第145話 隠しきれない光
会場に足を踏み入れた二人に向けられた視線のほとんどは、称賛だろうと思われた。女性はウィルに、男性はティアに視線を奪われる。それほどまでに、お似合いの美男美女に見えた。
「〝あのご令嬢は帝国からの客人か?〟」
「〝皇太子殿下が自らエスコートなさっているんだ、そういうことなんじゃないのか?〟」
扉が開いた瞬間には静まり返っていた会場も、二人の出自が気になり始めたようで、ざわめきで騒がしくなった。そこにアナウンスが流れる。
『〝アストリア帝国皇太子、ウィリアム=アストリア殿下。ならびにアストリア帝国公爵令嬢、クリスティアーナ=モーリス嬢、ご入場です〟』
「〝まあ……。あの美貌を近くでご覧になっている皇太子殿下には、わたくしたちなんて、雑草に過ぎないわね〟」
「〝それでも! 一夜の夢で良いからダンスにお誘いしたいわ〟」
「〝貴女、婚約者がいらっしゃるでしょう! 皇太子殿下と踊るのはわたくしよ!〟」
当然、ウィルも双子のルシアンとラウルも顔が良いから、普段からそれなりにモテる。そんな声が聞こえているはずのウィルは、しかし、周囲の視線とは違う何かに悩んでいるようだった。考え事をしながら俺たちの前に到着すると、自己完結したのか、大きく頷いた。
「うん、そうしよう。ティア、ジョエルに学んだ剣舞を覚えているかい?」
「うん、もちろん。思い切り体を動かせて、楽しいもんね」
小声で返答するティアは、自分の言葉遣いが「クリス」のままであることを気にしているようだ。そのままでも可愛いのだが、周りに常識がないと言われて彼女に可哀想な思いをさせるのは避けたい。今はこれで仕方ないとは思いつつも、俺は苦笑した。だが、なぜここで『剣舞』なんだ?
「賓客である僕が、ダンスをするのは当たり前。そして、ファーストダンスの大切さは、貴族なら知っているところだろう。僕としては、初めての公式なダンスをティアと踊りたいんだ」
双子たちにだけ聞こえる声でウィルが説明した。当然、俺にも聞こえているのだが、それはウィルも織り込み済みだろう。
ティアが正式にダンスを習う前に訪れてしまった、社交の機会。そんなティアに、ウィルは代替案を思いついたようだ。ウィルはティアの耳元で、「ジョエルに教えてもらった剣舞を、手を繋いでやるんだよ」と伝えていた。出した足を引く、重ならないように避ける。その動きは、剣の得意なティアにはキレの良いダンスに見えそうだと、ウィルは思ったのだろう。
「ティア、僕を信じて。ジョエルに教わったあの剣舞を再現するよ。左手を僕の手に、右手は肩に。……そう、敵の剣を躱すように足を引いて。ターンのときだけ片手を離すけど、遠心力で戻されるから、安心して身を任せてね」
ウィルがティアに説明しているだけのはずなのだが、周りからは黄色い悲鳴が上がりだした。ティアの耳元へ唇を寄せるさまが、傍目には「情熱的な愛の囁き」に見えるようだ。
音楽が始まると同時に、会場の空気は一変した。
ティアの纏うドレスの裾が、まるで鋭い剣筋を描くように銀光を放って翻る。一歩踏み出し、身体を入れ替えるその刹那の動きは、優雅な舞踏というよりは、研ぎ澄まされた刃が風を切る音を連想させた。二人の動きには、一点の曇りもない。
ウィルのリードは、ティアの予測不可能なほどの鋭い踏み込みをすべて読み切り、完璧なタイミングで受け止めていた。それはもはや、互いの命を預け合う戦場での呼吸に近い。ティアの剣士特有の強靭な体幹と、音もなく地を這うようなキレのある足さばき。それがウィルの洗練されたエスコートと噛み合うことで、誰も見たことのない「超高難度の舞踏」へと昇華されていく。
観客たちは、ただ息を呑んで立ち尽くした。ダイナミックでありながら一寸の狂いもないその演武は、一つの芸術品のように会場を圧倒し、静まり返った広間にドレスが擦れる鋭い音だけが、心地よい旋律となって響き渡った。
二人のダンスが終わった瞬間、一拍の静寂をおいて、会場が割れんばかりの大喝采に包まれたのは言うまでもない。
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