この会場には一人もいないだろう。そこで、あらかじめ打ち合わせをしていたかのように、双子が動いた。
「次は僕が。……ティア、少しだけ付き合ってね」
ルシアンが流れるような動作でティアの手を取り、ラウルがウィルをリードするように別の場所へ促す。双子たちは、先ほどのウィルの動きを一度見ただけで完璧に理解したようだ。兄妹だからだろうか、ティアとルシアンの息は驚くほど合っていた。
激しい舞踏に頬を染めたティアは、ひどく艶めかしい。容姿はまだ十歳にも満たない子どもなのだが、その立ち居振る舞いには、どこか気だるげで色っぽい雰囲気が漂っていた。神獣である俺から見ても、今の彼女が放つ光は、周囲の人間を惹きつけてやまない「毒」に近いものがある。
そんなティアの元へ、一人の男が歩み寄った。サザラシア王国の王太子だ。
「〝……素晴らしい舞だった。ぜひ次の一曲を、私とお願いできないだろうか?〟」
王太子の目は、明らかにティアに魅了されていた。だが、その手がティアに触れる直前、スッと間に割って入る影があった。
「〝残念ながら、彼女は少々踊り疲れてしまったようでね。我が国の至宝を、これ以上疲れさせるわけにはいかないんだ〟」
周囲にもはっきりと聞こえる声で、ウィルが拒絶を突きつけた。王太子の顔がわずかに強張る。ウィルはそのまま、相手にだけ聞こえるような低い声で言葉を継いだ。
「〝……ああ、無理にとは言わないけれど。帝国の剣舞に慣れていない者が彼女をリードしようとすれば、大衆の前で無様な姿を晒すことになる。君たちの名誉のために、忠告しておくよ。恥をかく前に、やめておいた方がいい〟」
「〝なっ……!〟」
口元は優雅に微笑んでいるが、その瞳は一切笑っていない。ウィルが時折見せる、あの「冷徹な皇太子」の顔だ。王太子は毒気に当てられたように、そのまま退散していった。周囲からは、次代を担う者同士が親密に談笑しているように見えただろう。相変わらず、食えない男だ。
「〝ねえ、ご覧になって。彼女のアクセサリー、すべて皇太子殿下のお色ではなくて?〟」
「〝指輪まで同じ色なのですから……きっと、相当に溺愛なさっているのね〟」
周囲の貴族たちの間で、そんな憶測が広まり始める。真実を確かめたいのか、一人の令息がティアに声をかけた。
「〝その見事な魔石……サザラシアでは見かけない色ですが、どなたからの贈り物で?〟」
ティアは、ウィルに教えられた通りの「感情のない笑顔」を貼り付けたまま、静かに口を開いた。
「〝ええ〟」
たった一言、肯定の言葉を返した瞬間だった。
ティアの顔が、内側から光を放つように「パァ――ッ」とほころんだのだ。ほんの一瞬だけ見せた、混じりけのない心からの笑顔。それは、先ほどまでの「作り笑い」を完全に忘れさせるほどの破壊力を持っていた。
すぐに元の作り物の笑顔に戻ったティアだったが、隣にいるウィルの表情もまた、別の意味で固まっていた。表向きは綺麗な作り笑いをしているが……神獣の目をごまかすことはできない。ウィルのやつ、今、頭の中で盛大に悶絶しているな。
そんな若者たちの狂騒を、ブルース卿たちが誇らしげに、あるいは微笑ましげに見守っていた。俺は小さく鼻を鳴らし、ティアを奪われないよう神経を尖らせているウィルの背中を、冷ややかな、だが少しだけ共感の混じった視線で見つめていた。
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